罪な男

トム

罪な男




――参ったな、また惚れさせてしまったか……。




 商品名を告げながら手渡すと、彼女は俺の顔を見つめてぽかんとした後、満面の笑みを見せてそれを受け取ると、隣にいた友達と連れ添い、コソコソ話しながらチラチラと俺を覗き見るようにして店舗から離れていく。そうして少し距離が出来た所で大きな声で「やだーもう!」などと言いながら、嬉々とした表情で渡したクレープにかぶりついていた。


「……フッ、また俺のファンが出来てしまったようだ」


 


 今日の営業場所は、駅前にあるアミューズメント施設の前。オープンスペースに設けられたイベント会場で、キッチンカーが集まっている。その中の一台、クレープ販売のキッチンカーが俺のバイト先だ。このキッチンカーは姉の知り合いである「藤堂 岬とうどう みさき」と、俺の姉「向坂 結衣こうさか ゆい」が共同オーナーとして、車の中でクレープを作っている。二人は元々、パティシエになる為に製菓学校に通っていたが、「味の探究」等と言っては、色んな場所のスイーツ食べ歩きをしまくっていた。そんな中、どこで見つけたのかは知らないが、「師匠」と二人が呼ぶお爺さんから、この古いキッチンカーを譲り受け、学校を卒業してそのままこの仕事を始めたのだ。


 そんなイケイケな二人で始めたキッチンカー。若い女性二人組という事もあり、あっという間に口コミで広まった。実際、そのクレープは味は勿論だが見栄えもよく、まるで花が咲いたような見た目もあり、SNS等での宣伝の相乗効果で、すぐに問い合わせや、注文が殺到した。





「はぁ? 俺がバイト?」


 それは二人が仕事を初めて間もなく、キッチンカーの販売も軌道に乗り始め、日に日に売上は右肩上がりになっていく中、とてもじゃないが客を捌き切るのが難しくなってきた。一人が生地の焼きを担当、もう一人がトッピングをしてラッピング。それを客に渡すのだが車内からの手渡しでは高さの関係もあり、忙しいことも加味され、せっかく作った花束のようなそれを、車内の高い場所から直接渡そうとすれば、型くずれしそうになってしまう。そこで出来た商品を一旦サーブしてから、車外にいる者が手渡すという事になったらしい。そこで向坂結衣の弟である俺に白羽の矢が立った。


 ――向坂 翔こうさか かける 19歳。


 身長は183センチ。眉は姉に似てはっきりとした上がり眉。目は奥二重でパッチリとして、鼻梁はスッキリ通っている。口を開けば綺麗に並んだ白い歯が見え、色素が薄いために肌は白い。センターで分けた髪はワックスを使わず、サラリと流し、染色などはしていない。……まぁ、はっきり言おう。超・絶・イ・ケ・メ・ンと自負している。姉もそこは理解しているのだろう、俺をバイトに誘った理由の一つにそれを上げていたほどだ。まぁ、本来ならモデル事務所にでも入ろうかと、日々履歴書を送ってはお祈りの返事が返って来てばかりなのが、現在世界の八番目の不思議だと思っている。


 大学受験に失敗し、浪人の道を選んだ俺は、なんとか予備校代だけは両親のお情けで、出してもらって通っている。その所為で圧迫した家計の為、小遣い云々は一切貰えていない。かと言って、将来の目標を「モデル人生からの俳優デビュー」にしている俺にとって、下手な場所でのアルバイトは後々のスキャンダルのために極力控えたいのだ。


 まぁ、要するに予備校以外は、唯のニート状態に陥っていた。


「ね? だからバイト代はきちんと払うからさ。アンタがそのになるまで、顔売りのつもりでやってみない?」

「確かに! SNSなんかで紹介でもされたら一発かもしれない! オーケー姉貴、売り子は俺に任せな!」


 そうして、バイトを始めて3ヶ月。……何故か未だにスカウトは来ない。


 ――謎は深まるばかりだな……。




◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「……ねぇ結衣。翔君、あのままでいいの?」

「良いんじゃない。いつか、自分で気づくほうが」

「……いや、まぁ、実の姉のアンタがそう言うならあまりツッコまないけどさぁ。……あ、さっきの二人組、めっちゃ笑っちゃってるじゃん」

「まぁ、それも勉強よ。……しっかし、3ヶ月も経つってのに、何でアイツは全く痩せないんだろう? しかも、商品の名前、未だに間違えて覚えてるし……」

「――ねぇ、どうしてベリーベリークレープが、ぺろりんクレープになるんだかねぇ」

「マックスチョコは、ミックスチョコって言うし、混ぜてねぇっちゅうに」


「はぁ……おバカでおデブ。……あれだけの勘違いメンタルなら、モデルより、芸人のほうがチャンス有るのにねぇ」


 二人の話す言葉は車内だけで響いている。車外はイベントの為か、色んな場所にスピーカーが配置され、陽気な音楽がずっと流れている。



 ――向坂 翔。身長は高い。顔立ちも確かに整っている……。中心部に全てのパーツが集まっているが。むっちりとしたもち肌のわがままボディをその音楽に合わせ、常にステップを踏みながら踊っているが、どう見てもただ上下に振動しているようにしか見えない。着ているシャツも何故かぴったりめの物を選んでいるため、ズレて既にその樽のようなお腹が見えている。それでも彼はお構いなしに、リズムを刻んで行列のできている女子たちの前で振動している。頬の肉すら揺れて表情がわからないほどに……。



「はい! お待たせ! ぺろりんクレープの花束です! おぉっと、俺に見惚れちゃいけないよ!」


 そう言った瞬間、たぷんと腹の肉が揺れる。甘酸っぱいベリーの香りが鼻孔をくすぐり、受け取った可愛らしい女子高校生は、ぽかんと呆けた顔をして、口元をすぐに塞ぐと、すぐさま逃げるように駆け出していく。



 ……あぁ、また一人、俺の虜が増えてしまった。罪な俺を許しておくれ――。




~Fin~

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罪な男 トム @tompsun50

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