第37話 回復魔術

 グルタはしばらく動けないだろう。


 氷の囲いに問題がないかを確認してから、そのままミシェラは救護テントに戻った。


「どこに行っていたの? 全然戻らないから心配していたのよ」


 戻るとマイヤが心配した顔で駆け寄ってきた。無事を伝え、謝る。そしてクッキーが見つからなかったことも。


 病状が悪化したものや新しい救護人はまだ出ていないとの事だったので、ほっとする。

 このまま回復魔術を使う機会はないかもしれない。


 もう一度今の救護人を診て、必要ならば薬を与えようかと迷っていると、遠くからざわめきが聞こえていた。


 見知った女性が、誰かを抱えてこちらに走ってくる。


「ミシェラ! 怪我人よ! とりあえず応急処置はしてある。私は魔力の温存をしなければいけないから、頼むわ」

「わかりました! ……っ、ダギーさん」


 シュシュが連れて来たのは、ハウリーと村に来ていた、ダギーだった。無口で優しい彼の背中が、ずたずたに切り裂かれている。


 慌てて背中を見ると、シュシュの言う通り、表面上の傷はふさがっていた。しかし、それは表面だけで、多くの血が失われただろうダギーはぐったりとしていた。


「……大丈夫だミシェラ。そんな顔をするな」


 大怪我をしているのに、ダギーはミシェラに安心させるように声をかけてくれた。その笑顔に、ミシェラは心がぎゅっとなるのを感じた。


 皆、戦っている。

 なのに、私は機会がないからと言い訳をして魔術を使ってもいなかった。まったく最善を尽くしていない。


 私は私のやり方で、きちんと戦いに参加しなければいけない。


 禁止されるだとか、もしかしたらハウリーに嫌われるかだとかは、関係なかった。

 これで、何が魔術師団に入りたいだ。村を守る決意ができているだ。


 何の覚悟もしていなかった事に、気が付いてしまった

 自分のできることを何もやっていなかったことに、恥ずかしくなった。


「ダギー様、大丈夫です! 私が今回復するので、安心してください」


 ミシェラがにこりと笑いかけると、ダギーをベッドに運んでいたシュシュがさっと顔色を変えた。


「駄目よ! スカイラ師団長から聞いているわ。あなたの回復は、魔術じゃない」


 当然の指摘に、ミシェラは眉を下げたどたどしく説明した。


「……私が使うのは、魔法陣を用いています。ただ、教科書とは違ったので、テストでは使えなかっただけなんです」

「なんですって?」

「シュシュさんもダギーさんも、魔法陣は見れますよね。私が展開するので、見てください」


 そういって、ミシェラは魔法陣を展開した。


「……確かに、私の使うものとは違う。でも、回復の魔法陣とは似通っているわ。知らないシンボルがいくつかある……」

「そうだな。……だが、ミシェラが使えるのならちょうどいい。シュシュは魔力の温存をしなければいけないから、彼女が使えるのならその方がいいだろう。俺はミシェラを信じてる」

「そう、よね。ミシェラが私達に害悪を与えるとは思えないし、信じるわ」

「そうだ。傷は痛いしな。早くしてくれ」

「まったく、いつになく冗談なんて言って」

「いたっ」


 シュシュは困った顔をしながら、ダギーの肩を叩いた。ダギーは割と本当に痛そうな顔をしている。大丈夫なのだろうか。


「大丈夫じゃない」

「えっ。口に出てましたか?」

「顔に出ていた」

「あわわ。……じゃあ、信用してもらえたなら、回復します」


 ミシェラが確認するために二人の顔を見ると、二人は大丈夫という顔で頷いた。


『回復』


 ミシェラが祈る様に呪文を唱えると、ぱぁっと優しい光がダギーを包んだ。


「……! まさか……」


 光が消えた途端に、ダギーががばっと立ち上がる。ぐるぐると腕を回したり、足を動かしたりして確認している。


「急にそんなに動いたら危ないわ。内臓をやられていたのよ!」

「……回復している」

「えっ」

「回復しているんだ! 全く、問題ないまでに」


 物静かなダギーが、興奮したようにシュシュに身体を動かして見せる。


 やっぱり、実力は疑われていたようだ。

 これで、役に立つことが分かったなら良かった、とミシェラは息を吐いた。


「……本当に?」

「本当だ」

「なにそれ、本当にそんな事あるの……?」


 シュシュが呆然としたように呟いた。


「どういうことですか? 何か変な事がありましたか?」

「ミシェラちゃん、魔力の残りはどれくらい?」

「今日は特になにも使っていないので、ほぼ残っている状態です」


 回復魔術が使えたのに、薬に頼っていたことを告白するようで、ミシェラは下を向いて答えた。

 ミシェラの答えにシュシュは手で顔を覆い、大きなため息をついた。ダギーはなぜか頷いている。


「……うわーそうなのかー」

「魔法陣を見た時に、ちょっとそうかなとは思っていた」

「私だってそうよ! でもやっぱりこの目で見るとびっくりするじゃない!」

「ええと、何か問題があったら教えてください」


 ふたりの会話が全く分からない。

 ミシェラは思い切って二人に確認すると、彼らはばっとこちらを見て、何とも言えない笑顔を浮かべた。


「問題はない。まったくない」

「そうよ……。問題はないけど、どちらかというと今は前線に来てはどうかなっていう気持ちよ」

「えっ。行ってもいいんですか?」

「そうだな。戦況は悪いわけではないが、かなり厳しい戦いではある。ミシェラであれば、スカイラ師団長の助けにもなるだろう」


 二人が何を問題にしていたかはわからなかったけれど、前線へのお誘いは嬉しい。

 ミシェラは飛び上がって喜んだ。


「ありがとうございます! 邪魔しないようにするので!」

「じゃあ、一緒に行きましょう」

「マイヤには声をかけておこう」


 さっと二人が準備をしてくれて、あっという間に結界の中に出ることになった。マイヤは急なことにびっくりし、心配そうな顔をしつつ見送ってくれた。


「何か忘れものはない?」

「私は特に私物は持ってきていないので。……そういえば、さっきグルタをそこに捕まえておいたんだった」

「グルタ?」

「あの、村長の息子で、先ほど襲われそうになったんです」

「ああ! 前にミシェラちゃんに襲いかかった彼! え? また襲われたの? あの時に処分を重くするべきだったわね。ミシェラちゃん。襲われただなんて、大丈夫だった?」


 シュシュはあの日の事を思い出したのか、憎々しげにつぶやいて、ミシェラの身体を点検し始めた。慌てて怪我がないと言うと、ほっと息をつく。


「大丈夫でした。思ったよりもずっと、怖くなくて、大丈夫でした。ふふ、私のが圧倒的に強かったんですよ。魔術の氷の囲いをつくって出れないようにしたんです」

「それはいいな!」

「……氷の囲いなんて作れるのね。ああ、でももう安心ね。そんな馬鹿はその辺に置いておけばいいのよ。あとで回収して魔術師団を襲った罪で訴えましょう」


 二人はミシェラの言葉に大笑いして、グルタの事は気にするなとそのままドラゴンとの戦場に向かっていった。

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