悪役令嬢の婚約破棄に巻き込まれたモブ「短編」

バカヤロウ

悪役令嬢の婚約破棄

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遠い遠い昔


世界は一度、滅びてしまいしました。


創造主は神の御業によって生命を誕生させます。


沢山の種族が生まれました。


ただ、どこから来たのか分かりませんが創造主に気に入られる女性が現れます


女性が現れた国は争いごとの絶えない悲しい場所でした。


女性は自分に何か出来ないかと歌を歌います。


歌で争いごとを鎮めることが出来ました。


これが歌魔法の始まりとされています。


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キーンコーンカーンコーン


先生が教科書を読み上げたところで授業の終了を知らせる鐘が鳴る。


「はい、今日の授業はここまでだ」


先生が教科書を閉じ、静かに告げた。


「せんせー、歌魔法って聖女様が始まりなの?」

「そうだ、今でも聖女様は歌魔法でみんなを守っているんだ」


小さな子供が手を挙げて先生に質問する。

強面でガタイの良い男性だが小さな生徒達には笑みを浮かべて優しく答えた。

だが、その笑顔が少々不気味であるが幼い子供たちは特に意識せず、先生のいう事を素直に聞きいれる。


「「「そうなんだー」」」


初等部の学生たちが無邪気にかつ元気よく納得する。


「今日の授業はこれで終わりだ、それに明日からは夏季休暇だ。だからってあまり遅くまで残るんじゃないぞ」


男性は顔に似合わず優しい言葉をかけて、生徒たちに帰りの挨拶を促した。


「「「はーーーい」」」


可愛い声で返事する少年少女達

その声を聴くだけで強面の男性教師の顔が緩んでいるのが廊下からも見て分かる


「せんせーさようなら」


元気いっぱいの男の子が一番に廊下へ飛び出した。


俺は廊下にいたためにその男の子と目が合ってしまう。

ここは年上として怖がらせないように笑顔を送ろう。

最高のスマイルを男の子に送った。


「あーこの人、また廊下に立たされてる」

「本当だ、このお兄ちゃん、また廊下に立ってる」

「面白ーい」


なぜか少年少女が俺の周りに集まってくる。

バカやめろ、つつくな!

今、両手が塞がっているし筋肉が……震えているんだ!


「バケツおもそー」

「水いっぱい入ってるね」

「お兄ちゃん、楽しい?」


なぜだろうか

俺はすでに成人した大人の男性だ

だが、無性にこの少年少女達をぶん殴りたい気持ちで満ち溢れている

殴ってみようか、よし殴ろう

と思っても自制心が働いてしまい俺が出来る事といえばため息をつくことぐらいだ。


「ダーリンったら、また廊下にいる」

「おや、モカこんにちは」

「もう、こんにちはじゃないよ。今度なにしたの?」


少年少女をかき分けて俺に掛ける声はまるで天使のように美しく澄んでいた。

ボリュームのある金髪をなびかせながら、大きな瞳でこちらを見てくる。

俺と同じ17歳のはずだが、とても成熟した女性で男性なら誰しもが見惚れて釘付けになってしまうほどの美貌を持っていた。

そんな彼女は俺の自慢の恋人であり婚約者だ。

名前はモニカ=マクスウェルというのだが俺は親しみを込めてモカと呼んでいる。

なんせ俺の将来の伴侶だからな!


「ああ、ちょっとマギネスギヤのブラックボックス部の改造をしていたんだよ、そしたら先生がさぁ……」


俺はマギネスギヤのエンジニア志望だった。

魔力を持たない俺でも出来るエンジニアという職を目指すのだが、まさかテストで魔力が必要な問題を出されるとは……。

別に魔力がゼロでも他人に魔力を魔石に入れてもらい使ってもテストでは合格が出来る。

いつもならモカにお願いしていたのだが、ある思い付きで学園のマギネスギヤを弄っているところを先生に見つかってしまったのだ。

そして、今に至る……とほほ。


「あっ、ダーリン……ちょっと待ってね」


俺が愚痴をこぼそうと思っているとモカは手で遮り少年少女たちのほうを向く。

そして、優しく微笑みながら少年少女と目の高さを合わせるように座り込み早く帰るように促す。


「みんな早く帰らないとお父さんとお母さんが心配するよ」

「うん、わかった」

「はい、よいお返事です」


少年の元気のよい返事に天使の笑みを浮かべるモカ。


「ねえ、お姉ちゃん」

「ん?」

「今日ね歌魔法ならったの!」

「そうなんだ、偉いね」


今度は小さくて可愛い女の子が興奮した状態でモカに詰め寄る。

どうやら今日の授業は小さな女の子にとって衝撃的だったのだろう。


「お姉ちゃんはお歌を歌えるの?」

「お歌?歌魔法の?」

「うん」


目を輝かせて期待に満ちた眼差しをモカに向ける。

モカは若干戸惑いながらも


「ええ、ちょっとだけね」


モカは軽く息を吸い込み


『ら~らん、ららら~♪』


素晴らしい歌声を子供たちに披露する。

モカの歌声はいつ聞いても素晴らしい。

天使の歌声と賞賛があるほど彼女の歌は全校生徒が認めている。


「お姉ちゃん、きれいな歌声!」

「ありがとう」

「ねえ、もっと聞かせて」

「また今度ね、早く帰らないとこのお兄ちゃんみたいになっちゃうよ」


モカさんそれは最高のオタクになれる素質がありますよ。いいんですか?


「それはイヤ!」


少女は物凄い嫌そうな顔をして条件反射的に答える。


「それじゃあ、早く帰りましょうね」

「うん!」


モカの笑顔は誰でも幸せにできるのだろう。

先ほどまでの眉間のシワは取れ満面の笑みで頷く少女。

これにはさすがの俺も笑みがこぼれる。

なんというか微笑ましい光景だ。


「ばいばい、お姉ちゃん」

「ばいばい」


少年少女はモカに手を振り帰っていく。

モカもそれに応えるように手を振って見送る。

手を振るだけなのにモカは絵になるよな。


「ねえ、ダーリン……あのね」


皆が帰ったのを確認してモカは俺のほうに向きを戻す。が、しかし……


「おい、少しは反省したか?」


何やらモカが話し始めていたのだが突如現れた諸悪の根源が威嚇するように俺に詰め寄る。


その人はエリザベス=クライツ先生


マギネスギヤというロボットの戦闘において功績を残し女性ながら騎士爵の爵位を持つ有名人だ。

この王都で彼女ことを知らない人のほうが珍しいだろう。

ただ、性格がこの通り横暴であることから結婚相手がいまだに……


「なあ、サミュエルよ」

「は、はい」

「おまえ、今、何か失礼なこと考えていないか?」

「いえ、そんな……まさか……ハハハ」


この人は心を読むことが出来るのだろうか?っというぐらい何故か相手のことを見透かしてくる。

正直、やりにくい先生だ。


「モニカ」

「はい?」

「アンソニー殿下が探しておられたぞ」

「私を……ですか?」


モカは自分が呼ばれていることに驚いている。


「ああ、準備がどうとか……今日の夜会の準備係だったのか?」

「いえ、違いますが」

「まあ、すまないが行ってもらえるか?」

「わかりました。ダーリン、また後でね」

「おう」


俺に背を向けて移動を開始するもモカは何かを思い出したのか立ち止まり振り返る。


「そういえば、明日の朝の朝食、またナポリタンスパゲッティでもいい?」

「ああ、毎日でもいいぞ」

「それは流石に飽きるよ」

「モカが作るなら何でもいいよ」

「ありがとう、サム……それじゃあ、行ってくるね」

「ああ」


モカは少し名残惜しそうに職員室のほうへと歩き出す。

そういえば、さっき何を言いかけたのだろう?


「で、サミュエル=ロスガードよ」

「はい」


高圧的なエリザベス先生に名前を呼ばれ俺の背筋が伸びる。


「こんな初等部の廊下に立たされて初心にかえれただろう?純粋な心に戻ったことで今一度、問う。なぜあのようなことをした?」

「あのようなこと?」


正直、俺には何故咎められるのか見当もつかない!

ってことはなく、申し訳ないと思いながらもシラを切ってみた。


「シラを切るつもりか?」


流石です。お見通しですか……ですが、今日は夜会もあるのでここは早く切り抜けなれば!


「実はあれには訳がありまして」

「ほう、言ってみろ」

「あれは亡き母の遺言で……」

「ちょっと待て」

「はい?」

「お前の母親はセリーヌ=ロスガードだったよな?」

「それが何か?」

「まだ、生きているではないか馬鹿モン!」


俺としたことが失態だ。

そういえば、うちの母親とエリザベス先生は知り合いだったな。


「よーし、夜会までまだ時間があるからそれまでみっちりと語り合おうじゃないか」

「ちょ、先生、それはいくら何でもあんまり」

「そこに座れ」


床に指をさしそこへ座れと命令するエリザベス先生


「え?ここは廊下で床が冷たく……」

「聞こえなかったか?」


俺が反論すること自体が間違いだったと思うほどの形相でにらみつけてくるエリザベス先生。

美人だからか迫力がその他大勢と比較して半端ねえ……。

鬼だ……目の前に鬼がおる……


「…………はい」


俺は恐怖のあまり小さくなりながらエリザベス先生が指さす場所へと座る。


そのまま俺は初等部の教室前の廊下でみっちりとありがたいお話を貰う。

ただ、エリザベス先生って中身は兎も角、見た目は……めっちゃタイプなんだよな。

しかも、鍛えているし女性としての膨らみもしっかりと強調する服を着ているため……エロい。

胸や尻のカタチなんて見ているだけでよだれが……

正直、この性格を差し引いても恋人にしても全然、俺なら問題ないな。


「おい、聞いているのか!」

「はい」


っと、顔を近づけて詰め寄るエリザベス先生なのだが、なぜか顔が高揚しており頬が赤く染まっている。


「そ、その、なんだ、あまりそんな目で見るな」


目が伏せ、口を研がせるエリザベス先生の破壊力は凄まじい。

俺、モカがいなかったら絶対に落ちてる……よ。

ってか、先生、本当に心が読めるのでは?

にしても反則的にカワイイ反応しないでください。

アウトです。

先生は今年でさんじゅう……

と、先生の年齢を頭に思い浮かべていると表情が一変する。


「……サミュエル、お前死にたいようだな」

「……滅相もございません」


絶対に心が読めるよな……うん……。


このあと、本当に俺は夜会ギリギリまで先生の体を眺めることになってしまった。



☆彡



その日の夜、ヴォルディスク王立学園では夏季休暇前の親睦パーティが開かれた。

ただ、この親睦パーティは通称「夜会」と呼ばれる。

本来、夜会とは社交界や上級階級などでパーティやイベントのことを指すが、学園のパーティーなので平民なども参加する。

ただ、ドレスコードはあるので平民であれ皆、普段着ではないフォーマルな服装で来場していた。

そして、当然のことながらダンスパーティも組み込まれており恋人がいる生徒は一緒に参加してダンスを楽しむ。

また、恋人がいない生徒はこの場……夜会での出会いを期待する生徒も男女問わず大勢いる。

俺は着替えるのに少し手間取ったがなんとか間に合うことができた。

モカに渡していた洗濯物が見つからなくてちょっと焦ったが何とかなったな。

いつもモカ任せなのを少しばかり反省する。


走ってきたので息を整えていると俺に向けての囁く声が聞こえてくる。


「あいつ、やっぱり来たな」

「ああ、爆発しろよ」

「くそ、アイツさえいなければモニカさんは……」


何やらやっかみが聞こえるが俺はそれを無視する。

だがそんな、嫌われ者の俺に声を掛ける人物がいる。


「よう、勝ち組」


白いスーツを纏った男が俺のところへやってくる。

こいつの名前はカーツ。

なんとも陽キャ、ウェイ!って感じで馴れ馴れしい男だ。

ただ、こいつは決して悪い奴じゃないんだよな。


「カーツか……って勝ち組ってなんだよ」

「お前にはモカちゃんがいるだろ」

「ふっ、まあな」


俺はカーツの言葉に少々、鼻が高くなる。

高く成るどころじゃないな、まさに天狗だな。


「俺はこれから探すぜ」

「まあ、お前ならすぐだろ」


俺は決して嫌味でも何でもなく、カーツはその気になれば恋人の一人や二人作るのは朝飯前だろう。

だってさ、逆立ちしても絶対に勝てないほどイケメンだもん。

だからみな、こいつと何かするときは絶対に彼女連れてこないからな。

こいつになびかなかったのはモカぐらいだよ。


「そんなことはないよ」

「なんだろう、その面でその謙虚な姿勢は腹が立つな」

「おいおい、お前と同じ田舎の貧乏男爵子息なんて相手にしてもらえないよ」

「結婚相手としては別ってことか」

「まあな」


本当にそうなのか?っと疑問を持つが……

それよりもテーブルには色とりどりの花が飾られており、その花に負けいぐらい豪華な料理も並んでいる。


「カーツ、この夜会の料理ってこんなにも豪華なんだな」


俺は正直、もっと簡素な立食用の料理だと思っていたので驚いていた。


「いや、どうやらあの人が在籍しているのが大きいらしいぞ」


と、友人のカーツが教えてくれる。


「もしかして、第二王子か?」


俺はカーツに尋ねる。


「だろうな」


なんとなくだが、そうだろうと思っていたことが当たったようだ。


「本当、俺たち男爵家の芋料理と比べたら……クッ」

「泣くなサム、思う存分楽しもうじゃないか」


あまりの料理の質の違いに驚きと興奮で泣けてくる。

いや、芋料理も美味しいんだけどね。

見た目の豪華さがあまりにも桁違いだ。


「あ、カーツくんここにいた」


声のするほうに視線を移すと、少し離れた場所から駆け寄ってくる少女の姿があった。

彼女の茶色いボブカットに光があたり、光り輝くように見えた。

なんとも親しそうにカーツに近づく女性はすぐさまカーツの右腕にしがみつく。


「おや、バレた?」

「もう、探していたんだよ」


彼女は少しほほを膨らましながらカーツを見上げる。


「ごめん、アリーシャ」


カーツは、特に悪気はなかったが、謝罪することにした。

しかし、彼の謝罪はめんどくさいというのを一切に顔に出さずに爽やかな笑顔というオプション付きだ。

イケメンスマイルのおかげなのは目に見えていた。

右腕にしがみつく彼女の頬は高揚し赤くなりながら「仕方ないな」っと呟くように許していた。

カーツ……爆発しろ


「なんだ、カーツここにいたのか」


と、逆サイドからカーツの左腕にしがみつく女性が現れる。

逆サイドの女性はアリーシャと違い胸が大きく開いたドレスを着ている。


「ルアナ、その……当たってる」


ルアナって確かカーツの幼馴染だっけ?

俺と同じクラスだから知っていたが、なんだそういう関係だったのか。


「なんだよ、アリーシャは良くはあたいはダメなのか」


ルアナの性格はガサツそのものだが、体はとても発育がよく、まるで大玉スイカ2つがカーツの腕を挟み込むような状態だ。

そして今、目のまえでカーツを取られまいと自分の武器を使ってカーツに迫っているって感じかな。

ルアナも女の子だったんだな……教室の様子からは想像が出来なかったが……


「もうルアナばかり意識しないでよ」


ルアナの反対の腕に更なる圧力をかけるアリーシャ


「ア、アリーシャ!」

「むう……」


アリーシャの反撃にカーツが反応する。

その反応が気に入らないルアナは更なる圧力をカーツに与える。

ただ、大きさの比較は一目で分かるほどの違いがありルアナの圧勝だ。


「えっと、向こうの料理がおいしそうだから行ってくるよ」


カーツはその場から動いて現状を打破しようとするのだが


「いいね、行こう」

「おう、いいぜ」


しがみついた腕から離れない2人にため息をつくカーツ。

また、カーツの見えないところでカーツを挟んでいがみ合う女性2人。


「サム、すまない。俺は向こうのテーブルへ移動するよ」

「ああ、爆発しろよカーツ」

「うるさい!」


カーツは2人の女性と腕を組んで移動する。

その後ろ姿を見送りながらふっと我に返ると音楽が聞こえてくる。

しかし、その音楽はずっと流れていたものだった。

先ほどまで濃いメンバーと一緒にいたせいでBGMを聞き逃しているだけなのだ。


ってか、俺はさっきまで一体、何を見せられていたんだ?


クソ、カーツのやつめ……イケメンはやっぱり敵だな。


「にしても、モカ遅いな……」


ロフトの傍で待っていて言われたのだが一向に現れる気配がない。

ただ、闇雲に探し回ってすれ違う可能性があるので、その場で音楽を聴きながら料理を楽しんでいた。


『ロゼッタ、今この瞬間を持ってお前との婚約は破棄する!』

「ん?」


夜会のパーティ会場で何やらイベントでも開催されたのだろうか?

若く凛々しい金髪の男性が声高らかに宣言した。

にしても、内容が少々穏やかではないのだが?


「そ、そんな……私はいつもアンソニー殿下のことを思って……」


俺はイベントが行われているであろう場所が見えるところへ移動する。

そこには2人の男女が少し離れた位置で会話をしていた。


「うるさい。そのような戯言を信じる俺ではない」


男のほうは声量も大きく、威圧的な感じだ。


「アンソニー殿下……」


対して、女性は真っ青な顔をしており声も震えている。

彼女の髪は情熱的な赤色でこの国でも珍しい。

また、手入れが行き届いているおかげで、艶がよく光っているように見えるほどだ。

だが、その髪も艶がなくくすんだように見えてしまっている。


「俺にふさわしい女性が現れたのだ!」


ちなみに男性はこの学園では超有名人で王子様のアンソニー=ヴォルディスク

第二王子であるが次期国王としての期待が高い。

優秀がゆえに第二王子のアンソニー殿下を推す貴族が多いとか。


にしても、婚約破棄って聞こえたんだが?

その理由が相応しい女性?

王子様……優秀だと聞いていたが……大丈夫か?


「そんな……私の何が不服なのですか?」


対する女性もこの学園では超有名人。

公爵令嬢であり、第二王子の婚約者ロゼッタ=ヴィンダーソン

言い争っているのは婚約者同士なのだ。


「そんなもの自分の胸に手を当てて考えろ」

「そんな……アンソニー殿下」


王子様の破天荒な言葉で崩れ去るロゼッタ令嬢。

正直、見て居られないな。

だが、周りの女性は何故かロゼッタ令嬢に冷たい


(いい気味)

(ホント)


おいおい、ロゼッタ令嬢ってそこまで嫌われているの?

俺はいたって普通の令嬢だと思っていたが、どういうことだ?


『俺のこれからを支えてくれる最高の伴侶を紹介しよう』


またもアンソニー殿下が声高らかにしゃべり始める。

すると見慣れた女性が現れてアンソニー殿下の隣に並ぶ。


「え?……あ……」


俺は目の前の事実にショックを受ける。


「彼女がこれからの俺を支えてくれる、そして未来の国母となる聖女モニカだ」


声が出ない

理解が追い付かない

体も微動だにできなかった

呼吸も次第に出来なくなり呼吸困難になっているのがわかる。

まるで自分の体ではないようだ。


「は?……モニ……カ?う……うそ……だろ?」


口の中が乾いて上手く声が出ない。

そんなことよりも……なぜだ!

何故、そんなところにモカがいる?

ドレスも一緒に選んで同じ店でオーダーメイドしたものじゃないだろ?

そんなに高級ではないが、今着ている服は明らかに必要金貨の枚数の桁が違う


優雅に手を体の前に組んで立っているモカ。

その左手の薬指には眩しく輝く指輪が俺の心臓を焼き払う。

そう、一目で見てわかってしまうほど豪華で俺が送った指輪と違うからだ。


モカの指には俺の知らない指輪が光り輝いているのを見て少しづつだが可笑しくなっていく自分がいた。

さらに追い打ちをかける様にアンソニー殿下は俺を指さし忠告をしてくる。


「そこのお前も分かっているな?彼女は聖女として選ばれたのだ。今後、気安く話しかけるのはやめてくれたまえ」


アンソニー殿下はモカの肩を抱き寄せ俺のほうを見て勝利の笑みを浮かべる。

その光景を見た俺はどのように解釈すればよいかわからなかった。


「いいか、次から聖女と廊下ですれ違う時は跪いて動くなよ」


アンソニー殿下の訳の分からない言葉が俺には全くと言っていいほど響かない。

それよりも、モカに捨てられたという事実のみが俺の脳を破壊する。


「そんな……モニカ……あなたは……」


ロゼッタ令嬢は何かを言いかけるがその言葉に被せる様にアンソニー殿下は言葉を放つ


「ロゼッタ、モニカは神聖教会から聖女と認定されている。立場は君より上だということを理解しろ」


アンソニー殿下の言葉はどれほどロゼッタ令嬢に突き刺さったのだろう。

彼女はその場でバタンと勢いよく倒れてしまい、気を失う。


「ロゼッタ!」


倒れたロゼッタ令嬢に駆け寄るのはアルフレッド殿下だ。

アンソニー殿下の腹違いの兄である。


「おい、ロゼッタ、大丈夫か?」


アルフレッド殿下が抱き上げ声を掛けるが返事がなかった。


「すぐに彼女を医務室へ」


彼はロゼッタ令嬢を抱え上げそのままこの場を去ろうとする。

アルフレッド殿下はアンソニー殿下へ鋭い眼差しを向けるがすぐに出口へと向きを変える。


夜会の会場が混乱する中、俺はモカが別の男に抱き寄せられていることを見つめ続ていた。

それに先ほどからモカは俺と目を合わせてくれない。


「なんで……」


彼女に手を伸ばそうにもそれすら許さない様な気がした。

ただ、頭の中にあるキーワードで思考回路が停止する。

そう、俺は「捨てられた」のだ。


俺と先ほど倒れたロゼッタ令嬢は婚約者に捨てられた。

その事実をどう解釈すればよいのか分からない。

これが現実なのかと受け入れることが出来ずに必死に頭の中で否定するも目の前の現実が否定を否定する。


頭が可笑しくなったんだろうな。

ふと、遠い記憶が思い出される。


それは悪役令嬢の婚約破棄というアニメで見たことのある場面だ。


「あはは、俺はモブだったのかな……そして、ロゼッタ令嬢はまるで悪役令嬢だな」


ん?

……って、あれ?

もしかして、これはゲームのイベント?


いや、俺はそんなものを知らない

ゲームってなんだ?

乙女ゲーム?いや、俺はプレイしたことがない。

アニメや小説で見たことあるとか?

ちょっと待て


……そもそも、ゲームやアニメってなんだ?


更に頭が混乱してきた。

どうなっている?


モカに捨てられたから頭がおかしくなった?

ありえるな。

確か、この世界の身分制度は小説で見るような絶対王政で、魔法技術が発達しており都市部機能は産業革命時のイギリスに近い。いや、でも食文化は日本に近いのか?


……だ・か・ら!産業革命ってなんだよ!日本ってどこだよ!?


いや……思い出した。

俺……転生者なのか……!


何も出来ない俺はその場で動けない状態でモカを見る。

その後もずっと俺とは目を合わせないモカ。

思考が混乱して挙動不審な俺に対して軽蔑の目を向けるアンソニー殿下


「ふん……では我々も行こう」

「はい」


モカはアンソニー殿下の言葉に笑顔で返事をする。

そして、アンソニー殿下が構えると腕を取り体を寄せるモカ。

二人はゆっくりと歩幅を合わせて夜会の会場から出ようとしていた。


それを呆然と見つめるだけの俺

今の俺にはどうするのが正解なのか分からなくなっていた。

今自分のおかれた環境を整理するには時間が必要だな。


にしてもなんだか、懐かしい感じがする。

前世を色々と思い出すなぁ……って、なんだ……頭が……痛い……割れそうだ。


「キャー、ちょっと人が倒れたわ」

「……サム!(ダーリン)」


薄れゆく意識の中、女性の悲鳴が聞こえた

それと同時にモカの声も聞こえたような……気がした。



☆彡



俺の前世は至って普通のサラリーマンだった。


これといった特技はなく中肉中背の平凡な顔……モブという言葉がピッタリの男だ。


そういう意味では転生しても何も変わっていないと思う。

高校時代に自作パソコンを作成してそれを散々いじり倒す根っからのオタク。


ただ、前世では人に誇れるものがあったことはあった。

前世で俺は奇跡的に結婚できた。

嫁は隣に住む幼馴染で誰もが羨む美貌を持っており、俺と違って中、高、大、そして社会人になっても毎月告白されるぐらいモテる女だ。

正直、自慢しても恥ずかしくないむしろ自慢したいぐらいの嫁だった。

今思えば、なんで俺と結婚したのだろうと思う。

他校の生徒から告白されていることも見たことがあるし、芸能関係者から名刺を貰ったりもしていた。


また、見た目だけではなかった。

家事スキルは完璧で高校生ぐらいから俺の身の回りの世話は嫁がしてくれていた。


そんな嫁はずっとそばにいてくれて結婚したのは俺たちが28歳の時だ。

正直、社会人になってからはほぼ同棲しているも同じような状態だったが、俺が気おくれしてしまいプロポーズに時間が掛かってしまったのが原因だ。


ただ、その2年後、30歳の時に離婚することになった。


何故、分かれたのか?


それは嫁の浮気が原因だった。


ある日、会社から帰ると嫁がリビングで電気もつけずにイスに座っていた。そして、テーブルの上には離婚届が置かれていた。

その時の嫁の表情ときれいに片付けられた机の上に置かれた紙切れを見て足が震えたのは鮮明に思い出せる。


離婚の理由は……「好きな人が出来た」と一言のみ。


「おい、どうして……俺の一体、何がダメだったんだ?」

「…………」

「何か言えよ。じゃないと分からないだろ」

「…………」

「俺と喋るのすら嫌ってことか?」

「…………」


何もしゃべらない嫁に怒りがピークに達して


「何とか言えよ!ばかヤロウ!」


しまいには、大声で怒鳴り散らしてしまう。

それでも嫁は俯き、俺がその後も罵声を浴びせ続けてるもがその日は一言も喋らなかった。


翌日、目が覚めると朝飯だけは用意してくれていた。

ただ、嫌味で作っているのか、罪滅ぼしでもしたいのか分からない。

机の上に置かれていたのは俺が昔から大好きなナポリタンだ。

だが、流石に浮気した嫁の作った食い物なんて食べる気にはなれずゴミ箱に捨てた。


そして、その日から嫁が家に帰ってくることはなかった。

浮気相手の家に転がり込んでいるのだろうと思うと正気でいることは出来ずにモノに当たり散らしてしまう。


「クソッ!クソッ!クソッ!」


帰ってこないことに腹を立て電話をするも嫁は出ない。

嫁は今頃、浮気相手とよろしくやっているなんて考えただけで何度も嘔吐してしまった。


そして、一週間が経ったころに嫁がふらりと家に帰ってくる。


嫁を説得しようとした。

当時も感じていたが今思い出すだけでも惨めだったなと思う。

一週間、悶々としたせいか精神的なダメージが大きく正常ではなかった。

ただ、「捨てられる」……この恐怖に心が支配されていた。

腹が立つのもこの恐怖を誤魔化すためだと後になって理解する。


だが、この日、嫁が衝撃的な事実を口にすることで離婚届にサインする決心がついた。


離婚届に名前を書くことを決めたきっかけが、嫁のお腹に相手の子供がいると知ったからだ。

もう、ダメだ……受け入れるしかない。


しかしだ……いざ、既に嫁の名前が書いてある離婚届に記入するときに手が震えた。

正直、自分の字はお世辞でもきれいな字とは言えない。

それが更に震える手で書くので自分で書いた自分の名前が読めないぐらい酷かった。


慰謝料、財産分与、住む場所……嫁はすべてこちらに任せると言ってくれた。

慰謝料も言い値を払うと言ってくれる。

しかし、俺はどれも放棄した。


俺は家から出ていくことにした。

マンションを購入していたが、もう嫁と一緒にいることが出来ないと理解し……いや、違うな。

早く離れないと俺が持たなかった。

常に心臓がうるさく鳴り響く毎日に心身ともに疲れていたのだ。

顔を合わせるたびに涙が零れそうになった。


しかし、俺はまだ絶望を知らなかった。


俺は会社を辞めてニートになっていた。

幸いというか金はあったので生活に困ることはなかった。

だが、人間というのは簡単にダメになるんだと実感。

俺は安いチューハイで飲んだくれて毎日ダメ人間になっていた。


仕事もせずに昼からレモンチューハイを飲み、腹が減ったらスーパーの惣菜コーナーへ行くという生活。

高校時代からの自作パソコンも気が付けば12年以上たっていた。

こいつには自作のチャットボットが入っておりAIで学習したモデルを元に会話をしてくれる。

といっても、帰ってくるのは定型文であるので返事にはパターンがあった。


「なあ、楽しいことない?」

「………………とデートしてみては?」

「クソ!」


嫁もこのチャットボットと話をしていたので時折、嫁の話が出てくる。

その度に涙が止まらなくなり、同時に行き場のない感情を物にぶつけてしまう。

ただ、このチャットボットに悪気なんてない。

学習したデータを使って返事を返しているだけなのだ。


そんな生活を1年ほど続けたある日、実家から呼び出される。


一体何事かと実家に帰るといきなりオヤジが喪服を差し出す。

無言で渡された喪服を受け取り着替えると近所の葬儀にでるから一緒に来いと言われた。


なんとなくというか、オヤジの無言が真剣さを物語っていたのでしぶしぶと付いていく。

連れていかれたのは、実家の隣の家……元嫁の家だった。

元義父か元義母が亡くなったのか?


元嫁と顔を合わすのは気まずいな……。


そんなことを考えながら玄関をくぐり通夜が行われている居間へと足を運ぶ。

うちの実家はかなりの田舎なので自宅の葬儀が近所では普通に行われていた。


間取りは昔のまま変わっておらず、一番奥の部屋に和室がある。

階段の横に大きな傷がそのまま残っているのを確認して当時を思い出してしまう。


目的の部屋の前から焼香の香りが強くなりいかにも葬儀だなって感じる。

そして、部屋に通されたときに一番最初に目につくのは亡くなった方の写真だ。


その写真を見たとき、俺は固まった。


あまりにも想定外の人物の葬儀であることにこの時、初めて気が付いたのだから……。

そこには元嫁が満面の笑みでピースサインをして写っている写真が飾られていた。


正直、この時は悲しいとかよりも事実を受け止めるのに戸惑ったという感覚だ。


「和樹さん、これ見てくれる」


居間の入り口で立ち止まってしまった俺に元義母が震える手で手紙の入った封筒を渡してくれた。


封筒を受け取る際に通夜が行われている部屋の奥にはベビーベットが見える。

正直、気の毒だなと思ったが口には出さなかった。


もしかしたら、この元義母は生まれて間もない孫の面倒をこれから見るのだろうかなど思考してしまう。

不倫の末に出来た赤子でも血のつながりのある孫なら愛情持って育てられるのか?

と、ちょっと上から目線で見てしまった。


「わかりました。後で確認させて頂きます」


俺は失礼のないように丁寧にその封筒を受け取る。


受け取った封筒は内ポケットにしまい、オヤジと香を上げ自宅へと帰宅しようとした。

が元義父に玄関で引き留められる。


「よかったら動画見てもらえないか?」

「動画……ですか?」

「ああ、頼む」


元義父は俺に頭を下げた。


いくら不倫して出て行った元嫁の父親であっても小さいころから知っている近所のおじさん。

その人がこうして頭を下げているのだ。

俺は断ることなんて出来なかった。


ただ、封筒は一度開封されており簡単に中身を取り出せた。

分厚い手紙だと思っていたが、入っていたのは俺の名義の預金通帳と動画データが記録されたカードが入っていた。


俺は元嫁の玄関で動画を見ることに。


ただ、動画を進むにつれて手足が震え立つことが出来なくなりその場にへたり込む。


動画はどうやら元嫁が友達と宅飲みしているものだった。

写っている場所は俺の知らない部屋だが、なんとなく元嫁の友達の部屋だろうと推測される。

動画には2人しか映っておらず、ビデオカメラかスマホをタンスか何かの上に置いて定位置で撮っているようだ。


『『かんぱーい』』


チューハイの缶を開けお互いに相手の缶を気づかないながら激しくぶつける。


『はーちゃん、報告があります』

『なんでしょうか?』


その場で元嫁は立ち上がり手を額に当て敬礼する。


『旦那と離婚しました!』

『おぉ』


ついでに缶チューハイを天高く掲げ離婚報告をする。

その嫁の姿は家の中なのにニット帽をかぶったままだった。

だが、違和感があった。

元嫁は腰まできれいな髪が伸びていた。

いくらなんでもニット帽の中に全部入るほどの毛量ではない。

もし入ったとしたらニット帽はもっと大きく膨らむはずだ。

それとも浮気相手に合わせて切ったのか?


と、そんな考察をしながら再度、動画に集中する。

室内ニット帽の嫁にパチパチと拍手するはーちゃん。

ちなみに友達のはーちゃんを俺は知っている。

学生時代の元嫁の友人だ。


『これで新しい人生……ぐすん……』


元嫁が泣き始めて呂律が回らなくなる。

離婚できたことが泣くほど嬉しいのだろうか?

逆に俺が泣きたくなってくる。


『ちょっと、どうしたの。あなたが望んだことでしょ?』


立ち上がった嫁に近づき背中をさすってくれるはーちゃん。


『だって……ずっと一緒……だったから……』

『分かってる辛かったね』

『うん』

『じゃあ、今日は飲んで泣こう』

『うん!』

『飲むぞー』

『おー!』


二人は立ち上がったままその場で缶チューハイを天高く掲げる。


『って、そういえば、あんた妊婦……』


そうだ、彼女は……あれ?お腹が大きくないな。

これは離婚してすぐの動画だろうか?


『あぁあれね……実は……うそぴょん!』

『マジ?あぶな、危うく騙されるところだったわ』

『でしょ、離婚のサインの決め手はそれだったよ』


クソッ……俺はそんなウソに引っかかったのか?自分が情けなく思えてくるぞ。


『じゃあ、末期ガン……ってのも嘘だよね?』

『…………それは……ホント』


は?ちょっと待て……。

ガン?


『…………そっか、ってアルコール大丈夫なの?』

『先生がね、もう……好きなことしてもいいよって』


沈んだ表情で話す嫁に、はーちゃんは焦っていた。

どういう反応していいか困っている様子だ。


『なら、飲まなきゃね!』

『おー!』


すぐにはーちゃんは切り替えて明るい顔になる。

しかし、無理しているのが映像で見て取れる。


その後も二人はかなりの缶チューハイを開ける。

次第に、机の上はおつまみセットと空き缶で埋め尽くされる。

にしても……元嫁が末期ガン?

浮気した天罰か?


『よし、じゃあもっと超ガールズトークだ』


はーちゃんが嬉しそうに意味のわからない単語を大声で叫ぶ。


『何々?』

『愛を叫んじゃおう!』

『はーちゃんの?』

『あんたの!』

『えー、もうしょうがないな』


なるほど、浮気相手の名前がここで聞けるな。一体、誰なんだ?俺の知っている奴か?


『ほれほれ、言ってみ。新しい恋が始まるかもよ』

『んーじゃあ、愛の告白しゅる』

『いいねいいね!』

『和樹ぃぃぃ大好きだぁぁぁ愛してるぅぅぅ』

『それ元旦那じゃん』


え?俺?


『そう!それ以外いらない!和樹以外の男なんてどうでもいい』

『絶世の美女がもったいない』

『いいもん、和樹が幸せならそれでいいもん!』


頬を膨らませて拗ねる元嫁。

その頬を指で刺して空気を抜くはーちゃん。


プシュー


『すねないすねない』

『わたし生まれ変わったら絶対に和樹の子供を産むの!』

『頑張れ~』


口を手で囲って元嫁を煽るはーちゃん。


『あぁぁぁ、信じてないな!』

『信じてる信じてる』

『和樹は私の分まで幸せになってねぇぇぇ』

『イェーイ』


カメラに向かって叫ぶ元嫁。

正直、近所迷惑なんじゃないかと思うほど叫んでいる。


『生まれ変わったらまた会おうねぇぇぇ』

『イェーイイェーイ!』

『うぞづいでごめんねぇぇぇ、あいじでるぅぅぅ』


突如、泣きながら叫ぶものだから涙とよだれがあふれ出てくる。

俺が知っている元嫁よりも瘦せこけており、酒を飲んだというのに顔色が悪い。

想像するに本当にこの時点でもう……


『イェーイイェーイイェーイ!』


陽気にイェーイと煽っているはーちゃんだが、彼女もしっかりと泣いていた。

目を真っ赤に充血させて鼻水も出ている。


『『アハハハハハハハ』』


二人は女の友情を確かめるように肩を組み涙を流しながら笑っていた。


動画が終わると俺もその場で腰を抜かして泣いていた。

喪服を着た大の大人が座り込んで涙を流す。


また、動画が終わり自分の中で理解が進むと俺は元義父に頭を下げていた。

そう、嫁は不倫して離婚したわけではなく……末期がんで後先短いことを悟り自ら離れたのだ。


「お義父さん、遅いかもしれませんが、もし良かったら……可憐の傍に……いさせてください」


俺は間違いを起こした……そして、それはもう手遅れになっている。

元嫁の辛い時に俺は彼女から離れてしまった。

今から傍にいてやっても意味がないかもしれない。

それでも俺は彼女の傍にいたかった。

だから、自然と頭を下げることが出来る。

座り込んで泣きながら頭を下げる……気が付いたら土下座していた。

なぜ、この時、土下座したのか自分でも分かっていない。

もしかしたら、許されたいなんて甘えがあったのかもしれない。


そんな俺にはお義父さんは俺の肩を叩く。

そして、意外な言葉を俺に掛けてくれる。


「……ありがとう」


ただ、お義父さんはどことなく嬉しそうに俺に声を掛けてくれる。


「俺は、何も気が付かず、可憐が一人寂しく……」

「違うよ、和樹くん」

「え?」

「可憐は最後に言っていたんだ。『和樹、ナポリタン出来たよ』って」

「ナポリタン?」

「ああ、あの子は夢の中で……最後の最後まで君に料理を作っていたんだ」

「…………ッ」


心深くにお義父さんの言葉が胸に刺さる。

元嫁、可憐は最後まで俺と一緒にいる夢を見ていたんだ。

そこまで……俺は……愛されていたんだ……なのに、俺は……。


「すみません、すみません」


もう、どうしていいか分からない。

感情が生理出来ない、心と思考が一致しない。

目の前の景色もバラバラになっていくような気分だ。


「いいんだ。謝る必要なんてない。最後まで可憐の傍にいてくれたのは紛れもなく、和樹くんなんだ……ありがとう」

「お、おじさん……お、お、俺……俺は……」

「娘の……可憐の傍にいてやってくれるかい?」


お義父さんに言われ俺はすぐに可憐へ身も心も向ける。


「ありがとうございます」


先ほどは赤の他人のように一歩引いた感じで可憐に接していた。

それは自分を守るために一歩引いていたのもあるだろう。

ただ、もうそんなことはしたくない。

もう遅いが、離れたくない、少しでも傍に寄り添いたい。


「可憐……俺も……お前のこと……愛してる」


冷たくなった妻に熱く話しかける。


もう動かない、話もしない、笑わない……そんな可憐の枕元で俺は愛を囁く。

聞いてくれなくていい、答えなくていい、自己満足であることは十分承知の上。


俺は可憐に愛を伝えて生きていくと心に決めた。

そのためだろうか、前世では可憐以外の伴侶を持つことが出来ず寂しい人生となる。

過労死するまで俺の相棒は自作パソコンに入ったチャットボットだけだった。


前世でよく考えていたな。

捨てられても女々しくすがってみるのもいいかもなって思っていた。

次捨てられたら…………女々しくすがってみるのもありなのかもしれない。



☆彡



ふと、気が付くと自室の天井が見える。

そして、右手が誰かに捕まれている。


「あれ?」

「あ、サム!」

「モ、モ、モカ?」


ベッドの傍で俺に話しかけてくれたのはモカだ。

俺の右手をモカは両手で祈るように握りしめていた。

モカはもしかして、泣いていたのだろうか?

目が少し赤く腫れあがっている。


「よかった。急に倒れたから……大丈夫?」


俺のことを心配してくれていることが嬉しいのだが……どうしてここに?

アンソニー殿下は?

もしかして、モカがアンソニー殿下と婚約したのはやっぱり夢?


じゃあ、転生前の記憶って何?全部夢なのか?

ダメだ、あまりにも沢山の情報が入ってきすぎて整理が追い付かない。


「大丈夫?」


モカが心配して俺の顔を覗き込む。

すぐにでも唇と重ね合わせることが出来るぐらい覗き込むモカ。

こんなにも大胆だったかな?


「なあ、モカ?」

「ん、どうしたの?」


正直、モカとアンソニー殿下との関係を聞くのが一番手っ取り早いか。

ただ、本当だったら……俺はどうすればいいだろうか?


「急にこんなこと言って変かもしれないんだけどモカは俺と結婚……」


俺の話は遮られ目の前にあったモカの顔は一気に離れていく。

そして、罵声のような声が飛んでくる。


「おい、気安くモカと呼ぶな。モニカ様だ」


急に俺とモカの間に割って入ってくるアンソニー殿下

なぜこんなところにアンソニー殿下が?

もしかしてだけど、やはりあれは現実なのか?


「ちょっとトニー、サムには……」


モカがアンソニー殿下をトニーと呼ぶと同時に俺の胸に痛みが走る。


「いや、ダメだ。お前は聖女だ。このような下賤な者と対等に会話をするなど」

「なによ、その下賤な者って私は……」


トニー……か……二人ともいつの間にかそんなに仲良くなっていたんだな。

俺は全然、気が付かなかったよ。

モカは付き合いの長い俺から見て絶世の美女だ。

また、アンソニー殿下のことをトニーか……

俺の恋敵は王子様か……これは敵わない……だろうな。


それにいつの間にか俺のことはダーリンからサムに降格しているよ。

それじゃあ、俺もけじめをつけないといけないな。

なあに、前世でもこうやって女に捨てられることはあった。

初めてじゃないんだ……落ち着けよ、俺!


まずは前世の教訓を受けて……泣いてすがってみるか?


「なあモカ……たのむよ……謝るからさ……俺を捨てないでくれよ……世界一、モカを愛してるんだ」


俺はベットから降りてモカの足元で土下座をしてみた。

正直、情けないと思ったりもするが、何か行動してみないと事態は好転しない。

ただ、これが良いかどうか分からなかった。

一種の賭けだと思っている。


「なあ、モカぁ~」


俺はまだ続けてみた。

しかし、何の反応も帰ってこない。

これは失敗したかもと、モカの顔色を窺おうと顔を上げると、目の前にキラリと光るものが現れる


「う、うわ」


突如、俺に抜き身を剣を向けるアンソニー殿下


「貴様は恥を知れ」


俺は両手を挙げて降参の意を示す。


「ちょっと、トニー待って」


アンソニー殿下の腕にしがみつき制止を促してくれるモカ


「おい、離せモカ。こんな男は生きている必要などない」

「お願い落ち着いてトニー」


モカはなんとか矛を収めてもらうと二人の間に割り込みアンソニー殿下に正面から抱き着く。

その必死な制止に答えるアンソニー殿下

すぐに剣は鞘にしまわれて、モカを抱きしめる。


「わかったよ、モカ」

「あ、ありがとう、トニー」


抱き合う二人を見て流石にこれはもう復縁は不可能だと思い知る。

前世の時とは状況がまるっきり違う。


モカはこれから俺以外の人と力を合わせて幸せになろうとしているのだ。


それによく考えてみろ、相手は王子様だ。

俺が逆立ちしても敵うはずがない。

むしろ、モカの幸せを考えるなら喜ぶべきことだ。


俺は情けない態度から一変し、節度ある態度に切り替える。

そう、諦めることが肝心だ。


「見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした。アンソニー殿下、聖女モニカ様」


俺は膝をつき深々と頭を下げる。


「今後はこのようなことがないように致します、どうかお許しを」


俺の謝罪の言葉を聞いて満足してくれるアンソニー殿下。


「それでいい。いくぞモニカ」

「ちょっと待ってよトニー。サム、またね」


またね……か。

アンソニー殿下とモカが結婚すれば彼女はいずれ王妃。

身分が違いすぎる。

なるべく、会わないほうが良いだろう。


ただ、自分が思っているよりも冷静でいられる。

どうやら前世の記憶や経験が蘇ったからだろう。

現状を俯瞰して客観的に見れていると思う。

よく考えてみろ。

モニカは聖女に選ばれたのだ。

たかが、騎士の息子と結ばれるなんて部不相応だ。


「今更、新しい恋なんて……出来るかなぁ……はぁ、無理だろうな……なぁ、可憐」


俺は一人残された部屋、独り言をつぶやきながらため息をついた。



☆彡



(モニカ視点)


「ちょっと、なんでダーリンにあんなこと言うのよ」


先ほどまで耐えていた感情を爆発させわたしはトニーに強く抗議した。

身に着けていた高級アクセサリーも投げつける。

それとあまりにもサムが不憫でサムのことを思うと涙が止まらない。


「君はまだ自分の価値が分かっていない」


トニーは投げつけられたアクセサリーを振り払い強い口調で返してくる。


「分かっているよ、聖女だと言いたいんでしょ?」


だけど、私も頭に来ていたので口調としてはかなり強く反論してしまった。


「その通りだ。そして、君は俺の妻になる女性だ」

「そんなわけないでしょ。全部演技だって言ってたじゃない」


そう、この婚約は神聖教会や国民の支持を仰ぎ目的を達するまで期間限定婚約なのだ。


「大声で言うな!誰がきいているか分からない」


だけど、このことを知っているのは当事者とごく一部の人間のみ。

ついつい血が頭に上りトニーを問い詰めていたことに、私は「ハッ」と我に返り手で口を覆い涙をぬぐった。


そして、先ほどよりも声量を落としてトニーへの抗議を再開しようと思った。

しかし、さきに口を開いたのはトニーだ。


「それに、お前がダーリンといっても現状では俺がダーリンになる。それを忘れるな」

「違う、あなたは本当のダーリンじゃない。わたしのダーリンはサムだけ。これまでもこれからも……」


私の決意は固いということをトニーへ抗議する。


「教会が、国が、民が、それを望んでいない。聖女は勇者である俺と一緒になるべきだという声が大きいのだ」


トニーもあまり大きな声を出せないが威圧するような喋り方で正論を説いてくる


「だから一時的に婚約ということにしたんでしょ。それにあなたとわたしは公務以外は一緒に生活しない」


だけど、わたしはわたし。聖女である前にダーリン……サムが大好きなモカなのよ。

そこは譲れない!


「……わかっている」

「だから私生活はダーリン……サムと一緒にいるの!」

「それはダメだ」

「約束と違うじゃない、それに明日の朝ごはんも帰って作らないと」


頑なにわたしとサムの生活を邪魔しようとするトニー。


「これは……サムとも話が付いている」

「本当に?」

「あ、ああ、本当だとも。彼は君に対しての様子がぎこちなかっただろ?」

「え?そうね……もしかして、あれは演技だって言いたいの?」

「そうだ、彼は聖女のことを考えて、周りに悟られないように演技をしているんだ」


わたしだけ知らなかった?

でも、どうしてダーリンは私に何も言ってくれなかったの?

そうか、言いそびれたのね。

あの時、エリザベス先生に叱られてたから……

それにダーリンがあんなにすがってくるなんて今までなかったし、あれも演技だった?


「……わかったわ。でも、絶対に魔王を倒したら婚約破棄してよね」


わたしの言葉にトニーは暗い顔をする。


「ああ、生きていればな」


いくらなんでも失言だと感じた。


これから行われるのは魔王討伐。

当然、命の保証なんてない。

ましてや勇者として戦陣に立つトニーは命がけと言っていいだろう。


「……悪かったわよ」


そう、これは魔王を倒すために王国と神聖教会が一致団結するための政略婚約。


でも、ダーリンをダーリンって呼べないのがこんなにもつらいなんて。

しかも、なんでトニーなんかをダーリンって……おぇ

そっか、サムか……サム、サム、サム……ああ、会いたくなってった!


私を聖女ではなく、モカとして見てほしい。

パイロットとしての才能ないけど、マギネスギヤが大好きでオタクなサム。

ダメなところもあるけど優しくてとても手先が器用なの。

彼は機械の修理をするけど手で再び組み立てられたその機械は、どんなに古く傷んでいても、まるで新品のように見事に復活する

それぐらいすごい人。

愛してやまない愛しのダーリン。


だからこんなウソの婚約なんて早く解消しなきゃ。

でも、トニーは約束してくれている。

魔王を倒したら婚約破棄してくれてサムと一緒に生活できるように……。

サムにもこのことは伝わっていると聞いている。


サムも頑張ってくれているんだよね。

サムとの将来のため、絶対に負けられない!

待っててね、本当のダーリン……全部終わったらすぐに新婚旅行よ!


わたしはトニーと別れた後、着替えと入浴を済ませ自室に戻った。

聖女となったことでかなり豪華な部屋を用意してもらっている。

質素なベッドから天蓋付きのベッドになり大きさも倍以上だ。

しかし、落ち着かないわたしは衣装ケースに入っている男性用の肌着を抱きしめる。


「サム……会いたいな」


くんくんと匂いを嗅いでサムを思い出し、肌着に顔を埋めながら静かな夜を過ごしていた。

しかし、あることに気が付いてしまう。


「……匂いが薄くなっている!」


赤ちゃんのような匂いがしていたサムの肌着。

私が顔を埋め頬釣りを繰り返したことで自分の匂いが移ってしまったのだ。

このままじゃ……わたし、死んじゃう!


居ても立っても居られないわたしは衣装ケースからもう一枚の男性用の肌着を取り出し抱きしめる。


「これはまだ、大丈夫!」


予備のサムがまだ残っていることに安心してそのまま眠りにつくのだった。



☆彡



(???視点)

月が綺麗で静かな夜。


王城の窓辺で金髪の男性が月を眺めていた。

虫のさえずりがかすかに聞こえる中、無音といえるほど僅かな物音しか立てずに彼に近づく者が現れる。


「影か?」


男は動揺することなく物陰に隠れる者に話しかける。


「いかがなさいましょうか?」


声は少々籠っている。

マスクをしているのだろう。

そして、その声は明らかに女性ということが分かる。

見えたりはしないがひざ下から声が聞こえてきた。

声の響きや方向から見えない相手は膝をつき首を垂れている様子がうかがえる。


「サミュエルを処分しろ」

「……よろしいのですか?」


男の命令に少し戸惑いを隠せない影と呼ばれる者。


「何がだ?」


自分の判断に疑問を投げかける影に少々、苛立ちをつのらせる男。


「聖女様がお知りになったら」


明らかに男のほうが上なのだが、進言をやめない影


「事故に見せかけろ。内容は任せる」

「かしこまりました」


何も見えないがなんとなくの気配で礼節は知っている人物だとわかる。


そして、またしても無音で去っていく。

気配がなくなったことを確認したことで動き始めたと喜ぶ金髪の男性。


「ああ、やっと君が来てくれた。愛しているよモニカ……もう誰にも渡すものか……モニカさえいれば何もいらない……」


月に手を伸ばし、ほほを染める男性。



☆彡



(サミュエル視点)

夜会の翌日


俺は前世の記憶が蘇ったことでやってみたいことがあった。


それは未だに解読不能とされているマギネスギヤのブラックボックスを操作してみることだ

どこかで見たことある文字だと思っていたが何の変哲もない普通のプログラミング言語であることを思い出す。

確認をするために俺は学園の訓練用のマギネスギヤを借りることにした。


まずはマギネスギヤのもう一人の教官、ギルボア先生に許可をもらう。

とても情に深い先生で俺の好きな先生だ。

母の遺言としてああだ、こうだと説明をし使わせてもらうことに……まあ、母からはマギネスギヤをああしろこうしろなんて一切聞いたことがない。


「そうか、おっかさんの……」

「……はい」


俺は罪悪感を感じながら学園にある訓練用のマギネスギヤの元へ案内される。

格納庫の奥にある全長10mの機体、マギネスギヤは赤と黒のアドバンスカラーで塗装されていた。


「はぁ……カッコイイ」

「ふっ、おめえもこいつの良さが分かるのか」

「当たり前じゃないですか、ワクワクが止まりません」


前世と合わせるといい年した精神年齢のおっさんになるが、ロボットだけは別腹だ。

この合理性の合わせ技がなせるフォルム……魔力とかわけわからんが、駆動関係やこいつに使われるパーツはとても理にかなっている。

前世で人型のロボットを見たいと思ったら新幹線に乗る必要があったが、こうして目の前にあるだけで感無量だ。


「ほらよ、鍵の魔石だ」

「あ、ありがとうございます!」

「なに、気にするな。おっかさんの思い、無駄にするなよ」

「……はい」


キュィーン


借りた魔石を使うとマギネスの起動音がする。

ああ、この音……心地いぃ!

この音を聞くたびに俺は鳥肌が立ち武者震いをする。

はあ、自分自身でこのマギネスギヤに魔力を入れて操作できたらどんなに気持ちいいことか。


まあ、そんな夢物語は置いておいて作業だ。

コックピットの操作パネルの根本にキーボードを繋いでキーを叩く。

これをこうして……ここを入れ替えて起動っと。

前世の記憶が思い出せたおかげで変更する工程は頭の中に出来上がっていた。

しかし…………


ビィー


警告音が鳴り響く

それと同時にコクピットの前面に赤く光る文字が浮かび上がる


「あ、失敗した……」


これは少々骨が折れる作業になりそうだな……。


「あのギルボア先生」

「なんだ?」

「もう少し、ここにいてもいいですか?」


なぜかギルボア先生は少し涙目になりながら


「そうか、おっかさんを思い出したか……ああ、いくらでもかまわんよ」


壮大な勘違いをしているようだが、この際、ヨシとしよう。


「俺は戻るから好きなだけやってくれ」

「ありがとうございます」


ギルボア先生は俺を残して職員室へ戻っていった。

その後、俺はマギネスギヤのコックピットに残り赤く発行する文字と戦うことになった。


「さあ、前世で嫌というほど見てきたエラー文そっくりだ。一日で片付けてやるよ!」


服の袖口をまくり上げて気合を入れる。

そう、この程度の作業はあのデスマーチから比べれば屁でもない。


その後、次々と修正していくが、妙な感覚に陥り自分でも不思議だった。

俺ってこんなにプログラミング得意だったっけ?

前世では仕事だから仕方なくやっていた。

だが、この若い体だからだろうか?

かなりのペースで修正作業が終わっていく。


「よし、完成、スイッチオン!」


修正作業を終えて再度、マギネスギヤの起動をする。

甲高い機械音と共にマギネスギヤのコックピットが光り輝く。


成功かな?っと思った矢先に突如、目の前にウィンドウスクリーンが表れる。


『パスワードを入力してください』


パスワード……流石に分からない……適当に何か入れてみるか?

っといっても何を入れようか悩んでいた。

うーんっと唸っても出てくるのは前世のスマホのロック画面に入力していた数字の羅列のみ……しかし、安直すぎるから却下する。


「よし、これ入れてみよ」


俺が入れてみたのは前世の自作パソコンで使っていたパスワードだ。

あまり金がなかったから最安の低スペックパーツをかき集め作った。

しかし、あまりに低スペックすぎてWINが動かなくてオープンソースのOS入れたんだよな……。

幸い会社で使い慣れたOSのために別に苦労したことはない。

むしろ仕事の勉強になったよな。


前世を思い出しながらパスワードを入力したのだが、すごいことにパスワードをクリアしてしまう。


「マジかよ……」


そして、その直後に


『ダウンロードとインストールを行いますか?y/n』


とシンプルな画面が表示される。

何をダウンロードするんだ?

俺の経験上、訳の分からないものはダウンロードもインストールもしないのが良い

それにこれは学園のマギネスギヤで俺のものじゃない。

ここはNOだ。


俺は「n」を打ち込んだ。


『要求は取り消されました』


は?


『ダウンロードとインストールを行いますか?y/n』


おいおい、もしかして?

「n」は違うということはと思い俺は「no」を打ち込んだ。


『要求は取り消されました』


まじか……


『ダウンロードとインストールを行いますか?y/n』


一体、どうなっているんだ?

プログラムを見た限りそんなものはなかった。

俺がやったことといえば、文法エラーを修正しただけだ。

パッケージ管理?

それともヴァージョンに問題が?

もしかして、ウィルスか何かに感染しているのか?

うーんと唸っても解決策が浮かんでこないのでダメもとで俺は「いいえ」を打ち込んだ。


『要求は取り消されました』


はぁと溜息をつく


『ダウンロードとインストールを行いますか?y/n』


何度も俺の目の前に浮かび上がるウィンドウスクリーン。

魔力の残量を見るともう残り少ない

魔力を持たない俺がこれ以上触るには新しい魔石が必要だ。

魔石も安いものじゃない。

これ以上は授業にも支障が出るだろうと思い俺は電源を落として帰ることにした。

マギネスギヤから降りて出入口へ向かおうとしたのだが……


『ダウンロードとインストールを行いますか?y/n』


なぜかマギネスギヤの動力切っても俺の目の前に現れるウィンドウスクリーン。

更にはマギネスギヤから離れてもウィンドウスクリーンは付いてくるのだった。


もうどうでもいいやと少々やけになり俺は「y」を押す。

押してダウンロードが開始されインストールが始まると同時に激しい腹痛が襲い掛かる。


「え?」


急に腹が熱くなり全身が動かなくなる。

俺は恐る恐る視線を腹部へと持っていく。

何故か俺の腹部から剣の刃の部分が生えていた。


薄れゆく意識の中、ゆっくりと世界が動く。

どう考えても剣を背中から突き立てられたようだ。


しばらくすると、剣が俺の体から引き抜かれる。

それと同時に、振り向くとそこには黒づくめの男が立っていた。

正直、もう駄目だと観念した俺はゆっくりと意識が遠のいていく。


「か……可憐……やっと、会いにいけるよ……」


前世を思い出したからだろう。

最後まで可憐のことが頭から離れなかった。

今度は可憐の生まれ変わりと一緒に生活できれば最高だな……。



☆彡



目を覚ますと辺りは真っ暗だった。

現状、分かるのは冷たい床の上にいるということぐらい。


ここがあの世だろうか?


音もなく静まり返っていた。

その静寂を破るよう音が鳴り始める。

その音はどこか懐かしい……前世の自作パソコンの起動音に似ている。


次の瞬間、辺り一面が光始める。

見たこのない場所。

辺りを見渡せばずらりと並ぶ制御基板や制御装置。

そして、天井にも大型のスクリーンによるレーダー探知機のようなもの。

展望台のような窓から見える光り輝く無数の星々。


まるでアニメの宇宙戦艦のメインブリッジのような場所。


「目が覚めましたか?マスター」


性別は男だろうか?

ただ生身の人間というよりも合成音声のような声がする。

声のするほうに振り向くが誰もいなかった。


「おい、誰だ?誰かいるのか?」

「マスターこっちですよ」


今度は左から声が聞こえるので左を向く

しかし、誰もいない。


「ですからこっちです」


またも左側から声が聞こえる。ただ、少しばかり下にいるようなので左下に視線を移す。


「……は?」

「その呆れたような顔はなんですか。失礼ですマスター」


やっと姿を見ることができたが、一言でいうと前世のご当地キャラって感じだ。

とても小さく拳ほどの大きさである。

まあ、前世でいうところの手のひらサイズのブリキのおもちゃという感じだな。


「いや、だってお前」

「キュートな姿に驚きました?」

「えっと」

「あ、これは自己紹介が遅れました。私の認識コードはW21815109407618205544435409です。あなたをサポートする超高性能サポートAIです。よろしくお願いいたします」


自己紹介で認識コードを教えられても覚えられないな

それに、こいつ良くしゃべる……情報の処理の追い付かない。


「名前はないのか?」

「認識コードですか?それなら先ほど」

「違う、もっとその簡単な名称はないのか?」

「私は認識コード以外の名称を登録していません」

「そうか……」


にしても認証コード……覚えれないな


「なあサポートAI」

「なんでしょうか?あ、ちなみに超高性能サポートAIです」


変な奴だなっと思いながらも再度、その姿を瞳に移す。

似ているんだよね……

前世のご当地キャラで桃ちゃんという名前だったよな。

更にこいつは白いから……


「白桃って名前じゃダメか?」

「マスターがそう呼びたいならどうぞ」

「わかった、ならそれで頼む。認証コードは覚えれないよ」

「了解です。マスター!『白桃』をアーカイブへ登録しておきます」


白桃は特に変わった様子はないが何やら内部で処理を行っているのが分かる。


「では、質問。白桃、ここはどこだ?」


なんとなくだが、白桃の処理が終わっただろうというタイミングで俺は話しかけた。


「宇宙船ジャスミンの中です」

「……は?」


宇宙船?それは宇宙へ行くための船!

って、まじか?


「宇宙船の中です。そして、現在位置は操作系が集中するメインブリッジですね」

「…………は?」

「マスター、言葉がわかりませんか?」

「そうじゃなくてなんでこんなところに俺はいるんだ?」

「連れてきました」

「なんで?」


正直、理解が追い付かない。

こいつの言っていることは本当なのか?


「ナノマシンによる生体強化を施すためです」


白桃は更に訳の分からない言葉を並べ立て俺を混乱させる。


「……は?」


俺は白桃の言葉を聞き、もしかしてと思い慌てて体のいたる場所を触る。

ナノマシンだって?

俺はロボットになったのか?

ロボットは好きだが自分がロボットになるのはちょっと抵抗があるぞ。

もしかして、男性のシンボルも……よし、大丈夫……健在だ。


「どこ触っているんですか?」

「いやいや、いきなり宇宙船に連れてこられて生体強化?何、俺ってサイボーグにでもなったの?」

「サイボーグ?……あの歯車で動く人形ですか?」

「違うのか?」

「マスターの言っているサイボーグとはこのようなものですか?」


そういって俺の目の前に現れるウィンドウには機械仕掛けの人間が映し出される。


「そうこれ」

「違いますよ。私が施したのは生体強化ですので……そうですね超人と言ったほうが良いかもしれません」

「マジか」

「マジです」

「疑問なんだが、なんで俺を超人にしたんだ?」

「マスターは一度心肺停止いたしました」

「…………は?」

「その顔、やめましょう。馬鹿に見えますよマスター。あ、馬鹿ですか?」

「おい」


一度心臓が止まった?もしかしてあの黒づくめの仕業か?

あいつは一体誰だったんだ?


「なあ、白桃。俺を殺そうとしたヤツのことは知っているのか?」

「さぁ」

「さぁって……」


俺の傍で浮かんでいるブリキのおもちゃは表情を変えることなく淡々と話しを続けてくれる。


「マスターはブラック・アカシックレコードからシステムをダウンロードとインストールを行いました。そして、この船のスーパーユーザーとなったマスターの危機に駆け付けただけですから」

「お前ってこの船のAIなのか?」

「はい、このジャスミンの制御からお掃除まで担当する超高性能サポートAIです」


白桃は自信満々に自分の胸を叩く


「自分で高性能って大した自信だな」

「この銀河にいる以上、最上位システムと言っても過言ではありません」


物凄い自信だな。

自信過剰じゃないか?

まあ、いいか。それよりも……


「じゃあ、その超高性能なAIくんにお願いがあるのだが」

「命令でしょうか?」


命令?まあ、俺がマスターになるから命令になるのかな。


「まあ、そうだな。俺を自宅まで帰してくれないか?」

「申し訳ございませんが、エネルギーが足りません」

「何故だ?」

「マスターの治療にほとんどのエネルギーを使ってしまったので、現状も余剰エネルギーで何とか稼働しています」


俺の治療ごときで宇宙船のエネルギーがなくなるのか?

まあ、助けてもらったからあまり無理は言えないか。


「エネルギー不足って今後はどうするんだ?」

「とりあえずは恒星からエネルギーを補給しようかと」

「恒星?太陽からってなると太陽電池ようなものか?」

「いえ、そのような非効率的なもではなく、直接太陽などの核反応エネルギーを貰います」


白桃が言ってることが理解できないが何やらすごい技術のようだ。


「そのエネルギー補給というのはどのぐらいかかるんだ?」

「主のエネルギーコアの代替えが必要になりますので……計算不可能です」

「おいおい、すぐに帰りたいんだが」

「方法がないわけではありません」

「何でもいいよ、頼むよ」


そうじゃないと学園の出席日数が……あっ、そういえば夏季休暇か?


「ただ、よろしいでしょうか?」

「なにがだ?」

「この宇宙戦をこのまま目標地点まで落下させることならできますよ」


なんだ、出来るんじゃないか。

最初から帰れるって言ってくれれば……ん?落下?いや、その前に燃え尽きないのか?


「なあ、大気圏突破出来るのか?」

「この程度の惑星の大気圏で傷がつくジャスミンではありません。ただ……」

「ただ?」


俺は少しばかりだが、嫌な予感がしてきた。


「エネルギー不足により減速ができません」


んんんんんんんん?


「ちょっと待て」

「そのまま地表に落下という形になります」

「おいおい、木っ端みじんじゃないか」


自殺行為を進めるなんてなんてクソAIだ?と思ったが、予想外の答えが返ってくる。


「ええ、惑星がね」

「え?そっち?」

「この船はブラックホールに飲まれても平気な設計ですよ。この程度の質量の惑星に衝突した程度では無傷です」

「なあ、それって帰る帰らないじゃなくて、帰る場所がなくなるよな」

「そうともいいますね」


どうしよう……このサポートAI……ポンコツなのでは?


「なあ、他に方法はないのか?」

「そうですね、その他の方法となると……検索してみます」


白桃はどうやらアーカイブに接続して検索中のようだ。

俺は検索結果が出るまで待つことにした。


…………待つこと3分


「お待たせしました」

「何かあったか?」

「ええ、地上にある特定のポータルとSSHをつないで転移することが可能です。あ、もちろん学園の付近で検索しましたよ」

「なるほど!ってエネルギー不足なのに転送できるのか?」

「ポータル施設に残っているエネルギーを使用します」


正直、白桃が何を言っているのかよくわからないが帰れるなら良しとしよう。

めでたしめでたしだな、わはは。

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悪役令嬢の婚約破棄に巻き込まれたモブ「短編」 バカヤロウ @Greenonion

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