第17話 湯あみ

「ミシェラ、手伝いを呼ぶから湯あみをしておいで。その後に食事にしよう」


 優しい口調で言われ、自分の格好を見る。

 ミシェラからすれば今日は昨日水浴びをして、さらには石鹸を使ったのだ。新しい服も着ているしピカピカだと思っていた。


「……もしかして、汚かったですか?」

「いや」


 反射的にハウリーは否定したが、その後ため息をついて続けた。


「……村では大丈夫だろうが、この先は貴族も多い。身なりは完璧にしておいて間違いない。基本的には毎日湯に浸かり、洗い、新しい服を着る。場面ごとに相応しい服があり、1日に何度も着替えることもある。出来るだけ隙はなくすべきだ」

「教えていただきありがとうございます。わからない事が多いので、今後も教えてもらえると助かります。よろしくお願いいたします」


 ハウリーは優しい。ミシェラが汚いなどという話は言いにくかっただろう。それでもミシェラの為を思って言ってくれたのがわかって、温かな気持ちになる。


 ハウリーの為にも粗相は出来ない。

 ミシェラは再び決意を硬くした。


「ここの師団長は、私の事を嫌っているのを感じたか?」

「ええと、そうですね……多分……」


 感じたけれどはっきり言うとハウリーを傷つけてしまいそうで、ミシェラは言葉を濁した。


「いや、師団だけではないな。私の事を恐れていないのは、私の部下ぐらいだ」


 そんなミシェラの頭を撫で、ハウリーはそっと目を伏せた。


「ごめんな、ミシェラ。あの環境から連れ出したものの、突出した魔力を持つミシェラに嫉妬する人はたくさんいる。俺のように、化け物と呼ばれることもあるかもしれない。……でも、それでも、私は……」


 そんな風にハウリーが苦しそうに言うから、ミシェラはハウリーを抱きしめたい気持ちになった。

 あんなに大きくて、強くて、格好いい彼を、守ってあげたいと思うだなんて。


 不思議な気持ちになりつつも、ミシェラは心のままにハウリーの手をとった。


「ハウリー様が化け物と呼ばれるのならば、私も化け物になって、ハウリー様の隣に並び立てるような魔術師になりたいと思います。その為の努力は惜しみません」


 まっすぐと目を見つめながら告げたミシェラの言葉に、ハウリーは虚を突かれた顔をした後、片手で顔を覆った。


 伝わるといいなと思って、ぎゅっと手に力を籠める。


「ああもう。私が君を救おうとしているのに……これじゃまるで逆だ」

「私はもう救われてますよ。今何かあっても、ハウリー様には感謝するばかりです」

「何にもないよ。君は私が守るからね」


 下を向いたままのハウリーに言われ、ミシェラはじっとその言葉をかみしめた。

 本当に、人生の中で一番幸せな瞬間に違いないと思った。


 控えめなノックな音がして、慌てて手を離す。


「ミシェラ様。お手伝いさせていただくフィアレーと申します。よろしくお願いいたします」


 部屋に入り頭を下げたのは、ハウリーが呼んだメイドらしい。

 フィアレーと名乗ったメイドはハウリーと同い年位の優し気な女性で、ミシェラを見る目も優しかった。


「彼女は私の持つ第五師団についているメイドだ。安心してほしい」

「よろしくお願いいたします」


 ミシェラが頭を下げると、フィアレーはにっこりと笑った。

 メイドなので、敬語は使わないようにと注意を受ける。年上なので、意識しないと危なそうだ。


「じゃあ、湯あみはこちらでしましょう。スカイラ様には、別のものを手配しておきました」

「私は一人で大丈夫だ。知っているだろう」

「ここでは念のため、つかせてください」

「……まあいいだろう」


 二人の関係の時間の長さを感じさせる会話を見て、ミシェラは少し羨ましくなった。なんだかどんどん欲深なる気がして、慌てて首を振る。


 フィアレーについて、別室に入る。


「こちらで服を脱いでくださいね。……あら」

 手伝われながらミシェラが白いワンピースを脱ぐと、フィアレーはそっと眉を寄せた。

「どうかしましたか……?」

「いえ、お怪我をされているようなので、治癒が必要かと」

「……ああ!」


 ミシェラは見慣れていて気が付かなかったけれど、青あざがそこら中についている。

 手は既にかさぶたになっていたが、特に村長に倒されて棚にぶつかってしまった肩は派手に青くなっていた。


 普通の人は、見慣れない傷かもしれない。


「ああ、こんなに悪そうで……大丈夫かしら。痛いですよね。石鹸は染みるかもしれないわ」


 心配そうにそっと肩に触れられる。

 その温かな手に、心配をかけてしまっていると慌ててしまう。

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