第12話

 死の鍵って人間で言うベターハーフみたいですよね、と藤沢が言った。休憩中のことだ。

「師匠が言ってたんですよね。そういう確証のない相手とか、『死の鍵』っていう存在そのものを信じることができるのはよほどのロマンチストか人生捨ててる奴だけだって。矛盾しているようにも思えますけど、確かに的を射てますよね。究極の理想を追うなら現実なんて見てられませんから。でも理想に身を捧げる精神って、相当強靭なものじゃないとやってられないとも思いますよ、おれは」

 藤沢の言う「師匠」とは、赤髪の凛々しき悪魔狩り──ルーラ・ライラックのことだ。

 ルーラは魔物堕ちの一件以来、藤沢に護身用の魔術を教えるべく人間界に足繁く通っている。世間話もなかなかに弾むらしく、最近の藤沢はちょくちょく俺にも近況報告をしてくれる。他に話せる相手もいないからだろう。魔術の筋もいいらしく、彼の「魔術」という教科のノートにはかなりのペースで新たな魔法陣が描かれている。一見すればただの中二病ノートなので、馬鹿と天才は紙一重というか、次元の違うものを見せられている感覚ばかりが毎度募っていくのだが。

「強靭、ねぇ……」

 ロマンチストと人生捨ててる奴と強靭な精神。三つ並べたらとても繋がりそうにないが、藤沢の言いたいことは俺にも理解できる。理想を求めるには現実の声は邪魔になる。「理想」などという実在するのかもわからない幻想を、身を滅ぼしかねない熱量で追い続けるにもそれ相応の覚悟がいるし、終わりの見えない自分だけの道を歩むにも、強靭な精神力は必要だ。どれが欠けても途中で力尽きる。

 そういう観点で言えば、カルドは死の鍵を探すに相応しい素質を持った悪魔なのかもしれない。あいつは口こそ達者で曲者だが、その後ろ姿は間違いなく強い。凛とまっすぐに立っていて、揺らぐことがない。強い風が吹いても折れるところが想像できない──そんな芯の強さを持っている。

 ……だが、本当にそれだけなのだろうか、とも同時に思う。

 俺はあいつの何かに怯えた表情も知っているし、どん底まで絶望して、もう何も感じなくなってしまったかのような深い深い底なしの瞳も知っている。カルドと出会ってまだ日も浅く、会う機会もあまりない藤沢は仕方ないとしても、ルーラはそれを知っているのだろうか。

 ……いや、違うか。俺が知らないことも、ルーラなら知っている。そっちの方がよっぽど説得力がある。生きる世界も、知り合ってからの時間も、俺とは全く、感覚の尺度すらも違う。

「……」

 だとしたら。

 だとしたら俺は、あいつの何を知っているというのだろうか。何に共感できて、何を与えられるというのだろうか。

 あいつはこんなどうしようもない俺を、自分の死の伴侶としたのだ。それは確かに俺の魂ありき、俺の人格やスペックなど二の次で選んだ結果なのだろうけれど、反対に俺があいつの「死の鍵」だとすれば、俺はあいつの魂の欠陥を補わなければならないことになる。

 俺みたいな人間が、あの悪魔の何を埋められるというのだろうか。

「…………先輩? 真渕せんぱーい?」

 目の前でチラチラと手がかざされて、現在に意識が引き戻される。

「大丈夫ですか? なんか今日クマも濃いですよね。また働き詰めたりしてないですよね?」

「ああ……」そういえばあまり眠れていないのだった。まずいな。寝不足は厳禁だと主治医にも言われているのに。「悪い。……ちょっと夢見が悪かったんだ。休みはちゃんと取れてるから、そっちは心配しなくていいよ」

「そうだったんですか……」

 藤沢は社交辞令でない、心のこもった愁眉を見せたのち、何かを思いついたようにパッとその表情を明るく整える。

「あ、じゃあもしよければ、退魔の陣でも描いてみましょうか? 悪夢に効くかも」

「……ええと、それは……同居してる悪魔には影響しない……?」

「そりゃあそうじゃないですか〜!」何バカなことを言ってるんだ、とでも言わんばかりの藤沢の勢いに、俺は少々面喰らった。「おれの魔術なんかまだまだ駆け出しだし、そうじゃなくても悪魔なんか倒せませんって。おれが教えてもらってる術だって、攻撃じゃなく防御のためのものですし」

 それに、と続いた藤沢の言葉に、俺は多くの疑問と一抹の不安を抱くことになる。

「カルドさんって悪魔の中でも相当強い力をお持ちなんですよね? おれ程度の魔術なんてそれこそ気休めにしかなりませんよ!」

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