第37話 街道工事という存在



 オルネ皇国から親書が届いた。


 内容はと言えば、とくに後継者問題など触れてはおらず、街道工事のすりあわせが主な内容だ。



「ギレアスはきちんと仕事してるね」


 彼にはククリ族からオルネ皇国へと延びる街道工事の調整役を与えていた。道は全部繋がらなければ意味が無いからね。



「あの程度の役目なら果たして当然です」


 いつも以上に厳しいローザ。いつも思うんだけど、ローザってギレアスにキツイよな。


「まあ、そう言わずに。先は長いけど上手く行きそうでホットしたのは事実なんだから」



 現在わが領からククリの里に続く森──直線距離で七十キロほど──を切り開いている最中で、そこから先はスヴェア領内に入り、細い街道が二百キロ続く。



 街道を整備すれば流通によって利が上がる。領地持ちの貴族なら誰もが理解できる経済の基本だろう。


 ところがこれを自分だけが行っても効果は少ない。以前から一部のスヴェア貴族が王宮に陳情を出していたようだけど、資金的な足並みが揃わず後回しにされていた。



 そこに今回の提案だ。


 スヴェアとは協議の最中ながら事件の事もあり、ほぼこちらの希望通りに進みそうだった。


 とくに工事費用を貴族に貸し出すと提案したのが効いている様子で、普段なら実現しない話もさしたる困難無く話がまとまるだろう。



 本来支払うお金を借り受けて、都合十年の総延長二百キロを複線化させる。要所に宿場まで設ける予定だ。



 スヴェアは本来ならただ支払われてしまうお金が自国内で回るし、新たな流通の流れは税をも生む。



 この十年の事業は地域活性の起爆剤となるだろう。



「そんな些末な事がらはさておき、問題なのはアレス様がオルネに赴くかどうかです」


 久方ぶりの仕事モードに入っているローザさんだが……。



「ぷっ! くっ!……ぶはっ!」


 こらえ切れずにカーラが吹き出した。それもそうだろう。


「……ローザ?」


「はい? なんでしょう」


 受け答えは普通に見えるけど、僕に抱きつくのはちょっと……。どうも発情期真っ最中のローザは、一瞬たりとも僕から離れないと決めたようだ。


 しょうがない、頭でもそろっと撫でるか。


「はぅっ!」


 何をするんですかとばかりに、不意打ちに耳の裏まで赤くしてぷいっと横を向いた。



        ※※※



 ちょっとだけ混乱がおきた。



 街道工事は大々的に人を集め活気を奏している。春の農期が始まったためロタ周辺の地元民は畑に戻ったが、代わりに他領で食い詰めていた貧民が集まったのだ。中には一週間以上もかけて来る者もいた。



「だから! それは我々のせいではないと言っておるだろう!」


 何の騒ぎかといえば商人が大挙して文句を言いに来たのだ。


「冗談じゃ無い! 人手が足らない上に、賃金が高すぎて儲けが出ない」


 ヘリアさんが苦笑しながら相手をしているけど、かなり勝手な言い分だと思う。



 来ている商人はエルフ領で魔石を採掘している連中だ。


 魔石は露天で採掘する。主に春から秋まで。


 そこで払われる賃金は四銀貨。街道工事にくらべてかなり低い。


 例年なら春の訪れと共に人を集めて仕事をさせるのだが、今年はまったく集まらないというのだ。



 まあ、集まるわけないけどね。


 賃金を上げれば勿論解決する。


 うちは宿舎と賄いを付けて六銀貨だから、同じ額を保障してたまに酒でも付ければ集まると思うんだ。



 だけどそれはしない。


 働き手も何をさせられるかよく分っているから、声を掛けられても賃金を聞いて鼻で笑う始末だ。


 そこで「賃金を下げろ」と言ってきたわけだ。


「そんなこと出来ません!」


 堂々巡りの難癖にラチがあかないと声も荒ぐ。


 それでも執拗に「何とかしてくれ!」と言われたので。



 何とかしますか……。



「ヘリアさん」


「あっ! アレス様」


「困っているみたいですね」



 抗議している商人の目は『こいつ、誰だ』という感じで非情に空気が悪い。


 ローズウッドの領主だとヘリアに説明させて本題に入った。


「皆さんは魔石が必要なんですね?」


「ああ、そうだ。俺たちはそれで商売をしている」



 ふーん、スオメンの商人は態度がデカイな。人族優先主義だからなのか知らないが、普通は領主相手ならもう少しへりくだるものなんだが。


 相当追い詰められて焦っているのかね?



 まあ良い。


「年間どれくらい採掘するんですか?」


 聞けば小規模で月に三百キロ、複数個所を手がけて八百キロだそうだ。


 六人だけど、ざっと計算して年間十二tくらいか……けっこう多いね。


 魔石の末端価格はキロあたり金貨三十から五十だから行商人なら美味しい商売だな。


 ってか、もっと賃金払えよって思ったわ。だってエルフに支払うのは胡椒と黒糖だぞ! どんだけボッてるんだよ。



「分りました。その分量を用意しましょう」


「おぉおおお!!!」と声が上がった。


「その代わり、採掘の分を引かせてもらいますよ」


「ああ、もちろんかまわない」


 口々に了承する商人。


 僕はニヤリとする口元を隠しながら続ける。


 こいつらエルフと同じと考えてるな。



「卸価格はそうですね……キロあたり金貨五から七枚でどうです?」


 末端で平均金貨四十枚として税金で半分は消えるだろう。場所によっては七割のところもあった。


 要するに利益の半分を要求したのだ。


 絶句する商人たち。



「ああ、言っておきますが、僕のところは胡椒は必要ありませんから」


 当然だよね買えばいいんだから。


「ちょっと! まて! それでは……」


「ん? 安すぎますか?」


「馬鹿言え! 高すぎる」


「えっ!? おかしいな。確か南ではこの価格より高かったと聞いていますが?」



 この価格は他の魔石場がキロ当たり七から十枚なので安いと思う。しかも人件費もろもろ経費は輸送料だけしか掛からないし、当たりはずれが無いのだ。



「とりあえず検討して、後日返事をしてください」


 心の中では必ず頼みに来ると思いながらそう言った。



 実はカーラから今後商人には魔石を渡さないと聞いていたのだ。ロタの事件に行商人が持つ〈呼び出しの鈴〉が使われた事から、例年通りにダルマハクに行っても採掘の許可が出ない。もちろんエルフから商人に予め話など通すわけも無く、聞かれれば答えるスタンスはいつものことだ。



 苦情など絶対に聞かないし、補償もする事も無い。


 これによってダルマハクはローズウッドを通してしか貿易はしないし、僕らは胡椒などで魔石を売ることは無い。



 そして魔石の採掘は僕の魔法で手間も掛からずいけるだろう。威力が多少落ちるけど、僕の作った魔法の札はイネスでも使えたのだ。


 実はローズウッドの北には厖大な魔石が埋まっている。だから最悪僕自身でそれを掘っても良いんだ。



 さてこれで、ダルマハクを商圏に入れれば街道も生きてくるだろう。なにせ魔石は世界中で使われているのだから。

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