第33話 男の素性

 ギルバートとの戦闘の後、項垂れているが、男は不気味なまでに真顔のままだった。

 ギルバートは召喚したコガラスを従え、容赦ない口ぶりで詰問する。


「答えろ。お前は誰で、この廃屋には何の用があった?」


「……さあね。勝負には負けたが、俺がお前の質問に答える義理はない」


 男はまるで焦った様子が見られない。ここに来て平常を保っている様子の男に、アユムはただならぬものを感じる。ギルバートも、勝負で負かした男が何も口を割らないとは予想していなかったようで、怒りに眉をピクつかせている。


「随分余裕なようだが、黙秘を貫いたところで、どの道お前は自警団に引き渡す手筈だ。観念して正直に吐いたらどうだ?」


「……ふっ」


 男は軽薄に笑った。明らかにアユムやギルバートを小馬鹿にしている。ガキ二人程度、どうにでもなると思っている、そんな笑いだった。


「何がおかしい?」


「随分、必死だなと思ってさ。つまるところ、お前らは何も掴んでいない。そうなんだろ?」


 核心をついた男の発言に、ギルバートの言葉が詰まった。彼が言うように、駅員から提供された不審情報からこの男を追跡したが、彼が具体的に何に関わっているのか、ギルバートは現状何もわかっていないのだ。追跡中も一つでも情報を得ようとはしていたが、結局ここに至るまで足がかりとなるような情報は得られていない。

 男を詰問していたギルバートの手が止まる。あくまで口を割る気はない、男に対して、ギルバートはこれ以上の手段を持ち合わせていない。ここはひとまず自警団に連絡して男の身柄を拘束し、彼らの調査に委ねるしかない。クエストを引き受けた以上、自力で解決することしか考えていなかったギルバートにとってこのような結末はあまりに杜撰ずさんだった。


 ギルバートが悔しそうに握りこぶしを作った時、黙っていたセピリアが口を開く。


「アシュロン・サマー。26歳。ニバタウン東部の採掘会社で勤務するも、数か月前に解雇になってるわね。両親はすでに他界し、一人暮らしで配偶者なし。操獣士ランクはブロンズ。最近の目立った経歴は特にナシ。……なるほどねぇ。これだけ個人情報さらけ出したら、アンタが何も言わなくても目的は自ずと見えてくるわね」


 突如、饒舌じょうぜつに話し始めたセピリアに、この場にいた誰もが唖然としていた。


「おま、何言ってんだ……?」


「あーとぼけても無駄よ。あまり探偵志望の私を見くびらないことね。これくらいの情報を調べる程度、私にとっては造作もない」


「す、すげーなセピリア! お前もギルバートと同じく、こっそりこいつのこと調べてたのか?」


「いいえ。彼のことを知ったのはついさっきよ」


「じゃあ、どうやって?」


「簡単な話よ。ギルくんがしゃべって時間を稼いでいる間に、こっそりそいつの操獣士ライセンスを抜き取って、ユニオンのデータベースと照合したの。あ、これ秘密ね。一応一部の上位ランク操獣士しかしか知らないことになってるから。冗談ってことにしといて」


「冗談って……お前…………」


 さらっとすごいこと言い始めたぞこいつとアユムはなおも唖然としてしまう。


 男がギルバートとの会話に意識を向けている間、慣れた手つきで男が携帯していた操獣士ライセンスを抜き取り、ユニオンのデータベースで照合する。言うのは簡単だが、もちろん簡単ではなく、人並外れた芸当といってもいいくらいである。一切の違和感を持たせずライセンスカードを抜き取るその技術も凄まじいが、刮目すべきはユニオンのデータベースを当たり前のように使用できている点である。


 ユニオンで操獣士としてライセンス登録をすると、その情報はユニオンの本部にあるデータベースに蓄積される。重要個人情報の塊であるため、アクセス権はユニオン上層部の一部と、限られた最上位級の操獣士にしか付与されていない。そもそもシルバーランク程度のセピリアにアクセス権が付与されているはずはないのだ。


 それなのに、どうして彼女はデータベースにアクセスできたのか。


 それはひとえに、彼女の常軌を逸したハッキング技術によるものである。セピリアは趣味で探偵の真似事をやっているが、その情報収集手段として用いられるのがハッキングである。アクセスプロテクト機構を瞬時に解析し、ユニオンの最高機密までたどり着くのは彼女にとって造作もないことなのである。

 セピリアは満足げにふふんと小さく鼻息をならすと、男の行動について自分の推論を語り始める。


「アシュロンさん。私が調べた情報によれば、ここ最近のあなたは随分お金に困っていたようね。銀行口座の預金はほとんどゼロに近い。食べていくのに困るくらいよ。そんなあなたに耳よりの話を持ち掛けてきた人物がいる。あなたはその人物の依頼……街に霧を発生させる企みに協力することにした……そんなところかしら?」


「……簡単な話だと思ったんだ。まさかユニオンが動くほどの大ごとになるなんて、俺も思っちゃいなかったさ。街全体に霧を発生させるなんて、大ボラ、誰が真面目に信じるよ?」


 自らの預金残高までつまびらかにされてしまって観念したのか、アシュロンはやがてぽつぽつと自分の行動について話し出す。


 ある日、一通のメールが彼のもとに届いた。不審なメールには駅舎内のコインロッカーの番号と解除番号が記されていた。迷惑メールとも思ったが、金もなく暇を持て余した彼は話のタネになればいいかと思って、指定されたコインロッカーに向かった。

 メールに記載された解除番号を入力すると、鍵が開いた。中には一通の手紙と、何かの装置のリモコンが入っていた。


「その手紙には、俺が協力者として選ばれた。報酬金を振り込む代わりに、指定の日時にリモコンで装置を作動させるように指示が書いてあった。受取口座を記入したメモをロッカーに入れておけば、毎日報酬金を振り込むと、そう書いてあった」


「まさか、それを信じたのか?」


「最初は俺もただの悪戯だと思ったさ。だけど何の装置のリモコンかもわからないが、指定の場所でボタンを押すだけ。それだけで、向こう一か月食うに困らない金が手に入るんだ。モノは試しに手紙の指示通りに動いてみた。そうしたら……本当に金が振り込まれてるじゃねーか。とうとう俺にもツキが回ってきたって、そう思ったんだ」


 はじめは半信半疑だったアシュロンだったが、実際に口座に金が振り込まれたことで、もう後戻りできなくなった。自分が何らかの企てに巻き込まれていることは分かっていたものの、真面目に働くのが馬鹿らしくなる程の多額の報酬金を受け取っている以上、この不審な依頼を断る選択肢は彼にはなかったのである。


「……それで、あなたが作動させていた装置は一体何なの?」


「それが俺にもわからないんだ。毎回コインロッカーで手紙を受け取って、そこに指定された場所でリモコンのボタンを押すだけ。依頼主がどこでどうやって俺の行動を確認してるのかわからないが、金は毎回きちんと振り込まれていた」


「毎回って……あなたがこの依頼を受けてから今回で何回めなの?」


「一ヶ月くらいだな」


 一か月……そう聞いて、セピリアは奇妙な情報の一致に気がついた。


 ユニオンで聞いた情報によれば、街に発生している濃霧が初めに確認されたのが、おおよそ一か月前。その後徐々に霧の発生頻度が増え、今や三日間霧が晴れず列車が運休する事態になっているのだ。アシュロンが不審な依頼を受け始めたのもまた、一か月前。この奇妙な一致は偶然にしては出来過ぎだ。


 ギルバートもまたそのことに気づいたらしい。追跡中に気になっていたことをアシュロンに尋ねる。彼の背後にいる依頼主はもしかすると、霧に起因する一連の事件の主犯の可能性がある。実際に霧を発生させているのも、この男ではなさそうだ。


「俺がお前を追跡中、誰かと連絡を取っていたな。あれは誰だ?」


「知らねえ。俺は手紙に書いてあったことを実行しただけだ」


「通話の内容は?」


「この廃屋に向かえ、と。ただそれだけだ。声も機械音声みたいだった」


 報酬金は振り込んでくれるが、顔も名前も自分を特定するような情報一切を明かさない人物。霧の発生に絡んでいる可能性は高いと思われるが、その目的も手段も現状不明だ。

 共犯者とみられるこの男からも、主犯格として指令を出していた人物に繋がりそうな手掛かりは見えてこない。


 さてここからどうすべきか……ギルバートが思案していると、ふと気がついた。


「そういえば、あいつはどこ行った? あの初心者丸出し操獣士は?」


 そう言われてセピリアも辺りを見回すが、さっきまでその辺にいたはずのアユムの姿贖い。どこへ行ったんだろう?


「確かにアユムくんがいないわね。ずいぶんアクエラのことが気になっていたみたいだけど……。あーそれはそうとギルくん。いくら一人で手柄を上げたいからって、隠し階段の入り口を閉めるのはやりすぎよ。おかげで無駄に時間かかったんだから」


「は? 俺はそんなことしてないぞ」


「嘘おっしゃい。私たちが来たときは階段の入り口が巧妙に隠されていたもの」


「あのさ。俺はこいつを追跡してたんだぞ。んな無駄なことしてる暇あるわけないだろ」


「確かに考えてみればそれもそうね。……じゃあ、あれはどういう……?」


 そこまで考えてセピリアははっとした。自分としたことが、重大な可能性を考慮していなかった。もしも彼女の想像通りなら、今のこの状況はまずい。

 アユムの姿が見えないことから、ひょっとして彼は……。


 だが、もう遅かった。

 広場に通じていた通路の方から地鳴りのような音が響いてきたのだ。

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