第2話魔木と聖霊石という存在



 ここローズウッドの主な産業は林業だ。


 いわゆる一次産業というやつで、建築用木材から薪や造船などに使われている。


 けれど、世界でここにしか無い木があるんだ。



 魔木と呼ばれる木がそれで、ローズウッドの森の奥深く精霊の泉の周りに育つバラの木。ローズウッドと呼ばれ、木は豊富な魔力で育つ。


 不思議な事に通常のバラと違い大木に育つため、森には樹齢数百年はおろか数千年は経つバラの大木さえがあると言う。



 十五年目で初花を付けた物から、一部を除いて伐採され輸出されて行った。


 魔力を通し易い魔木は、加工されて杖になるために需要が大きい。世間では魔術の杖と言えば魔木の十五年物が主流となる位だ。


 では何故十五年か? 理由は簡単で普段は絶対に切れないから。


 斧は通らず鋸でも傷さえ付けられない。例外は花が咲いた時だけ切り倒すことが出来た。



 女神の加護はこんな所にも効いている。



 花はその後も咲くことが有るけど、何時咲くのかも分からず必ず咲く十五年を目処に伐採されて行く。




「好い香りだね」


 例年春が訪れると館は華やかな匂いに包まれた。女性たちが一斉にローズオイルを使うから、これはローズウッドから抽出される極わずかの香油です。


「ふふっ、ここだけで使うのは勿体無いですけどね」


 忙しそうに働く侍女さんが楽しそうに笑った。


 そうなのだ!


「確かに勿体無いよね。この地から出たら匂いが消えるなんて」


 ローズウッドから取れた香油は魔力の塊で出来ている。そのためこの地から離れると徐々に効果が薄れるのだ。


 したがって此れほどの香油でも商品にはならない。


 ふわーっと香るほか、お肌にも優しいのに勿体無い話だ。


「何か良い方法……無いかね?」


 それが僕のここ何日か掛けてる悩みで、体臭を無くしお肌はつやつや。五年は若返るって言うくらい良い物もここで僅かに使用されるしかないとは。


 他所で売れればここの領民も、もう少し良い暮らしが出来るのに。


 最近のマイブームである領地発展を企む僕としては何とかしたいものだ。


 だって! 内政とか楽しそうじゃん。


 転生物とか領地発展させて行くよね? チート現代知識とかさ。


「あーあ、何か良い方法無いかな?」


 こうして試行錯誤の毎日は続いていく。




 ある日のこと、散歩中にひらめいた僕は出入りの商人さんに頼みごとをする事にした。





「これは、和紙に似てるな」


 置いてあったチリ紙を見ながら素早く始末してトイレを出る。


 そとの国は見てないけど、文化水準に不満は無い。よくある中世風異世界とは違うみたいだ。


 少なくともトイレと風呂には不自由して無いのは助かるね。


 おもに異世界転生者としては。


 えっ? 流して無いって。


 ははは、大丈夫。出た物直ぐに浄化して消えるから。エルフの技術は凄いんです。


 もっとも風呂は薪で沸かす上に水道は無い。


 うーん、今度ポンプと水道考えよう。



 ご存知最近のマイブームである、内政を考えながら心のリストに欲しいものを書く。


 味噌醤油は欲しいけれど無理。作れる自信が無い。


 あとは……いっぱい有り過ぎて収拾がつかないな。



「お待たせしました」


 そう言って今日のお客さんに会うことにする。


「いえ、美味しいお茶を堪能していた所です」


 うん、ローザの入れたお茶は最高だ。すかさず僕の前と、温厚そうなロイヤルドさんに二杯目の紅茶をだしたローザは僕の隣に座る。


 当主の横に座れるのはローザだけの特権だ。


 お互いの近況を話しながら早速の主題に入った。


「ほう。石鹸ですか」


 栗色に近い金髪が良く似合うロイヤルドさんは、自慢の口ひげ──僕が勝手に思っているだけ──を触りながら興味深そうにしている。


 この世界には見事な石鹸がある。


「はい、作ってみようかと思いまして」


 いま考えている石鹸は、もちろんローズウッドの香油を使った物だ。何とかして効果が封じ込められたら強力な特産品になる。


「それで私に油の手配ですかな?」


 さすがにやり手の商人だけある。うちで手に入る油はどれも動物性。もちろんそれでも作れるのだが出来れば質の良い植物性油脂が欲しかった。


「ええ、なるべく癖の無いいい品質をお願いします」


「ふむ、問題ないでしょう」


「そうですか。……良かった」


 ホッとした。質の良い油で作れれば良い物が出来るからね。


「しかし、それだけでは作れないのでは?」


「そうですね、油だけでは石鹸は無理だと思います」


 石鹸の製法は秘匿と聞くと大げさだが一般には伝わっていない。大手の商会がほぼ独占していると言うのが現状だ。


「確か南のほうではソーダが取れると聞きましたが」


 ロイヤルドさんの目がピキンと光った。


「ほう、流石はアレス様。ソーダにたどり着きましたか。しかし……少量ならともかく、大量に手に入れるのは……」


 うんうん、そうだよね。ソーダは大手商会が管理しているから無理だよね。


「大丈夫です! ちょっとアテがあるんで」


 そうなのだ! 僕にはちょっとだけアテがあるのだよ! ふひひひひ。


        ※


「うん、煮詰めてみたんだけどこれで良かった?」


「もう少しかな? この間より煮詰めよう」


 煮詰めているのは、海岸で見つけたオカヒジキに似ている植物の灰汁だった。


 前回作った石鹸は残念ながらあまり良い出来では無かった。


 ソーダの代わりにアルカリ性であればよいから、海岸でオカヒジキを見つけたことでこれは解決した。


 俗に言うマルセーユ石鹸は植物ソーダから作られる。オカヒジキも塩生植物。


 うん、大丈夫だ。きっと出来る。


「いろいろ試してみてね」


 原始的な石鹸の製法だが手間は随分と掛かった。もっとも大部分は村の手を借りているけどね。



 試作品は今のところ商品としては見栄えが悪いけれど、石鹸としては問題ないレベルまで来ている。


「あとは、どうやって効果を残すかなんだけど」


 いろいろ試すしかないのが現状だった。




 その年の夏は異常な暑さに見舞われた。


 夏の日差しは厳しく、夜になっても外気温が下がらない。夕立もなく森は乾いていた。


「森喰い虫が出た!」


 館に近い村の一つで騒ぎが起きた。森の奥で炭焼きをしている猟師が発見したらしい。


 森喰い虫とはバッタの仲間だ。雑食のうえ猛烈な繁殖力で固まって行動する習性を持っていた。


「北から食い荒らしてこっちに向かっているぞ!」


 騒ぎになっているのは、一定以上に数が増えると人の手には負えないからである。


 歯が立たない魔木の間を縫って進んでくる。充分な餌が不足した状態で村に襲い掛かれば被害は大きかった。


 対策は火で燃やすのが一番だが、森は乾燥していた。火をつければ厄介な森林火災を引き起こす危険性がある。


 そうなれば、固まって行動するので森を抜けた所で燃やすしかない。


 だが……手段が無い。一気に燃やすためには魔術を使うか油が大量に必要だった。


 けれど油は少なく魔術師は力不足。


「このままじゃ畑の麦は……」


 村人たちは絶望を前に手をこまねくしかなかった。



 そのころ僕はというと、最近覚えたある事に熱中していたんだ。


 この世界には不思議な物が多い。


 森には妖精や魔物が闊歩している。人間などは弱い生き物に入るだろう。場所によっては神が実在しているという。


 だが、それよりも不思議なのは精霊だった。



「何で食いつくの!?」


 テーブルの上で僕の魔力を貪り喰らう精霊──実体を持たない怪しい存在──に追加の魔力を与えながら考えてみる。


 精霊の存在に気づいたのは、物心つく前からだったと思う。


 ただそれが他の人には見えないことに気づくのは遅かった。


 だから何も無い空間を見て笑いかけたり、話しかける僕を見て回りは大分心配したことだろう。


 けれど意識すると見えるのだ。


 淡く光るふわふわした物体。赤や青、緑など色とりどりの光は、そこらじゅうに存在した。


 エルフの母が「あら? 精霊の目を持ってるのね」と気づいてくれなかったら一生変人扱いですよきっと。


「ふわふわした光? そんなもの見えねーぞ! 坊主なんか変なもの食ったのか?」とギレアスが首を傾げた時は本当にどうにかなったのかと悩んだもん。だって、ローザにも見えなかったのだから。


 くそう! ギレアスめ! よりにもよって変な物食っただと! 失礼なやつだ!


 もっとも、ギレアスはローザに殴られて吹き飛んでいったがな。



「しかし……本当に謎生物だ」


 ──生き物に分類して良いものかどうかは分からないけれど、魔石を取り出して魔力を込めてみる。


「うわっ!? 中に入った」


 使われて空になった魔石に魔力を入れた瞬間。誘われるように中に入り込む赤い光。そのまま魔力を与え続けるとどうなるのだろう? うーん、やってみよう。


 魔石にどんどん魔力を送り満たす度に、赤い光が強くなる。送ること三分。


「光らなくなった……ってか! 中から出てこない!? えぇええええ!!!」


 琥珀色の魔石は赤い魔石に変わりました。……はい?


 手に持って振ってみる。


「キラキラしてる。……振っても出てこない」


 それが精霊石だと知ったのは後の事だったから、赤の次は青って具合に気が付けば結構な数の魔石は色つきに変わっていた。



「うーん。お腹がすいた」


 使用済みの魔石が切れたところで何も食べていないことに気が付いた。


「おかしいな? 何時もなら誰かが呼びに来るのに」


 そう思った僕は厨房で何か貰おうと部屋の外に出る。



 館では慌しく人が作業していて、まるで嵐が来る前の様だった。


「ねえ? 何が起きているの?」


「坊ちゃま。森喰い虫がやってきます」


「中に入り込まれたら厄介ですから、こうして隙間を無くしているのです」


 窓には薄い鉄の板を打ちつけ、壁や屋根には何か嫌な匂いのする水を塗りつけていた。


「白ヨモギを煮詰めた物です。これを塗っておけば大丈夫ですよ」


 館の外でも村人が忙しそうにしている。建物の屋根に上り、同じように塗りつけていた。


「畑はどうするの?」


「諦めるしか……ありません」


「いま、何人かが精霊石を集めていますが、数は足りないでしょう……」


 聞けば精霊石で集めることが出来るらしい。


 群がる森喰い虫を煙で燻して、弱ったところを焼き殺せば良いと言う。


 どういう理屈か分からないけど餌なのかね?



「精霊石って?」


「魔石に精霊が自然に宿った物です。めったに取れませんが」


 ローザが胸元──ちらっと黒いブラが見えた──から取り出したのは青いキラキラした石。小指の先程の青い石を観察してみる。


 うーんどこかで見たこと有る様なというか……さっきまで精霊と遊んでいた魔石と同じじゃないの? これ?



 さっそくローザの手を引いて見せてみた。


「これ? 使えるかな?」


「せっ! 精霊石! アレス様! これをどこで!?」


 あーやっぱり。


 自然に宿ったとは言えないけど、精霊が中に入ってるもんな。


「良いから良いから。時間が無いのだろ? 全部使っても構わないから、ちゃっちゃと退治して来て!」


 うんうん、無くなったらまた作れば良いし。


 天然ものと違って価値などないからね。


 だって宝石は人造したものは、ほれ・・・・・・ジルコニアだったっけ? 通販ですっごく安く売ってたもんな。


「これほどの数が有れば……村は助かります!」


 ローザは目をキラキラさせて勝手に頷くと飛び出して行った。


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