第38話 名物という存在

ロイヤルドさんの商隊が今年もやってきた。


 魔木の花が咲く春は賑やかだ。


 去年まで無かった宿に驚き、出された食事に舌鼓をうっている。


 時折あがる喚声は何の騒ぎだろうか?



「平和だね」


 僕は納入された物品のリストを確認しながら行き交う人を眺めた。


 去年より確実に増えてるな。


 ローズウッドの村は、そろそろ町になろうとしているようだ。



「あれ?」


「どうされました」


 ローザと一緒に、ダルマハクに送る荷を確かめていたとき目に付いたものがあった。


「……氷砂糖だ」


 ブロック状の塊になった黒糖と別に少量だが白い氷砂糖が入っていた。


「珍しいでしょう? 南方で見つけて仕入れてみたんですよ」


 ロイヤルドさんが言うように、この辺りで流通しているのは黒糖ばかりだ。


「それも甘味ですが……ご存知だったのですね」


 僕を驚かせようと仕入れたらしい。


「ええ、砂糖を結晶化させたんですね」



 氷砂糖はむかしホットプレートで作った事がある。けっこう簡単に出来たから驚いた覚えがあった。



「氷砂糖ねぇ……ん!?」



 おおお! 閃いた!



「ねえ? ロイヤルドさん。これ貰っても良いですか?」


「はい、別に構わないよ、というか、そのつもりで持ってきました」


 むふふふふ、そうかそうか。


「でも、召し上がるならもっと細かいのもありますが?」


「あっ、いや大丈夫です」


 黒糖で作ったザラメも見せてくれたけど、いまはこの氷砂糖が必要なんだ。



        ※※※



「さーて、まずは準備だ!」


「お────っ!」


 何かを始めるときはイネスを呼ぶ。とくに面白そうな事を始めるときは絶対に。忘れていて、あとでバレルと思いっきり拗ねるからね。それとローザも……。夜が怖いから。



「最初は道具を確保します」


「お────っ!」


 館の中で一番大きいなべを出してきた。


 そして、丁度たずねて来た村長のデュランさんが暇そうなので手伝いの仲間に入れた。



「ええと、特に暇では無いのですが……」


 何か言っているようだが、あーあー聞こえない。



「あれっ? まだお仕事がっ!」


 客間女中のマリエスと庭師のジョルダンさんも引き入れた。


「ほっほっほ、何やら面白そうな事を始めましたな」



 まだまだ材料が必要だと、同じく暇な馬丁のダンさんに材木の調達を命じる。


「ふむ、探して来ましょう」



 その間に場所の選定だ。厨房は……邪魔になるかな?


「厨房あいてる?」


 侍女を捕まえて聞くと大丈夫の様子である。


「よし! 全員、厨房に集合だ!」


「お────っ!」


 相変わらずイネスのノリが良いね。



「いったい何の騒ぎなの?」


 と、そこへ寝起きのカーラが現れた。


 うーん……スルーするか。


「ちょっと! 無視しないでよ! えええ、スルー? まさかのスルーなの!?」


 残念ながらかまっている暇は無い。





        ※※※




 さて大騒ぎして何をしようかというと。


「これからお菓子を作ります」


「はい! 質問」


「どうぞイネスさん」


「鍋の使い道は分るんですが、後の材料は食べれません」



 そうだね。材木とか鉄は食べれないよね。



「そうですね。食べれないものは加工してお菓子作りの道具にします」


「おぉおおおおお!!!」


「そこまで驚かなくてもけっこうです」


 お菓子と聞いてやる気満々のイネス。


 でもビックリするのはこれからだぜ。



「さて、みなさん。金平糖を作りましょう?」



 金平糖の作り方は簡単で、時間と道具があれば出来るのだ。前に見学したことがあったから良く知ってた。



 普段使っていないカマドの上に大なべを傾けて置く。そのままでは機能しないから鍋の後ろに鉄棒を溶接──イネスの精霊魔法を使ようした。


 次に木枠を三つ作って、中央に開けた溝に鉄棒を載せる。これは、材料が魔木なので熱しても燃えない。



「ほう、鍋を回すのか」


 取っ手を付けた鉄棒を回すと動く鍋を見てイネスが感心する。


「うん、今日は人力だけど、あとで何とかするよ」



「出来ました」


 氷砂糖を溶かした糖蜜が出来たそうなので、イネスに頼んで火の精霊に仕事をしてもらう。


 大なべを熱してもらうのだ。焦がさないように一定の温度にするのは、薪では難しいからね。


 ザラメを均一に鍋に入れて、ゆっくりと回転させた。黒糖なのが少し残念だけど我慢しよう。



「そんでね、こうして」


 柄杓ですくった糖蜜をザラメに掛けていった。ここから先は人海戦術で頑張る。


 ザ、ザザザとさざ波のような音が厨房に広がって行く。



 金平糖作りに満足していると。


「アレス? それで肝心のお菓子はいつ作るのだ?」


 期待に満ちた目のイネスにそう聞かれた。


「あははは、イネス、これがお菓子だよ」




        ※※※




 キラキラと光る金平糖。


 二週間という人海戦術で出来た血と涙と汗の結晶だ。


 比喩では無い。すげー苦労したんだ。



「うわぁあっ、人力がここまで大変だと思わなかったよ」


 毎日毎日、延々と交代で回した腕はパンパンで、回復魔法が追いつかないくらいだもん。



 それと……。


「カーラ! ダメっ!!!」


 ぴしっと手をのける。



 少しずつ育っていく金平糖の最大の敵はカーラだ。


 盗み食い、つまみ食い、言葉は色々あるけれど、厨房に入れないように見張るのが一番苦労したからだ。


 いまも試食の前に手を伸ばす始末で、何度と無く払いのけている。



「でも、キレイですね」


 そう、出来上がった金平糖は改心の出来だ。素人仕事の割りに、角もきちんと育っている。一部はこの世界の着色料──食用色素──で色を付けてみた。結果は大満足であった。



「じゃ、食べてみよう」


 甘味の利用に砂糖は様々に使われているけど、砂糖菓子は無い。飴も無いくらいだからな。


 始めてみる砂糖菓子にみんな興味津々だった。



 最初に頑張ったイネスが口に入れた。


 だれが一番目に試食するかで、ちょっと揉めた。主にカーラとかカーラからだが……。


 でも、満場一致でイネスに決まったのだ。精霊魔法が無ければ実現しなかったのだから、当然だろう。


 何もしないで、つまみ食いを狙っていたカーラを押す声は当然無かったけどね。



「────────っ!!!」


 イネスのしっぽがピンと立ち上がった。目をまん丸にして驚く。


「どう? 美味しい?」


 声も出せない様子で、うんうん頷いてるだけだ。


 どうやら味も大成功な様子。


 さて、僕も口にしますか。


「うん、美味しい」



 こうしてローズウッドには新しい名物が出来たのだ。





        ※※※




「革命よ! 革命を起こすわ!!!」


 金平糖を口にした翌日、カーラはダルマハクに向かった。


 出来上がった金平糖を残らずかき集めてだ。


 相変わらず迷惑だな。ホント。


 それこそピューって音がしそうな感じで、ヘリアを連れて出て行ったのだ。



「今度は何時返って来るのだろう?」


 近くに散歩でも行くように出て十年のカーラだ。革命なんて物騒なことを言ってる今回は何年、いや何十年帰って来ないか正直分らない。


「ふふふ、今度は早いかもしれませんよ?」


 発情期に慣れたのか、いくぶんマシなローザが笑う。


 と、言っても油断するとヤバイのは変わらないけどね。


 主にベッドの中とかお風呂の……。


 最近ではチラリズムに目覚めたのか恥ずかしそうにって! いかん! どんどん毒されていくような気がする。


 誰にって!? 決まっているだろ! カーラだよ!


 今夜はイネスと寝ようと決めながら金平糖を口にする僕なのだ。



 うん! 美味い!

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