第4話 ホビット

光和七年(一八四年)、春の日の夜、冀州・河間郡の平野に一万もの地獄の軍勢が陣を取った。

姿こそホビットだが、精神は悪魔であった

悪魔は悪魔でも、人間の願いを叶えた代償に魂を奪うような七十二の穏やかな悪魔ではない

欲望の赴くままに憎き女神の被造物を嗤い、唾を吐き、殺し尽くす凶暴な悪魔である。

野蛮なトロールやオーガすら蜘蛛の子を散らすように逃げても不思議ではない。

全てを無に帰さんとする死の集団であった。


「おい、ホビット共!貴様らまっすぐ立て! 私の目を見ろ! 聞いてるのか! わたしが訓練教官の程遠志だ。」


その恐ろしさは人間族の兵士すら震え上がる程でまるで雷鳴の轟のように力強い女声で怒鳴られようと一切動じず、かつてホビットであったなにかは無機質に頷いた。

ホビットであったなにかの瞳が鮮血のように赤黒く発光した。

ホビットの挙動不審さは、不特定多数の異種族がホビットと聞いて連想する要素は、洞穴に暮らし、お客さんとのティータイムをたのしみ、争い事を忌み嫌う穏やかさは、それこそ、巨大な猫に怯える哀れな鼠のような弱々しさはもはや何処にもない。

かつてホビットであったなにかは、ただそこに存在するだけで、神話の英雄を大いに苦しめ、世界に滅亡を齎す邪悪な神のようなオーラを発していた。そのオーラは、無論、周囲の大気ごと世界を鬼気森然とさせていた。


「貴様ら、よく来たな! 汚い泥の中に打ち込まれる覚悟をしておけ」


ホビットは無言だ。

僅かに首を縦に振ったが、何も喋っていない。


「貴様らホビットがわたしの訓練に生き残れたら各人が聖戦士となる。高慢ちきで横暴な憎むべき人間族共に迫害されている哀れむべきデミ・ヒューマンの解放に祈りを捧げる司祭となるのだ。その日まではウジ虫だ! 世界で最下等の生命体だ。貴様らはホビットではない。最下級モンスター共から入手できる安物のアイテムをかき集めた値打ちしかない! 貴様らはキビしいわたしを嫌うだろう。だが憎めばそれだけ学ぶ。わたしはキビしいが公平だ。種族差別は許さん。わたしは不本意ながら人間族だが、わたしはホビットを見下さん。人間族もホビットも平等に価値がない! わたしの仕事はうじ虫を駆除することだ! 愛するデミ・ヒューマンの役に立たないうじ虫共をな! わたしが貴様らに話しかけた時以外は口を開くな。戯言を言う前にマーム・イエス・マームと答えろ! わかったか?」

「マーム・イエス・マーム!」

「異種族の者が貴様らホビットの身体を求めていれば

男は女に

女は男に

くだらんプライドを捨てて股を捧げろ!

これは上官命令だ! 逆らう奴には人間族共と同じ地獄の責め苦を味あわせてやるからな!

わかったか?」

「マーム・イエス・マーム!」


(私はお前達ホビットの頼もしさを前に、胸を突き上げてくる気持ちで闇雲に涙が溢れてきそうだわ。お前達ならきっと、デミ・ヒューマンの涙を終わらせることができるわね!)


程遠志は教え子たちの一糸乱れぬ高度な連携に内心、酷く感動して涙を流しそうになったが、実戦を兼ねての戦闘訓練中である。


(この感動を言葉に出来ないのは悔しいけど、あたしは愛する部下・ホビットのために、笑比河清ポーカーフェイスを崩してはならないわね)


「よし、いいぞ! では、本日の戦闘訓練の内容を説明する! 実戦も兼ねた大切な訓練だ! よく聞いておけ! 本日の訓練は貴様らの腕に秘められし強大なる暗黒の魔力を人間共に焼き付けて奴らを絶望の淵に堕とす前哨戦である! 群城を攻撃しろ!貴様らに秘められた暗黒の力は血に飢えた黒き獣だ! 今すぐに鎖を解き、暴れさせてやるのだ! ! ゆくゆくは人間共に奪われた河間郡を奪い返し、デミ・ヒューマンの千年王国を再び築き上げるのだ!」

「マーム・イエス・マーム! 人間族デ生キル価値ガアルノハ関羽殿! 張飛殿!張角殿! 程遠志教官殿! ソレ以外ノ人間族ハ殲滅スベキ有象無象ノ敵デアリマス! 人間族共ヲ殺セ!人間族共ヲ殺セ!人間族共ヲ殺セ!」

「人間族ヲ殺セ!」

「人間族ヲ殺セ!」

「人間族ヲ殺セ!」

「人間共ヲ殺セ!」

「人間共ヲ殺セ!」

「人間共ヲ殺セ!」

人間族ヲ殺セ! 人間族ヲ殺セ! 人間族ヲ殺セ 人間族ヲ殺セ! 人間族ヲ殺セ!人間族ヲ殺セ!

人間族ヲ殺セ!人間族ヲ殺セ! 人間族ヲ殺セ!

人間族ヲ殺セ!人間族ヲ殺セ!人間族ヲ殺セ!

人間族ヲ殺セ!人間族ヲ……………ニンゲン……コロス!ニンゲンコロス!ニンゲンコロス!ニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロス……………………………………………………

「ニンゲン……コロス!」

「ニンゲン……コロス!」

「ニンゲン……コロス!」

「ニンゲン……コロス!」

「ニンゲン……コロス!」

ニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロスニンゲンコロス

「100人ホビットガ死ンデモニンゲンハ101人シネバ……問題ナイ!!!!!!!!!!!!」

「ニンゲンコロス!」

「ニンゲンコロス!」

「ニンゲンコロス!」

「ニンゲンコロス!」

「ニンゲンコロス!」

「ニンゲンコロス!」

「ニンゲンコロス!」






ルキフグスから付与されし暗黒の力を手に入れ、古の魔王軍の如き世界の敵へと堕ちた存在達の中に混じり、うかない顔をした女がいた。

女は以前暗黒の力を拒絶していた。

それで正気を保っているのだ。

『ふん、いらないね。暗黒の魔力なんざ無くたって、あたしはお前らの大女英雄様だからなぁ……お前みたいな可愛い兄ちゃんは皆、あたしのボーイフレンドだろ?。戦闘力だって魔王を鎧袖一触できちまうくらい最強なんだよ!」


支離滅裂ながら不思議と説得力のある台詞だ。


「恐れながら、貴殿は暗黒の力を手に入れることで、更に武勇を極め、より最強になるべきかと僕は愚考いたします」


張宝の言葉をあえて無視してーーーーーー


「いいかい、覚悟しときな?  ホビットも、エルフも、ドワーフも、お前も一匹残らずあたしが守ってやるよ!』等と大口を叩くのも頷ける程にはとても背の高い女であった。

ホビットどころか人間族の常識からも逸脱した巨体であり、背の高さに相応しく筋骨隆々な肉体の持ち主であった。女は皆、男より長身であり、肉体の強度も高い。

その女の中でも、特に屈強な肉体を誇るのが、この女であった。

細身の男性のウェストよりも太いと断言できる上腕。

力強い大胸筋。

背の高い女は、全身の筋肉に凄まじいパワーを秘めていた。

正に強大な肉塊であった。

背の高い女はただ、そこにいるだけで、周囲を威圧できるだろう。

背の高い女は、出生率の低い男とは対照的に、星の数ほどいる女の中でも筋肉の化物と称えられる種類の女に属している。

背の高い女は、月並の成人女性では思わず見上げるような身体の大きさに見合う程に力強く、そして整った顔立ちをしていた。野性的な女ではあるが、粗暴さより、親しみやすさのほうが遥かに上だ。

女は姓は関、名を羽といった。

付近で何が起こっていようとお構いなく関羽は、追憶に浸っていた。


(あたしは地元でみんなを泣かせるゴーゾクって悪党を懲らしめるだけのはずだったのに、ゴーゾクはあたしのパンチで意識不明さ。強そうな名前の割に弱くてびっくりしちゃったよ。 みんなを解放した記念に開かれたパーティーでは、あたしはチキン南蛮、とんかつ、チャーシューの三点セットを山盛りトッピングした特大ラーメンを五十杯もおかわりして、お腹いっぱい! ハッピー全開!だったぜ。 それなのに、空気読めねぇ役人さん達がやってきて、パーティーは中止になっちゃったんだ。そりゃあ、あたしも『お前が関羽だな!?』って聞かれた時は、照れちゃったよ?。役人さん達もあたしがみんなを守るために戦うホットなハートの美人女戦士だって知ってくれているのかなって思ったんだ。でも、『ドレイカイホウセンソーにおいてアマタの自由民を殺りくしたスパルタカスさえもおそれおののくメスマジュウめ! 女神ソフィアのソウゾウしたもうダイチを血でけがしおって! ゼッタイにゆるせん! タイホしてくれる!』っていわれちゃった。あたしには何のことかさっぱりだよ。『スパルタカスさんってなんか面白い名前だな~会ってトモダチになりたいぜ~』って思ってたら、役人さん達が、急にあたしに襲いかかってきたぜ。そこで、役人さん達には一旦、気絶してもらって、すぐにパーティーを再開したよ。 それ以来、毎日毎日役人さん達が『この"人殺し"め!』って叫びながら、あたしの行くところを後ろから追奔逐北おっかけて来るんだ。ねぇ、役人さん達よぉ、あたしはみんなのために、悪党をパンチで懲らしめただけだよ。 何であたしが悪者になっちゃってるんだよ! お願いだからあたしのファンじゃねぇなら、ついてこないでおくれよ! あんた達が邪魔するせいで、あたしのファンの……かわいいかわいいオトコノコ達が………あたしに……ラブレターの一枚も渡せないだろ!?)


内心、『オトコノコがあたしにラブレター渡してぇのに邪魔すんなよな』と思いながら関羽は天下各地をさまよっていた。そして、旅をしながら関羽は、各地で人々が役人や豪族に苦しめられるのを見ていきどおりを感じていたのだ。



(みんなが幸せに暮らせるようにするにはどうすりゃあいいのかな? まっ、あたしは張角たんの妍姿艶質セクシーなお風呂シーンを覗いたり、チャーシュー&とんかつ&タルタルソースたっぷりのチキン南蛮の載った大盛りラーメンをたらふく食べて、ぐーすか寝れば幸せだけどさ)


関羽は四六時中、そればかり考えていた。


「嗚呼、あたしの張角たん。恋は盲目ならあたしはずっと目が見えないままでいたかったぜ。なんでよく見えちゃうんだよ! 張角たんの綺麗な声があたしの名前を呼んでくれたあの日の思い出に浸っていたいのに! どうして……どうして……魔力なんかを求めて……女悪魔なんかとヤッちゃったんだよぉ……あたしがあなたのことを……守ってあげたのに……あなたは力が弱くても優しさっていう本当の強さを識っていたじゃねぇか……」


関羽は生まれてこの方一度もオトコノコと話したことがなかった。


「あたしが少しでもオトコノコに話しかけようとすると『おねぇさんのセクハラです』とサヨナキドリのような声でいわれて、告白するまもなくふられてちゃったからなぁ。あたし、ちっちゃい頃から長身であり、当然力持ちだったし、オトコノコには乱暴な人とカン違いされちゃったんだ。あたし、こんなにべっぴんなのによぉ、ずっと彼氏いない歴=年齢が続いてた。このまま、一生オトコノコに縁がないのかなって思ってたよ。そんなある日にであったのが《張角たん》だったんだ」


回想シーン


あの日、関羽は泣きじゃくっていた。

優しかった母親を目の前で失くした幼い子供のように。

関羽は、いつものようにイケメンに振られたのだ。


「涙をお拭きください。お嬢さん。あなたは僕の女神様です。あなたの精悍な美貌には、笑顔がふさわしい」


関羽が振り返れば、とろけるような美男子がニッコリとわらっている。


美男子はマカロン柄のハンカチで関羽の涙を丁寧に拭き取った。


「あたし、夢を見てるのかな? こんな素敵な男の子があたしなんかの前に現れて、涙を拭いてくれたり、最高にいい声で、あたしを褒めてくれるなんて」


関羽は目をつぶりうっとりしたような口調で呟いた。


「僕は夢ではありません。僕は幻でもありません。 僕は強くて格好いい女の人が好きな本物の男の子です。涙の味を知っている女の人より、強くて格好いい女の人は世界のどこにもいません。涙とは、悲しみを洗い流してくれる優しい雫のことです。人は、いや、女神様だって涙の数だけ強くなれますから。戦いの女神様であるトールが世界を滅ぼす魔物ヨルムンガンドにも負けなかったのは逞しい巨体が生み出す大力無双を誇っていたからでも、ミョルニルを持っていたからでもありません。トールが地上界の人達の痛みに気づいてあげられる慈しみ深い女神様だったからです。生命が溢れ、国々が発展し、世界はどんどん様変わりしても、それだけは、世界が始まった時代から変わりません。涙をよく流す女の人とは女神様のように慈しみ深くて素敵な女の人のことです。慈しみ深い女の人が誰かを慈しむ時に引き起こす奇跡は、強大な力を発揮して、いつだって・・・・・・世界を救済します。ヨルムンガンドを倒したトールのようにね!」






「」


張角は決して関羽を拒まなかった。




「関羽お姉様」


いつの間にか、関羽のそばで、とても透き通った声がした。


「張飛か! 張飛はあたしの自慢の義妹だからな、あたしが元気を失くしちゃった時はいつだって励ましてくれるよな! ありがとう。張飛は、世界一可愛いくて、気配り上手で、男の子にもモテモテなあたしの自慢の大事な義妹だよ!」


関羽の言葉に嘘偽りはないものの気分が落ち込んでいるためか、関羽の声は、沈んでいた。

普段の関羽の豪放磊落さが嘘のようだ。


「関羽お姉様……私……泣いてもいいですか? 元気いっぱいで……いっつも愉快活発で……たのしくて……やさしい関羽お姉様の落ち込んでいるお顔を見ていると……私まで悲しくなってしまいます。私、世界一泣き虫な関羽お姉様の妹ですから関羽お姉様がお辛い時は、一緒に泣かせてくださいますか? あ、でも……泣きすぎちゃったら……ただでさえちっちゃい私のおっぱいが、もっとちっちゃくなっちゃう気がします……」


 透き通った声の主は、その声が相応しいスレンダーな美女、張飛であった。美女のお手本のようなアーモンド型の目。肌は雪のように白く、エンタシスの柱のように太い筋肉がこびりついた両腕など筋骨逞しい関羽の肉体とは対象的な曲線的なくびれのある身体。張飛は当に生憎胸は小さいものの充分すぎるくらい魅力的なプロポーションの美女である。


「うわ~~ん!!! どうしよう、関羽お姉様がしょんぼりしている時は一緒に泣いてあげたいのに……泣きすぎたら……きっと……おっぱいがちっちゃくなっちゃうよぉ……」









天幕では、関羽の豪快ないびきがあたりに響いていた。

張飛は義姉の思わず笑いが込み上げてくるような寝顔を温かく見守りながら、やがて眠りについた。


「関羽お姉様、関羽お姉様、起きてくださらないかしら?」


真夜中。あたりが静まり返ったころ、張飛は、関羽を揺らした。


「私、一人でおトイレにいけません。だって・・・・・・こわいんですぅ。如法暗夜まっくらだと、お化けが出てきそうですし・・・・・・」


雪のように白い肌の美女である張飛がいつもより顔面蒼白だ。













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