みかん畑のない町

深見萩緒

みかん畑のない町


 わたくしはあんまり自分の空洞がこたえるので

 まるで感傷のただ中にあるかのように錯覚し

 嘘のように輝く海とみかん畑とを見ていた

 それはまさしく嘘だった

 みかん畑は風景のそこかしこに溶け

 わたくしはそれを遠目に見ながら

 嘘の感傷に浸っている


 わたくしには何もなく

 なんにも、ほんとうの悲しみすらなく

 いやしく指の先を舐めながら

 肉の塩っぱさを涙と錯覚した


 わたくしが見たものは湾岸の工場群であった

 わたくしが見たものは流れゆくオレンジの光であった

 わたくしはほんとうの悲しみを知らぬまま

 わたくしを憐れんで嗚咽した


 それはまさしくすがすがしいほどの嘘だった

 あの町にみかん畑はない

 わたくしはみかん畑の冬を知らない

 嘘のように輝く海とみかん畑は

 いつだって鮮やかな夏だった


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みかん畑のない町 深見萩緒 @miscanthus_nogi

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