第32話 隠し階段の先

「あいつは俺が廃屋に来た時にはすでにいなかった。俺もあいつを探して屋敷の中を探索していたんだ」


 アユムが廃屋に入ってからの経緯を聞いてから、セピリアは考える。

 ガセネタを掴まされていた――? だが、セピリアからしても確かな実力者であるギルバートを誘拐・監禁した上で偽の情報を流してくるとは、少し考えにくい。犯人がそれほどの実力者なら、わざわざこんな回りくどいことしなくても、霧に紛れて闇討ちすればいいし、廃屋に招き寄せるなんてあまりに非効率だ。

 セピリアに連絡を送った時点ではギルバートは犯人と共に、この廃屋にいた。しかしその後、何らかのトラブルがあって姿を消した……そう考えた方が筋は通る。


 アユムは足元でアクエラがつぶらな瞳をうるうるさせて、こちらをじっと見つめていることに気がつく。気を許したアユムに、何かを必死に訴えているようだが、カーぼうみたいに言葉が話せるわけでもないし、イトミクみたいに角で感情を表現してくれるわけでもないので、アクエラが何を訴えたいのかよくわからない。

 意図をくみ取ってくれないアユムに業を煮やしたのか、アクエラはぴちゃぴちゃと飛び跳ね始めた。


 アクエラの不可解な行動を観察していた、セピリアはもしや……と思いつく。

 彼女は結晶石からレムレスを召喚させる。小型の飛竜型レムレス、ドラクンである。黒に近い緑色をしていて、背には小さいながら飛行用の翼が生えている。

 セピリアはアクエラの足元の床を指さして、ドラクンに指示を出す。


「ドラクン。そこの床に《ファイアボール》よ」


 鍛えた練度の違いだろう、カーぼうのそれよりも一回り威力の強そうな火球の礫が廃屋のすっかり朽ちた床に炸裂した。すると、どうだろうか。床板がはじけ飛び、隠されていた地下への階段が姿を現したのである。


「ビンゴ! ギルくんはきっとこの先ね」


「隠し階段って……マジか! なんでわかったんだよセピリア」


「そのレムレスがぴょこぴょこ跳ねていた辺りだけ、よく見ると汚れ方が周囲と違ったのに気がついたの。でも、今一つ腑に落ちないわね」


 隠し階段を発見したのはいいが、疑問は晴れない。ギルバートが犯人を追って、階段を通っていったとすれば、なぜ、入り口が閉まっているのか。犯人を追いかけるときに、そんな面倒な小細工をわざわざするとは思えないし……。なんにせよ、この先はより気を引き締めていくべきだろう。ノービスランクのアユムにはここで番をしてもらった方が安全かもしれない。ふとアユムの方に視線をやると、彼は普通に躊躇なく階段降りて行くところだった。慎重に策を練っていたセピリアが唖然としているのを見ると、アユムはのんきな顔していった。


「おういセピリア~。早く行こうぜ~っ」


 などと何も考えてないような顔でアユムがさっさと階段を下りていこうとするので、セピリアはドラクンを結晶石に戻し、猛然と階段を駆け下りて、アユムの後頭部にハリセンのごとくひっぱたく。


「あのねぇ、キミ! 今、どういう状況かわかってる!?」


「いってえなぁ、もう! いきなりどつくことないだろ!」


「バカ! 敵陣はもう目の前なのよ? 警戒するのが当然でしょ?」


「敵陣って大げさな……。ギルバートはもう先に進んでるんだし」


「なんであんたがそんなに暢気にしてられるのか理解できないわ。言ってみりゃ、私たち、今から敵のアジトに乗り込むのよ。罠の一つや二つ仕掛けられていたって、何も不思議じゃない。迂闊うかつな行動は身を滅ぼすのよ。そこんところわかってる?」


「うっ……わ、わかったよ。わかりましたよ」


 矢継ぎ早なセピリアの物言いを受け、アユムはすっかりタジタジであった。もともと根暗気質の彼は口げんかの類いが苦手であり、このように相手から強く押されると、すごすごと従ってしまう癖があった。まぁ今はランク的にもビギナーのアユムはシルバーランクのセピリアの部下的な立場だしそう間違ってはいない。


 一方、セピリアはこの廃屋に対してますます不信感を募らせていた。


「……変ね。これだけ騒いだら、少しは何かしら反応がありそうだけど」


 あまりに不自然。いくら人気のない廃屋といっても、先んじて奥の方へ進んでいるはずのギルバートはなぜ何も反応しないのか。……反応できない状況にある? 嫌な予感がセピリアの脳裏をよぎる。実力があるとはいえ、彼もまたアユムと同じノービスランクの操獣士である。ユニオンも手を焼くほどの濃霧を発生させるような犯人相手に無事でいるという保証はないのだ。


 背後を急襲されないようにセピリアが殿しんがりを務める形で、二人は慎重に隠し階段を降りて行く。階下の空間はセピリアが予想していたよりも随分広い。単なる家屋の床下というにはあまりに広く、暗くてよく見えないが、大分先の方まで続いているらしい。一体この廃屋は何なのか。セピリアの疑問がまた一つ増える。セピリアはダメもとでギルバートに連絡を取ってみるが、そもそも電波の受信圏外にある様で、ライセンスカードによる通信はできなかった。


 階下の広間を慎重に進んでいくにつれ道幅がだんだん狭くなってくる。廃屋の隠し階段の先はどうやら洞窟に繋がっていたようだ。洞窟の道は分かれ道もない単調な道になっていたのが幸いである。アユムが壁に触ってみると、ほんのり湿っており、壁のあちらこちらに光る石が露出していた。不思議な蛍光色の石についてアユムが尋ねると、セピリアが教えてくれた。この発光している石は空気中の魔素を取り込む性質があり、夜光石やこうせきと呼ばれている。暗がりを照らしてくれるため、旅人も重宝している石で、純度の高いものはそれなりにいい値段がするそうだ。


 金欠のアユムは夜光石を採掘して当面の資金に変えようと思ったが、セピリアが無言のままじとーっとした目つきで見つめてきたので、やめておくことにした。

 ……それにしてもギルバートたちはどこへ行ったのだろうか…………。

 その時、突然――二人の前方から大きな炸裂音が響いてきた!

 衝撃で洞窟内が揺れるほどの音に、二人は顔を見合わせる。


「な、なんだ!? 今の!?」


「わからない。とにかく、急ぎましょう! 音がしたのはすぐ近くよ!」


 二人が走っていくと、すぐに大きな広間に出た。相変わらず洞窟の中だが、広間には暗闇で発光する性質を持つ夜光石の塊があって、広間をほの明るく照らしていた。


「はっ。遅かったじゃねーか」


 ギルバートがコガラスを結晶石に戻しながら不遜につぶやく。先ほどの炸裂音は彼が発動した呪文札によるものだったようだ。

 ギルバートの前に這いつくばるようにして、一人の男が倒れていた。男の手には結晶石が握られており、ここで操獣士同士の激しい戦闘があったことを物語っていた。


「片はついた。あとはこいつをしょっ引くだけだから」


「ちょっと待って。ちゃんと説明してちょうだい。この男は誰? 霧の原因については?」


「……ちっ、面倒だな」


 ギルバートは髪の毛をぽりぽりと掻きながら、あからさまに不機嫌な顔をしてこれまでの状況について説明する。


 一人調査に出かけた彼は、ニバタウンに発生している濃霧について、その原理こそ不明だが、何らかの意図があって発生しているものと考えた。


 濃霧による影響を最も受けているのは……と考えた時、駅舎が思い浮かんだ。

 ニバタウンは近年の鉄道交易によって発展してきた経緯があり、列車が運休してしまったことで街のユニオンも動く事態になっているくらいである。


 何か手掛かりとなるものがないかと駅舎に向かったギルバートは、駅員から不審人物についての情報を得る。駅員が言うには、その男は最近駅舎周辺で用もないのにあちこちをきょろきょろと見回し、何もすることなくいつの間にか帰っていくのだという。

 駅員も不審に思ってはいたものの、特段何か悪さをするわけでもなかったので、そのまま放っておいたという。


「それで……その駅員さんの話だけで、その男を濃霧を発生させた犯人だと?」


「ったく、話は最後まで聞けよ」


 ギルバートもその時点では事件の関係者だと思ったわけではない。だが、そうだとしても不審な人物には変わりない。そこで、ギルバートは駅員に事情を話し、駅舎内の様子を隠れてずっと見張っていた。

 列車が来ない駅舎に立ち寄る人間はほとんどいない。駅員が一人寂しく駅舎を掃除しているのを見ているだけの時間が過ぎていく。そんな時、件の男と思われる人物が姿を見せた。

 外見から二十代前半と思しきその男は、駅舎のあちこちを落ち着かない様子できょろきょろと見回すと、やがて満足したのか忙しなく駅舎を出て行った。物陰でこっそり観察していたギルバートも男の挙動が気になって、後をつけることにした。


 気取られないように距離を取りながら男を尾行すること数分。男はやがて人気のない広場まで来ると、ポケットから小型の通信端末を取り出し、誰かと連絡を取っていた。

 彼はよほど興奮していたのか、付近に人の気配がないことに安心していたのか、離れていたギルバートにも聞こえるくらいの声量だった。

 断片的に聞こえてきたのは『依頼は果たした』『報酬はいつになる?』『手筈は整っている』などとという台詞であり、ここからギルバートは男が何らかの事件に関わっている可能性が高いと考えた。街の濃霧に直接関わっているかは不明だが、このまま捨ておくにはあまりにも怪しげな要素が多すぎるのである。

 やがて端末による連絡を終えると、男は小走りに駆け出した。ギルバートもその後を追っていくと、この丘の上の廃屋に辿り着いた、というわけである。


「ざっと、こういうわけだ。ひとまずふん縛ってから、色々聞いた方が早いと思ってな」


 ギルバートは男が廃屋に入ってからも尾行を続けていた。霧のおかげもあって、バレずにすんだのが幸いだった。とはいえ、のこのこ男の後をつけてきたはいいものの、言ってみれば廃屋は敵のアジトみたいなもの。罠が仕掛けてあったり、共犯者の存在も考え、念のためセピリアに連絡を取った。


「犯人を見つけたから、丘の上の廃屋に来いって連絡はそういうことね。にしても、もうちょっと説明のしようがあったんじゃない?」


「隠し階段の先へ向かう所までは良かったんだが、どっかのバカが派手に騒ぐせいで、流石に俺の尾行もバレちまった」


「ぐっ……それは本当にすみませんでした」


 尾行を続けていたギルバートだったが、廃屋にやって来たアユムたちが派手に捜索を始めたもんで、男もギルバートに気がついてしまい、戦闘になった。


 だが、ギルバートのデュエルの実力はセピリアの折り紙付きだ。呪文札で強化したコガラスの術技によって、文字通り一瞬で勝敗は決した。


「ギルくんの経緯についてはわかったわ。……それで、結局この人は何者なの?」


「それはこれから聞くところだ」

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