第22話 お出かけ

「よし! 良かった!」

「……ただ、私帽子をかぶってきませんでした」


 ミシェラの腰までの白い髪の毛は、今日は緩く巻かれおろしてある。


 出かけると聞いたフィアレーが嬉しそうにミシェラの髪をなで巻いてくれたので、何も言うことができなかった。


 後で帽子をもらおうと思っていたが、言い出す間もなく送り出されてしまった。


 誰かに何かを伝えるタイミングは難しい。


 自分の希望を口に出すのを長年してこなかったのだ。しかし、それが結果白い髪の毛を露出しての散歩になるのなら、言わなければならなかった。

 この色は誰かに不快感を与える可能性がある。


 自分のできなさに、申し訳ない気持ちになる。

 ハウリーはミシェラの言葉に、ミシェラの白い髪を優しくすいた。


「大丈夫だ。歩いてみればわかる。私もそのままだろう?」

「ハウリー様は確かにそうですが……」


 魔法師団長として誉れ高いハウリーと生贄として育てられたミシェラとではまったく違う気がする。それにハウリーの白い髪は一部分だ。


「私の言葉は信じられないかな?」


 眉を下げ、ハウリーは悲しそうにつぶやいた。ミシェラは慌ててハウリーの手を取る。


「ハウリー様のことは全面的に信じております!」


 ミシェラが真剣な顔で言い切ると、ハウリーはぶはっと噴出した。


「そんなに信じてもらえてうれしいよ。じゃあ、大丈夫だな」


 そう笑うハウリーは悲しそうな感情は全くなかった。

 ミシェラはぱちぱちと目を瞬かせた。


「一緒に出掛けられてうれしいよ」


 いたずらっこのようにハウリーが笑う。そこでやっとミシェラは自分がからかわれたことが分かった。


「ハウリー様ったら」


 思わずミシェラも笑ってしまう。

 くすぐったくて、楽しい。


 くすくすと笑うミシェラの頭を、ハウリーがするりと撫でた。


 ミシェラはハウリーが撫でたところをそっと自分でもなでる。

 年齢を言ってしまってから距離が開いてしまったような気がしていたので、それもうれしくてさらに笑ってしまう。


「よしよし。緊張もほぐれたしもう大丈夫だ。それじゃあお嬢様、一緒に行きましょう。……行き先が屋台だっていうのはちょっとしまらないが」

「屋台って何があるのでしょうか。食堂と何が違いますか?」

「あーそこからかー。ミシェラは初めての体験がたくさんあるな」

「そうですね。本を読めばもうちょっといろいろ詳しくなると思うので! 私はお城に入ったら読むものリストをちゃんと考えていますよ」

「……なんで何か知るのが本のみなんだ。今日は屋台が体験で知れるからな!」


 なぜか少し怒ったような顔で、ハウリーはぐっとミシェラの手を握った。

 そっと自分の腕にのせる。


「今日は一緒に楽しもうじゃないか。はぐれると困るから、腕につかまっていてくれ」

「ありがとうございます」


 ハウリーの腕につかまる。


「この腕安定感がすごいです!」

「この状況の感想がそれとは……私もまだまだだな」


 楽しそうに笑うハウリーがミシェラの手に手を重ね歩き始める。


 ハウリーの腕をぎゅっとつかみつつ、ミシェラも一緒に市場に向かって歩く。

 ミシェラはどこを見ていいかわからなくて、じっと足元を見た。


 ミシェラは長い間狭い世界に暮らしていた。

 今は村から抜け出せたけれど、連れ出してもらえたけれど、あまりにも自分と関係ない世界は眩しくて、ミシェラは目を細めた。


「城に行ったらなかなか出かけられないけれど、今日楽しかったらまた行こうな」


 少し弾んだようなハウリーの言葉で、突然気が付く。


 これって、お出かけだ。


 食事という口実はあるものの特に何かしなければいけない事ではなく、楽しみの為に外に出る。本で見た時には、とても信じられなかった。


 ミシェラが知る村の人は、村にずっといて何かしらの仕事をしていた。何もない時には、家で内職をしていた。

 作業の合間に皆で雑談していて、ミシェラはそれすらうらやましい気持ちで眺めていた。


 もしかしたらでお出かけ自体は、ミシェラが知らないところでは行われていたのかもしれないが。

 しかしそれは、想像もしにくい事だった。


 それを今、自分が体験している。


 その事に思い当たった途端、急に視界が開ける気がした。


 眩しいだけの日差しはキラキラと輝いているし、喧騒は楽しそうな会話となって、ミシェラの耳に届く。

 きちんと周りを見れば、村とは違い、何かお店のようなものが並んでいるし、皆とても着飾っている。


 ちらりと隣を見ると、視線に気が付いたハウリーがにっこりと微笑んだ。


 彼はマントをつけてはいるものの、正装よりは砕けた服を着ている。しかし姿勢も綺麗で優雅な彼は貴族だと感じさせるには十分だった。


「ハウリー様も、フードは被られないのですね」

「そうだな。村では警戒の意味もありフードをかぶっていたが、普段はあまり被っていない。……顔も見えないし邪魔じゃないか?」


 眉をひそめるハウリーに笑ってしまう。


「それは確かにそうです。せっかくの綺麗なお顔ですものね」

「顔は貴族ならこんなもんだ。もっと整っているものなどざらにいる」

「貴族とは恐ろしいですね」


 そう答えたものの、屋敷で見た貴族らしき人々より、ハウリーの方が綺麗に見えた。しかし否定されるだけな気がして黙っておく。


「ほら、あの辺が市場だ。露店が多いだろう? この街は王都からは少し離れるが、交易拠点ともなっている大きな街なのだ。海が近いため珍しいものも多い。食事をして、欲しいものがあったら何か買おう」

「なんだか凄いですね……。村の事もそんなに知らないですが、こんなに人が居て、物があふれてて……」

「面白いだろう? 魔術師団の目的は、こういう景色を守る事だ。……今、ミシェラにもそう思ってもらえると嬉しい」

「ありがとうございます。なんだか……世界が広がった気がします」


 ミシェラが実感を込めて言うと、ハウリーは嬉しそうに笑った。


「じゃあ、もっと広げていこう。とりあえずは食事だ! ミシェラは美味しいものをたくさん知って、たくさん食べてくれ」


 そっと掴んでいた腕をとり、手を繋がれた。

 はぐれない為だろうか。

 握手とはまた少し違くて、手のひらから伝わる温かさが不思議だ。


「大きくなるので、よろしくお願いします」


 ミシェラはまじめな顔で返したが、ハウリーは可笑しそうに笑っただけだった。

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