名家を追放された貴族の娘は、隠れ里で生き延びる

仲仁へび(旧:離久)

名家を追放された貴族の娘は、隠れ里で生き延びる



「お前のような娘を我が家においておくわけにはいかん!」

「魔物を助けるだなんて、どうしてこんな子が生まれてきてしまったのかしら」

「お姉さま、見損ないましたわ!」


 父、母、妹。


 三者の言葉がとある少女に投げつけられる。


 その少女の名前はノーラ・プリセット。


 とある国で有名な、名門プリセット家の娘だった。


 しかしその令嬢ノーラは、人類の敵である魔物を助けた。


「だって、怪我をしていて可哀想だったんですもの。それに、特にこちらに攻撃するそぶりはみせませんでしたし」


 その事でノーラは、名家から追放されてしまった。


 魔物も人間も、等しく大切な命。


 ノーラはそう考えていたが、周囲のものたちから受け入れられることはなかった。







 広大な荒れた大地まで、ご丁寧に馬車で移動させられ、そこに捨てられたノーラ。


 それは、七つの歳の出来事だった。


 ガラガラと走り去っていく馬車を追いかけても、乗せてくれないだろうことは幼いノーラには分かっていた。


 魔物は、多くの人から忌み嫌われる存在。


 そんな魔物に手を差し伸べる人間を、許すものなどいない。


 ノーラには、自分の考えはあったが、それを普通とは思わなかった。


 自分の周りの考えも分かっていた。


「やってしまいましたわ。こっそり部屋に運んで手当してあげるつもりが、血の跡を廊下に残してしまうなんて。あの子は逃がしたけれど、あれからどうなったのかしら」

 

 何もない土地をさまようノーラは、自分の事より、故郷で手当てをした魔物の事が気になっていた。








 食料も、飲み水もなく、何もない土地の放り出されたノーラ。


 幼い子供の体力はみるみるうちに、消耗していき、半日もたたずに尽きそうになっていた。


 季節は夏であったため、頭上からさんさんと日光をあぶせる太陽が、容赦なく体力をけずっていった。


 普通ならそこで、行き倒れておしまいだっただろう。


 しかしノーラは運が良かった。


 大地の割れ目を見つけたノーラは、そこに真っ逆さまに落下。


 その先にあった隠れ里の人間に、拾われたのだから。


「うわああ、何か落ちて来たぞ!」

「上から落ちてくるなんて、久しぶりだな? 岩か? 動物か?」

「いや、人間の子供だ!」

「何だって!?」







 その隠れ里は、谷底深くに存在した。


 地図にも載っていない場所で、地上にいる者はほとんどが知らない場所だった。


 だから、ノーラを追放した者達も、そんな場所がある事を知らなかった。


「あれ? 生きてる?」


 その隠れ里で目覚めたノーラは、自分が生きている事に驚いた。


 深い谷底を覗き込んだ際、姿勢を崩して落下した事は覚えていた。


 何かにぶつかった衝撃で気を失っていたが、その時死んだものだと思ったのだ。


 しかし、現実はそうではなかった。


 谷底の、どこかの家のベッドで寝かされていたのだった。


 そこに、ちょうど人がやってくる。


「あれまぁ、お嬢ちゃん起きたのかい? 運が良かったねぇ。キノコの上に落下してくるなんて。あと数十センチ横にずれていたら大変だったよ」

「キノコ?」


 ノーラを解放してくれたのはおばさんだった。


 そのおばさんに話を聞くとーー


 ノーラを落下の衝撃から救ったものは、柔らかな巨大キノコだったらしい。


 ノーラがいるその隠れ里は、その巨大キノコが大量に生えている場所だったため、助かったのだという。


 そこに住む人々は、キノコをくりぬいて家を作ったり、食べ物にしたりして、生活していた。


 驚くノーラだったが、まだ驚愕の事実はあった。


「せっかく生きのびたお嬢ちゃんには悪いけど、まだまだ驚く事はあるんだよ。ここにはたくさんの魔物が住んでいるんだ。だから家の外に出た時にどうか驚かないでおくれね」

「えっ魔物が?」


 そこはなんと、魔物と共存する里だった。


 






 普通の子供なら、恐怖で失神してもおかしくはない場所。


 しかし、ノーラは違った。


「フェンリル、グリフォン、コボルド、オーガ! 他にも! 色んな魔物がいますわ! 初めて見る方達ばかりですのね! この里はすごいですわ!」


 その里で共存する魔物達を見て、喜んだ。


 その様子を見た、里の者達はほっとする。


「最初はどうなるかと思ったけど、ノーラちゃんは良い子じゃねぇか」

「これなら、里で世話ができるな。駄目だったら、口封じしなくちゃならんところだった。あんな小さな子を手にかけるなんてしのびねぇよ」

「外の世界の人間達も、みんなノーラちゃんみたいだったら、こんな谷底で暮らさなくてもいいのにな」

 

 これまでにも、何度か人間が落ちてくる事があった。


 しかし、その人間の誰もが、魔物への拒否感情をあらわにしたのだった。


 だから、里の者達は落ちてきた者達が生きて外に出ないように、なくなく対処しなければならないのだった。


「俺達が生きる為に仕方がないとは言え、気分が悪いもんなぁ。そうならずに本当によかった」

「かといって、外にある人間の町で生きるなんて今さらできっこねぇ」

「ここにいる皆は、ずっとここで育ってきたんだしな」






 隠れ里に受け入れられたノーラはすくすくと成長。


 持ち前の明るい性格を発揮し、魔物にも人間にもわけへだてなく接するノーラは、里の住人達から愛されていった。


 里の外からきた人間にも関わらず、厚い信頼を集めるようになったたノーラは、グリフォンにのって谷の上空を見張る役目をこなすまでになった。


 そんな中、唐突に谷の近くに人間達が集まるようになった。


 それは、ノーラを探す者達だった。


 人間達はしきりに「プリセット家の子孫が」とか、「このままでは跡継ぎが」と話をしていた。


 耳の良い魔物を連れて、会話の内容を盗み聞いた結果がこれだ。


 彼等の話を要約するに、ノーラの実家が危機的状況に陥っているらしかった。


 それで、何らかの問題が発生し、ノーラの父と妹が死亡。


 跡取りの存在が必要になったというわけだった。


「養子でも迎えればいいのに、そんなに必死になって死んでいる可能性が高い私を探すなんて。よっぽど血筋が大事なのね」


 ノーラが生まれた国に存在する名門貴族は、血筋を重要視していた。


 だから、まがりなりにもプリセットの家の人間であるノーラが必要になったのだろう。


「彼等に見つかったら面倒だわ。魔物と仲良くしていたなんて知られたら、里の皆に危険が及ぶかもしれないし。洗脳教育みたいなのをされちゃうかも」


 ノーラは見つからないように、最新の注意を払って、元の里へ戻った。






 隠れ里の者達に情報を共有し、地上に出ない事を決めて一か月。


 そろそろ捜索隊が引き上げた頃だろうと、考えたノーラは上へあがった。


 しかし、人間達はまだ付近にいたのだった。


 そこで、ただ捜索していただけならばノーラは、無視してまた里に戻っていただろう。


 けれど、そうではなかった。


 捜索隊は、通りすがりの旅人にいちゃもんを付けて、迷惑をかけていたのだった。


 目的を達成するまで、戻ってくるなとでも言われているのだろう。


 捜索隊は絶対に終わらないであろう仕事を続ける中で、うっぷんが貯まっていたようだ。


 だからノーラは、旅人を殴り始めた人間の前に出ていったのだ。


「やめなさい。関係ない人を巻き込んで恥ずかしいと思わないの!」


 ノーラを見つけた捜索隊は、彼女にもつっかかったが、その正体を知ると目の色を変えた。


「あなた達が探している人物はこの私ノーラ・プリセットよ。その証拠に、家族しかしらない情報をいくつか喋ってあげましょうか?」


 その後の彼等は、手荒な真似をしてノーラを捕まえ。自らが利用していた馬車へ荷物のようにつめこんだのだった。






 一方隠れ里では。


 深夜とも呼べる頃合いに、慌てた様子のグリフォンだけが戻って来た。


 その様子から、ノーラに身にただならぬ事が起きたと知った住民達は、すぐに話し合いの場を作った。


 夜通し行われた話の中で、彼らはある決断を下し、魔物達の体調のチェックを始めたのだった。






 縄で縛られたまま、馬車の中に詰め込まれたノーラは、これからの事に想いをはせる。


 どうなるかは詳しい事は分からないが、決して良い事にならないのだけは分かっていた。


 魔物に拒否感を示す国で、魔物に友好的な人間がたどる末路など、たかが知れていたからだ。


 しかし、ノーラが故郷に到着する事はなかった。


 馬車が、空を飛んできた魔物から襲撃を受けたからだ。


 あわただしく動く状況の中、馬車に入って、ノーラを助けたのは隠れ里の人間だった。


「もう大丈夫だ。助けに来たぞノーラ!」

「どうして助けてくれたの? 皆、里の安全が大事じゃなかったの? こんな事をしたら、里が安全じゃなくなっちゃうわ」

「仲間を見捨てるよりはましだ」

「でも、里の為に皆は今まで谷底に落ちてきた人達を殺してきたんでしょう?」

「それはっ! ノーラ、お前その事を知っていたのか」

「何年か前に偶然、里の人達が話しているのを聞いちゃったの」


 助けに来たその人間は、恥じ入るように顔を俯かせる。

 しかし、再び顔を上げた時、その表情には決意の感情が宿っていた。


「俺達は間違っていたんだ。皆がいれば、どこでだってやりなおせる。あの里は、里という場所があるから安心できるたじゃない。皆がいたから、安心できる場所だったんだ」

「そう、ね。ええ、その通りだわ」


 ノーラは救出にきた里の元たちと共に、捜索隊の馬車から出て、逃げていった。


 近くには、ノーラをいつも空に運んでいたグリフォンの姿もあった。






 騒ぎの元から離れたノーラ達は、里に戻りすぐに荷物をまとめた。


 そして、空を飛ぶ魔物達の背に乗り、故郷を旅立った。


 いつも見上げるばかりだった谷を、空から見下ろす住人達。


 彼等は感慨深そうに、その景色を眺める。 


 空には太陽がのぼる頃合い。


 まぶしい朝日が、人のいなくなった谷に差し込んでいた。


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