第4話

 あふれでるその光はとてもまぶしくて、僕はおもわず目を閉じてしまっていた。

 柄を握った右手が熱い。まるで夏季のとき、照りつける灼熱の太陽のぎらつく陽射しのような熱気がある。目を閉じてもまぶたの裏からまぶしく輝き、その光と熱が全身をつつみこむ。どれほどの時間が経っただろうか。永遠にも思えるほどの時間のあと、やっと光がやみ、闇が戻ってきた。

 僕はおそるおそる目をあけた。

 そこにあったのは、無数の青白い粒子をまとわせた光の剣だった。ガラス玉がある柄頭の反対側、柄のさき、本来なら刃があるところに光の刀身が生まれている。

 輝く光の刃からはあたたかい温もりがあふれ、それ自体がまるで太陽のようにさえ感じる。気がつくと、僕の体にあったダメージはほとんどなくなっていた。のろのろと立ち上がり、小屋からでると、目のまえに黒マントの男が立っていた。

 突然のできごとにおどろき、ただ見上げていると、フードに隠された男の顔が僕の右手、握ってある光の剣に向けられた。

「小僧」男はつぶやいた。「どうやってそれを」

「な、なにが」

「それをよこせ」

 男が手を伸ばしてくる。

 僕はおののき、おもわず目を閉じて、やみくもに剣をふるった。

 手応えはなかったが、かわりに、くぐもったうめき声があった。おびえながら目をあけると、最初に視界にとびこんできたのはあざやかな赤色だった。

 男の伸ばした左腕、そのひじからさきがきれいに切断されていた。あふれでる血が地面を赤く染め、そのなかに指をひらいたままの前腕が転がり落ちてある。

「きさまっ」

 激昂の声があがった。

 そこではじめて、フードに隠れた男の顔をのぞき見ることができた。陶器のような無機質の青白い肌。血のような赤い双眸。怒りに燃えるそのまなざしのなかに、わずかなとまどいがあった。

 男が拳を握り、右腕で殴りつけてくる。

「うわっ」

 短い悲鳴をあげながらも、反射的に光の剣をそのパンチに向けふりおろしていた。

 赤い閃光が散った。

 右の拳、その固く握った人さし指と中指のあいだから喰いこんだ輝く刀身は、いっさいの手応えを感じることなく、手の甲から手首、ひじまでを一直線に斬り裂いていた。

 右腕のひじからさきを二又にされた男が、両腕から大量の血を流しながら、悲鳴に似たうめき声をあげてあとずさった。その顔には明確な恐怖がある。

 僕のなかでなにかが弾けた。

 いまだ倒れているカクタスとクラン。ふたりをやったのは、目のまえでおびえているこいつだ。荒い呼吸が耳に響いてくる。口をひらいた自分のものだ。大きく肩は上下し、心臓がばくばくと脈打っている。血液が全身を駆けめぐり、体が燃えるように熱い。

 興奮していた。さきほどまでのおびえが反転し、いまは、この圧倒的な光の剣の力に酔っていた。

 剣を頭上にかかげ、踏みこみながらふりおろす。型もなにもない、ただがむしゃらに繰りだした斬撃は、当然のように横に移動されかわされた。勢いあまって僕の体はつんのめり、そのまま倒れて地面に転がった。落ち葉が舞い上がり、泥のような土がほほに付着した。口のなかにもはいったのか、苦い味が口内にひろがる。

 立ち上がった。

 いつのまにか男のフードがとれ、その顔があかるみになっていた。血が通っていないかのような無機質な肌。スキンヘッドで角ばった輪郭の顔つき。充血したような赤い目。いまそのなかにあるのは恐怖の色だけだった。

 僕は叫んだ。

 叫びながら突進し、光の剣をふるう。また避けられた。しかし切っ先が胸板をかすった。黒マントと、そのしたにあるシャツが裂け、露出した肌から斜めの赤い線が走り、そこからぶわっと血がふきだしてきた。

 両腕を斬り裂かれ、大量の出血をしてるせいか、男の動きはだいぶにぶくなっていた。いまならやれる。強い決意を胸に、僕は剣をうしろに引いて踏みだした。

 ま、まってくれ。男のひび割れた唇から、あせりとおびえがまじった言葉がでてきた。

 勢いよく光の剣を横一直線に薙いだ。

 まばゆい軌跡を描いた斬撃は、男の腰をまっすぐ抜け、次の瞬間、大きく目を見開いた顔がぐらりと揺らいだ。腰からうえ、上半身がゆっくりと、まるでスローモーションのようにかたむき、やけに大きな音を立てて地面に落下した。

 おくれてふきあがる血の噴水。

 残された下半身、断面された腰から勢いよく飛び散った血が僕の顔にもかかり、その灼けるような熱さとまっぷたつにされた体、いまだとまらずあふれでる血と生臭い匂い、そのすべてが、興奮した僕の頭を一瞬で冷やした。

 殺した。

 その事実が胸に深く突き刺さった。足元が崩れていく感覚があった。暗い奈落の底に落ちていく錯覚さえある。体から力が抜け、指からこぼれ落ちた柄が地面に転がり、僕はひざから崩れ落ちていた。

 落ち葉と土の地面がどす黒い赤に染まっている。痙攣している上半身、その腹から血でぬめるピンク色の臓器がこぼれでている。ゆっくりと下半身がこちらに倒れた。血であふれる肉と、裂かれて破裂した内蔵、切断された背骨。とめどない大量の血が、まるでへびのようにうねって僕のところまで流れてくる。

 急にみぞおちのあたりが締めつけられた。なにかがこみあげてきた。胃のなかのものが逆流して、反射的に口を閉じたせいでほほがふくらみ、しかしすぐに我慢の限界をこえて、ひらいた口から茶色い吐しゃ物があふれでてきた。

 僕はうずくまっていた。息苦しくて嗚咽がとまらない。目頭が熱くなり、涙で視界がぼやけてきた。人を殺した。この手で殺した。後悔と罪悪感に胸が締めつけられる。血の赤と吐しゃ物の茶色が地面でまじりあっている。汗がふきだしてきた。

 男があとずさったとき。あのとき、見逃すこともできたはずだ。しかし、僕の体のなかにはどす黒い感情だけがあった。同世代とくらべ小柄で非力なことにコンプレックスをもっていた僕は、あのとき、あの圧倒的な力に酔っていた。暴力的な本能に身を委ね、その力で蹂躪してみたいと思っていた。思ってしまっていた。

 それがまねいた後悔。

 人を殺したというとても大きな十字架が背中に重くのしかかってくる。体が震えてきた。目から涙がこぼれ落ちたとき、ほほにやわらかいなにかが触れた。

 見あげると、クランの顔があった。

 やられて吐血したのか、口のまわりが血で濡れている。それでも両手をまっすぐこちらに伸ばし、手のひらで僕のほほを優しくつつんでいる。彼女はいまにも泣きそうな顔のまま微笑し、震える声でいった。

「たすけてくれて、ありがとう」

 クランの目から涙がこぼれた。ほほに一筋のしずくが流れ、あごから落ちていった。急に頭を抱きしめられた。草の匂いとやわらかい感触があった。僕のほほに熱いものが触れた。彼女の流した涙だと思ったが、ちがう。僕の涙だ。したまぶたにたまった涙が、限界をこえ、とめどなくあふれてくる。頭を抱きしめる彼女の力が強くなった。しかし痛みは感じない。むしろ優しさを感じた。彼女なりのあたたかな優しさがあった。

 涙と鼻水と嗚咽で顔をくしゃくしゃにしながら、僕は泣きじゃくった。

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