第42話 理由

 信用のない距離をちょっと不満に思いつつ、魔法陣を展開する。

 想像通り、魔力を入れている間魔法陣が揺れそうになった。


「えっ……これは」


 誰かの声が聞こえるが、無視する。大きい魔法陣は魔力を大量に使うので、均一に与え続けることが難しい。

 集中が必要だ。


 この魔術で言えば、魔力を一気に送れば氷が破裂して形にならなくなるし、少なければ水になってしまう。


 時間にしたら一瞬だけれど、この一瞬の魔力の扱いが技術の差だとミシェラは思う。

 永遠に思える時間の中で、何度も何度も練習した魔法陣。遊ぶものも気を紛らわせる物もなかったミシェラは、この魔法陣の展開と扱いに傾倒していた。


 小さいもので精度をどんどん高め、大きい魔法陣の安定を楽しんだ。


 そうして立った氷柱は、ミシェラの両手を広げたよりも太く、ハウリーでさえ見上げるほど大きい。


 ひかりを反射し、きらきらしてとても綺麗だ。


 村では小さいものしか作れなかったので、なんだかとっても満足感がある。透明な大木の様だ。


「まさか……これほどの」


 観客として見ていた者たちからはざわめきが産まれるが、ミシェラはやり切った気持ちでいっぱいで聞こえなかった。


「えへへ。均一にできました。氷ってとても綺麗ですよね!」


 嬉しくなってハウリーに話しかけたが、ハウリーは眉を下げただけだった。代わりにマウリゼが呆然とした顔でミシェラに尋ねた。


「……何故、これほどまでに魔術が使えるあなたが、光の魔術しか使えないと偽ったのでしょうか」


 急にかしこまった態度をされて、ミシェラは首を傾げた。


「シマラ先生に習った通りの展開が出来るのは、光だけです……」


 自分で言っていて悲しくなってしまい、また涙が出そうになる。

 俯いてしまったミシェラはふわっとした温かい何かに包まれる。


「……そういう事か……。無理をさせたな」


 何故かハウリーがミシェラの事を抱きしめていた。近くで聞いていたシマラが青い顔をしている。


「……私が、私がきちんと説明しなかったから……。申し訳ありません! ミシェラさんに最初に魔術についてきちんと尋ねていればよかった! 使えないと決めつけてしまっていたから!」

「いや、私が渡した資料がそうだったんだ、シマラのせいではない」

「ええっと、ハウリー様、シマラ先生謝らないでください。……もしかして、違う術式でもよかったのですか?」


 全然出来なくて落ち込んでいたけれど、もし違う術式でもよかったのならなんだか結構恥ずかしい。


 あんなに悩んでおいて……、と何だか申し訳ない気持ちでハウリーを見ると、まだミシェラの背中にくっついたままにこりとほほ笑まれた。


「あの……、ちょっと言いにくいのですが近くないでしょうかこの距離」

「ミシェラ。あの村育ちの君に、そんな常識がわかるのか?」


 冷静な顔で言われてしまうと、確かに全く分からない。


 恥ずかしさで言ってしまっていただけだ。あと、どきどきしてしまうのでやめてほしいと思う。

 でもこれが常識だとしたら……。


 ぐるぐると考え込んだミシェラの後ろで、ハウリーがくつくつと笑った。


「! もしかして」

「冗談だ。離すから許してくれ」


 周りはそんなハウリーとミシェラを呆れたような顔で見ている。あっという間にピリピリとしていた空気が弛緩している。


「ミシェラは他にはどんな魔術が使えるんだ?」

「特にこれだっていうものはないですが、属性一通りはできるはずです」

「そんなに……」

「あ、得意で言ったら氷で小さい小物を作るのはそうかもしれません。うさぎとか」

「うさぎ」

「可愛いですよね。うさぎ」


「……そうだな、まあ、可愛い、と思う。ああもう。というか、そんなに魔術が使えて何で初めて会った日は回復魔術ではなく魔力を使ったんだ!」

「ああ! あの、ハウリー様に会ったとき、ですよね。私が魔術が使えるとわかったら、もっとひどい目にあうかもしれないと思っていたので、村の人が居るかもしれない場所では魔術は使ってなかったんです。魔力で直接回復する方法なら、村の人も知ってるからいいと思って」


「馬鹿か! あんな方法で回復させたら君が痛いだけだろう!」

「ごめんなさい……」


「いや、怒ってるわけじゃない。……ただ、心配だったんだ」

「誰かに見られたら危ないと思ったけど、治してあげたかったんです。ハウリー様を回復させると思ったら、全然痛みなんて怖くなかったんです」


「……。では、何で自分の傷は治さなかったんだ。君はここに来た時は傷だらけだっただろう」

「回復自体は外側の傷だけ残して使っていたんですよ。だから、見た目は痛そうでもほとんど治っていたんです。ふふふ。誰もばれなかったので上手に残せていました」


「表面だけでも傷が残っていたら痛いだろう……。でも、ある程度は治せていたのなら、まだ良かった。だが、そんな繊細なやり方、この城でも誰も出来ないんじゃないか?」

「必要に迫られないですものね」


 ミシェラは頷いたが、ミシェラ以外の面々は声が出ないほどに驚いていた。しかし、ミシェラはハウリーの質問に答えるのに必死で見えていない。


「そうだな、試したことはないし、死を意識して練習などなかなかできない。まったく……。ともかく、君は合格だ。これから他の魔術もまた見せてくれ」


 ハウリーが勝手に合格を言い渡す。

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