第38話 戦闘

 森の奥から、爆発音が鳴り響いている。

 木々の間からは、文字でしか知らなかった生き物が見えた。


 遠くからでもその生き物は大きく、存在感を放っている。力強い体に覆われた堅い鱗が光にあたってきらめいて、魔物だというのに神々しさを感じるほどだ。


 ドラゴンに惹かれた彼の事が少しわかる。魔物の中でも、圧倒的に美しい。

 ドラゴンは大きく口を開けて、激しい炎を吐いた。


 見惚れてしまっていたミシェラの肌がじりじりと熱くなり、途端に現実に戻される。こんな大きな魔物と、今、魔法師団が戦っている。


 よく見るとドラゴンの周りには、団員たちが集まっていた。しかし、彼らはドラゴンと比べるとかなり小さく、弱弱しく見えてしまう。

 ミシェラが見る限り、魔術の盾でドラゴンの炎は二つに割れ、団員たちは無事に炎から守られているようだった。


 耐えてほしい願っていると、その盾の中から一人が飛び出し、ドラゴンに鋭い氷の魔術をいくつも放った。

 彼の放った氷の矢は、その頑丈な鱗に阻まれつつも、身体の一部を凍らせた。目に見えてドラゴンの動きが鈍くなる。


 ハウリーだ。


 遠くから見ていても、彼の周りだけキラキラして浮き上がって見える。数倍は大きいドラゴンに対して、怯むことなく攻撃を繰り替えしている。

 他の魔術使いも続いて魔術を放っているが、ドラゴンの鱗に弾かれてしまっている。


 確かに、圧倒的だ。


「流石、スカイラ師団長よね」


 戦いに見入ってしまったミシェラの事を怯えたと思ったのか、シュシュが気楽な口調でにこりと笑いかけてくる。


「今は盾で防いでいるように見えるが、炎は熱い。徐々に皮膚は焦げているし、ドラゴンの爪は強力だ。おびえるのは当然だ。だが、ミシェラの回復は力になる。前線の端で回復だけでもとても助かるんだ、頼む」


 ダギーもミシェラを振り返り、肩をそっと叩いた。


「わかりました。でも、大丈夫です」


 ミシェラは頷いて、団員が集まっているところに向かっていく。直接話したことはないが、見知った顔ばかりだ。


 彼らは皆、真剣な顔でドラゴンを見据えている。


 近付くと、ハウリーがドラゴンの頭の上に乗り、氷をまとった剣で攻撃を仕掛けているところだった。下にいる何人かの魔術師が補助の為に足元を攻撃している。あたりはひんやりとした空気に包まれていた。


 ドラゴンがうるさそうに、頭をグイっと持ち上げ、炎を吐いた。

 反動でハウリーは飛ばされ、あたりはあっという間に灼熱に包まれる。団員が展開した盾に炎は阻まれるが、皮膚がピリピリとする。


 ミシェラの距離でこれなのだから、ダギーの言葉通り盾を展開している魔術師の肌は焼け焦げているだろう。


『風よ!』


 ハウリーの声が聞こえ、あたりに風が舞った。どうやら飛ばされていたハウリーは、風の魔術をクッションに地面に戻ったらしい。


 戦況を確認するようにあたりを見渡した彼は、ミシェラと目があいギョッとする。


「えっ。ミシェラ!? なぜここにいるんだ!」


 おろおろと視線をさまよわせながら、ハウリーが近づいてくる。

 そんなに動揺して大丈夫なのか心配になってしまう。


「シュシュさんとダギーさんが連れてきてくれたのです。ハウリー様戦いの最中に大丈夫でしょうか」

「全然大丈夫じゃない! 危ないだろう!」

「い、いえ。私じゃなくてハウリー様が大丈夫かという……」


 こんなに油断していていいのかという質問のつもりだったけれど、逆に怒られてしまった。

 どうしよう、と思っていると上からバキバキと木が折れる音がして、同時にハウリーに抱えられその場から飛び去っていた。


「わー!」

「……ちゃんと周りは見ているから大丈夫だ」


 急に宙に浮かんで動揺しているミシェラをぎゅっと抱き寄せ、ハウリーは得意げに笑った。


「伝わっていたのですね。良かった」

「でも、本当に何故ここに居るんだ。救護テントの方にいてくれと言われていたはずだろう」


 木の裏の死角に身を寄せながら、ハウリーが眉を寄せる。全身に視線を向けると、大怪我はしていないものの、擦り傷ややけどの跡が見えた。


 これは見てもらった方が早いだろう。

 魔法陣を展開し、ハウリーの腕にそっと手をのせた。


「魔法陣が見えますか?」


 ハウリーは驚きに目を見開きながら、頷く。それを確認し、呪文を唱えた。

 ミシェラの心のままに、ハウリーの傷はなくなった。


「……これは」

「いうのが遅くなって、ごめんなさい。私、魔術は使えるんです。ただ、授業で習ったものと違ったので、テストは全然駄目でした。それでも、今、ここで役に立つことは出来ると思うのです」


 せっかくシュシュとダギーが連れてきてくれたのだ。ここで戻されたくはない。

 両手を組み祈るように頼むと、ハウリーはため息をついた。


「ああもう! 頭が混乱してさっぱりわからない。……だが、今の力は間違いない。ここに残って協力してくれるか?」

「……はい! 嬉しいです! 仮の団員ですが、お役に立てるように、頑張ります!」

「まったく、後で話は聞かせてもらうからな」


 じとりとした目で睨まれ、ミシェラは嬉しい気持ちを抑え、神妙な顔で頷いて見せた。

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