第23話 幕間


 アユムの背中を送りながらマリーは、小さくため息をつく。

 ガラにもなく一抹の寂しさを感じてしまった自分を隠すように、半ば強引にアユムを旅へ送り出した。基本的にドライな性格の自分が他人の心配するなんて、せいぜい妹くらいのものだ。そういえばアユムも妹と年が同じくらいで、それで彼女の姿が重なったのかもしれない。最近全然連絡も寄越さないけど、元気にしてるんだろうか……。


 おっと、アユムの心配ばかりしてられない。

 マリーにはマリーのやることがある。

 アユムの背中が見えなくなると、マリーは腰に吊った結晶石を手に取ると、流れるような動作でイクシリアを召喚する。


「――いい加減、姿を見せたらどう? そこにいるのはわかってるわよ」


「……ほう。〝天眼の戦乙女〟の二つ名は伊達じゃないらしい」


 木立の影から、そいつはぬるりと姿を現した。

 

 得体の知れないそいつは、中肉中背で、すらりとした中性的な体躯をしている。目元以外を覆い隠すマスクを装着しているため、その表情は窺い知れない。まるでカメレオンみたいに、周囲の風景に溶け込む色彩の不気味な衣服を身にまとっており、そいつがスイッチらしきものを操作すると、再び衣装の色が周囲の環境に合わせて変化する。今は、闇に溶け込む漆黒色に変化している。操作一つで周囲の環境に合わせて変装できるなんて超技術はもちろん一般に流通しているものではなく、そのことが得体の知れなさを増大させていた。


 いつしか辺りの空気は針のむしろのように張りつめていた。


「……あなたは何者? いや、あなた達、ね」


「答える義理はないな」


「目的は? うちの弟子をつけまわすのはやめてくれないかしら?」


「無理な相談だ。ヤツは我が組織の計画の根幹と言っていい。すでに数名の部下を向かわせてある。邪魔な貴様を離してしまえば、ヤツ程度、取るに足らん」


「あの子を甘く見てると、痛い目見るわよ。それに……私がこのままあなたを逃がすと思う?」


「……さて、それは困ったな。頂上者を相手にするのは骨が折れる。……今はそんな暇はないしな。貴様の相手はまた今度だ」


「イクシリア、《影銃弾シャドーバレット》!」


 マリーが指さした箇所を、至速の黒弾が撃ち抜く。中心から撃ち抜かれた木々のいくつかが倒れていくが、黒衣の人物の姿は見つからない。

 イクシリアが念動力によるセンサーで感知するも、気配は感じられない。

 その場に残った僅かな魔力的残滓をもとに追跡しようとするイクシリアをマリーは引き留めた。イクシリアの頬にはいつの間にか、わずかな切り傷ができていた。


「深追いはよしましょう。何を仕掛けているかわかったもんじゃない。それに……イクシリア、あなたに傷をつけるほどの相手よ。油断しない方がいい」


 予備動作なしの《影銃弾》を回避するだけでなく、事前に攻撃の気配を察知し、影分身を駆使するイクシリアに攻撃を当てるのは並みの技ではない。アユムの特訓の時とは違って、マリー達も手を抜いていたわけではない。

 敵の手札が不明瞭なこの状況で、安易な追跡は危険だとマリーは考えた。


 そもそも――アユムと出会った場所自体が異常なのだ。


 レムレス協会こと、レムリアル・ユニオンは力不足の操獣士が危険な場所へ行って事故に遭わないように、様々な配慮をしている。そのうちの一つが操獣士ランクによる立入制限である。高レベルのレムレスばかりが生息している世界樹の麓などは最たるもので、初心者操獣士が無許可で立ち入れないように、ユニオンが結界を施している。一定ランク以上の操獣士ライセンスを持っていることで、結界が自動で解除され、一定の水準に満たないものは、見えない壁に阻まれるように結界の中へは入れない。

 ユニオンによって厳しく管理されている土地はダンジョンと呼ばれ、この地方にいくつも存在するが、アユムが倒れていた黒の樹海もそのうちの一つ。

 しかも危険度最高ランクの五つ星。マスターランクの操獣士にしか立入を許されていない禁則地である。 

 そんな場所に倒れていたこと事態、おかしいことだ。操獣士ライセンスを持っていないアユムはどうやって結界を突破したのか? 


 マリーもずっと考えていたが、現実的に思いつく可能性はおおよそ一つ。


 ――手引きする者の存在。


 マスターランク級の操獣士の手引きがあれば、結界が貼られた禁則地の中に入ることは可能だ。そして……黒の樹海にいた時から、こちらをずっと監視していた謎の人物の存在。単独での行動とは考えにくいし、大きな組織が水面下で何らかの計画を進行しているんじゃないか……事はマリーが思っていたより面倒な事態になっているのかもしれない。

 マリーの読みでは奴らが目をつけているのはアユムではなく、ルビー:カーバンクルの方。絶滅したはずのレムレスが、禁則地から飛び出してくるなんて状況、とても偶然などでは片づけられない。裏で糸を引いている人間が必ずいるはずだ。

 アユムには最低限の自己防衛策を授けたつもりだ。念のため、もう一つの予防策も打っておいたが、どこまで機能するかは未知数だ。

 敵がマリーの前に姿を見せたことにも何らかの意図があってのことだと思っておいた方がいい。野生のギアノロイドが不審な暴走をしていたこともある。警戒しすぎということはないだろう。奴らの狙い・目的も現時点でははっきりしない。

 手掛かりが少ない現状では、各地を回って情報を集めつつ、相手の出方を伺うしかない。


「さて……弟子のためにも、一仕事始めるとしますか」


 マリーは腰に吊ったホルダーの結晶石を握りしめると、白衣を翻し、召喚したレムレスに飛び乗った。

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