第25話 霧の町

 林道の中で方向がわからなくなってしまってすっかり迷子に……なんていうマンガみたいな展開にはならなかったのは幸いだった。林道を抜ける途中で何度か野生のレムレスと出くわして戦闘になったが、マリー&イクシリアの激しい特訓を思い出せば大した敵でもない。カーぼうとイトミクには肩慣らし程度である。


 特にこれといったハプニングもなく林道を抜け、アユム達はニバタウンに到着した。


 天気は小雨が降っていて、濃い霧が出始めているようだった。

 鉄道の駅があるだけあって、ニバタウンはフォルトの街に比べると随分都会だ。町の通りを歩く人達の身なりも芋っぽくない。天気さえよければ、観光しても良かったなと思う。


 街の玄関口となる広場にある案内板を確認する。

 案内板には『ニバタウン ~ きてきの こだまが はこぶまち ~』という街の標語が載っている。広場から鉄道駅まではそれほど離れていないらしく、ここから見える商店街を抜ければすぐのようである。

 電車がどれくらいの頻度で来るのか、時刻表がないからわからないが、雨も降り始めているし、アユムはさっさと駅に向かうことにした。

 その道中、肩に乗っていたカーぼうが口を開く。


「ねぇアユム。この街なんかすごい霧が濃くないか?」


 案内表示に従って駅の方へ歩いているのだが、さっきから妙に霧が濃い気がする。街の外、林道を歩いていた時はきれいに晴れていたのに、ずいぶんな変わりようである。


「言われてみれば確かに霧がすごいね。なんか妙に薄暗いし……」


 小雨が降っているのも相まって、まるで町全体が雲の中にすっぽり覆われてしまっているようだ。深い霧で薄暗いせいか、大通りを歩く人は皆一様に俯いていて表情もどこか暗い。時間的にはまだ昼だというのに、暗さに反応して点灯する街灯の明かりがついていた。

 霧の中でぼんやりと光る街灯は、ホラー映画の雰囲気を思わせる明かりで不気味である。


「おっとごめんよ!」


「わわっ……すみません」


 横路地から出てきた人に気づくのが遅れて肩がぶつかってしまい、平謝りするアユム。

 ぶつかった人は気にすることなくさっさと歩いて行った。濃霧のせいで視界がかなり悪くなっている。気をつけて歩かないとまた人にぶつかりかねない。


「なんか不気味な街だな。さっさと次の街に行った方が良さそうだぞアユム」


 カーぼうがすれ違う人に聞こえないくらいの小声でそっと耳打ちする。

 始めて来た町に少し浮かれていたアユムだったが、カーぼうが言うように余計な寄り道しないで早くオウカシティへ行った方が良いかもしれないと思った。


 霧の向こうにほの光る駅の明かりへ向けてアユムは足を速めた。


   ◇ ◇ ◇


 薄暗闇の町を歩くこと数刻、程なくして駅に着いた。マリーの話によれば、ここからオウカシティ行きの列車が出ているらしいのだが、駅の中はどうも人通りが少ない。列車を利用する人はあんまりいないのだろうか……?

 少し不審に思いつつも、アユムは切符売り場へ向かった。

 券売機の上には運賃表が書いてあって、そこに書かれている文字はアユムが知らない文字だったが、不思議と書いてあることの意味が読み取れた。

 ただし、文字の意味が理解できるだけで、物価知識に乏しい彼には、運賃が高いのか低いのかよくわからなかった。

 運賃表によると、ニバタウンからオウカシティまでは1000ルッツかかる。マリーが旅立ちにと持たせてくれた路銀が5000ルッツ。所持金の2割と考えると結構高いんじゃないだろうか。お金はもちろん無限じゃないし、かなりの貧乏旅も覚悟して慎重に使わないといけないな……。


 券売機の前で料金表を眺めていると、駅員が近づいてきて声をかけてきた。


「すいませんお客さん。ひょっとして列車に乗るつもりでしょうか?」


「はい。そうですけど……」


 駅員は困った顔をして話す。


「やっぱりそうでしたか。運賃表を見つめてらしたので、そうかと思いました。実は現在列車は運休なんですよ」


「列車が運休!? 事故でもあったんですか?」


「事故というわけではないんですが……。お客さんもここまで来てご存じでしょうが、現在、濃霧の影響で信号がかなり見えにくくなっているため、列車を走らせるのが危険な状態なのです。大変申し訳ございませんがご理解ください」


「列車がいつ動くようになるか、今はまだわからないんですか?」


 駅員が窓の外を見つめて苦い顔でつぶやく。


「……ええ。霧が晴れないことには動かせません。実はもう三日近く、この霧のせいでずっと運休状態なんです。原因調査をユニオンに依頼しているのですが、なかなか解決しなくて、私共も困っております」


「三日……って、この町ってそんなに頻繁に霧が発生するんですか?」


「もともと霧がちな地域ではありますけど、こんなに濃霧が続くのは珍しいです」


 霧が晴れないことには安全上の点から列車を動かすことはできないともう一度、念を押すように説明すると、駅員は自分の持ち場に戻って駅舎内の清掃作業を再開した。


 さて困ったのはアユムである。ここからオウカシティに行く予定だったのに、肝心の列車が運休となってしまってはどうしようもない。地図を見るとニバタウンから歩いて行くには遠すぎるし、土地勘の無いアユムにはちょっと現実的ではない。なにしろオウカシティは寝台特急に一日乗ってやっと着く距離なのだ。ワゴンセールの駅弁でも買って、のんびり電車旅を期待していただけに、まさに立ち往生でどうしたものかと思い巡らす。


 アユムが思案していると、カーぼうがひょっこり顔を覗かせた。列車が運休していることもあって、周囲には誰もいなかった。


「ねぇアユム。駅にいても列車が動くわけじゃない。ここは情報を集めにユニオンへ行ってみるってのはどうだい?」


「ユニオン……。そういえば駅員さんも霧の調査を依頼してるって言ってたし……そうだね、行ってみよう。何かわかればいいんだけど……」


 霧が晴れないことには列車が動かないし、足止めをくっている現状では他に行くべきところもない。

 アユムはひとまずユニオンへ行って、情報収集することにした。

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