第7話封印という存在

 ローズウッドから南に下がるとスヴェア王国があった。


 アレスがもしもこの世界を見渡すことが出来れば、位置的にドイツあたりと言っただろうか? 西はオルネ皇国があり東に大国のスオメン帝国に挟まれていた。南はもっとも豊かな農地を持つバラン共和国である。



 複数の国と接していながら国を保っていられたのは、ひとえに秤の神のおかげであった。



 人族優先主義とも呼べるスオメン帝国は論外になるが、それでも亜人や獣人に対する排他主義は根強い。


 もしも秤の神がこの国に存在しなければ、雑多な種族で構成されているこの国も、今頃はどこかの属国になっていてもおかしくは無かっただろう。



 だがこの国がこの地に存続するのにはもう一つの理由があった。



 草原に作られた王都は廻りを城壁で覆われ東西南北にそれぞれ門がある。


 北の門はひっそりと静まりかえっていた。


 賑やかな他の門とは違い常に閉ざされているここは、王家の葬儀の為だけに開けられる事となっている。


 その北門に共の者を二十騎ほど連れた男が向かっていた。



 緋色の裏地が付いたマントの下に黒染めの革鎧をまとい、腰には反りのある剣を下げ鞍には長い刀身の大太刀を載せている。どちらも拵えが地味なのは戦仕立ての所為であろうか。



 巨人を送る門と呼ばれ、豪華に仕立てられた門は両開きで巨大である。騎乗の者なら並んで十列は通れる程の大きさを持つ門の脇に設けられた番人小屋から男を迎えるように門番が出て来た。



 「若様こちらへ」


 男を若様と呼ぶ男もまた黒染めの革鎧をまとっていた。手早く馬の轡を取ると番人小屋の脇の通用門へ案内をする。



 「ドーガル。状況はどうなっている! 姉上は無事か!」


 馬上から降り立ち案内の者に説いた男の背は百八十ほど、まだ二十を超えてはおらぬであろう若者では到底身に着けられぬ気配は戦の匂いを漂わせていた。


 「姫様はすでに後宮を離れ我らの手の者と共に離宮に御移りされております。おそらくはまだ暫しの猶予はあるかと」


 「間に合ったか……よし。ならば手は有る、合流するぞ!」


 溜息と共に安堵した男の名はルオー。王家の墓を守護する一族の嫡男であり、王の側妃の弟であった。



 事の起こりは永年守り続けた結界の異変にある。


 スヴェア王家には一つの使命が与えられていた。


 北にある王家の墓。そこに設けられた封印の結界を見守る事。これこそが建国から伝わる秘事であった。


 王から王へ伝えられたこの事は代々守られていく。


 何故なら神様から与えられた使命なのだから。


 何が封印されているのかも誰が作ったのかも定かでは無かった。


 しかし建国王エドワー一世から始まり現在のエリク七世まで四百年守られてきた。


 いやもしかすると建国以前の戦乱の時代にも誰かが行っていたのかもしれない。



 その結界が十五年前から弱まっている事に気付いたのは、エリク七世が側妃を迎える事と成った頃である。



 当時オルネ皇国の皇女であった正妃マルグレーテを迎えて二年たつも、今だ懐妊の兆候もなく世子の誕生を期待する声が大きくなっていた。


 これに素早く反応したのが国内の有力貴族たちで、我こそが王家に近づこうと画策し王宮は乱れた。


 混乱の最中で候補と成った宰相派のベルンハルト侯爵の娘アンナと教会が押すヴィットーリオ伯爵の孫ローザが有力と思われるなか、少数民族であるククリ族のソナム姫が側妃となる。



 これを選んだのは秤の神と言われているが定かでは無い。



 ククリ族と王国の関わりは建国までさかのぼる。


 群雄割拠の時代を征して勝利王と呼ばれたエドワー一世に付き従う集団、闘う姿は炎のごとく幾度もの戦で敵を尽く打ち破ったという。


 彼らは建国後、わずかな領地のみを受け取り静かに北へ移り住み王国から離れた。


 一説に寄れば異教徒であるがためとか、王の不興を買ったなどと噂されたが真実は定かでは無かった。



 彼らが再び歴史に現れたのは、エドワー一世の崩御を受け王位簒奪を謀る貴族に王宮が乱れたときだった。


 北から現れた彼らは王族を守り抜き継承を無事済ませると、エドワー一世の遺骸を預かり北の領地に埋葬し祭った。



 その後、王家の危機が訪れるたび現れる彼らを王の守護者と呼び、北の門を守る役目が与えられた。


 現在では、他の貴族から門番程度に見られている一族から側妃が選ばれたのだ。



 当然、異変の原因にこじつけられた。



 なぜならソナム姫を迎える事に対して国内の貴族からは反対の声が上がっていたうえに、激しく反対したのは教会だったからである。



 聖霊なる巨神を信仰し教えを絶対とする彼らサーム教徒は、イリアス大陸では過去少数派でありながらもスヴェアでは多大な影響力を持っていた。さすがに秤の神こそは認めてはいたが、それさえも自身の神の一部と称している。



 ここまで力を持ったのは、エドワー一世がスオメンで派生したサーム教徒達に助力を求めたからで──彼らは異端を認めず布教を武力で行っていたのだ──彼らが土着信仰が根強いスヴェアで国を統一するとき役に立ったのも事実である。


 そのためサーム教は国教となりスヴェア王国に強い影響力を持つことになった。




 不穏な気配の漂う王都で離宮までの道を急ぎながら「いったい、姉上の言う『北の太陽』を探せとはどう言う意味なのだろうか」と呟いた。


 古き巫女の血を引く姉上から探せと言われても『北の太陽』の手がかりはまだ掴めてはいない。


 ひとまず姉上の安全を確保したのちまた探さねばならないとルオーは決めた。

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