第9話 戦闘! ルビー:カーバンクル!

 マリーはアユムに空の結晶石をいくつか袋から取り出して手渡す。


「私の研究を手伝うなら、せめてまともにレムレスと契約できるようになってもらわなくちゃね」


「契約……って、それならもうイトミクと済ませたぞ?」


 結晶石を使って契約の祝詞を紡ぐことで、レムレスと契約できるのだ。アユムは先刻イトミクと契約を結んだばかりだし、レムレスの契約法はすでに知っている。あらたまって同じことをさせようとするマリーを疑問に思った。


「あれは極めて特殊な契約よ。普通はあんなにあっさり契約締結できない。イトミクははじめから君にすっかり懐いていたし、スムーズに契約できるのも当然ってものよ」


 マリーの言うように、イトミクは契約する前からアユムのことを慕っていたし、もとより彼に仲間意識を持っていた。野生のレムレスがこれほど人間に心を開くことは稀で、契約するにもまずは、相手に自分の力量を認めさせないといけないのが常なのだ。だが、記憶喪失で、レムレスとまともに契約したことがないアユムにはぴんと来なかった。


「試しにさっきイトミクと契約したようにやってみなさい。その結晶石は君にあげるから」


 マリーにそう言われて、アユムはルビー:カーバンクルと対峙し、結晶石を握りしめた。


「わかった。――我が名はアユム。我が願いに応え、古の盟約を結び給え」


 祝詞をつぶやいた瞬間、結晶石が光を放ち、ルビー:カーバンクルは石の中に吸い込まれていく。結晶石を通して、魔力がアユムの中に入ってくる。……しかし、やがて石の光は弱まり、ルビー:カーバンクルを封印するはずの結晶石は無残に砕け散ってしまった。


「契約の失敗――ね。レムレスとは無条件に契約を結べるわけではない。相手が契約を拒絶すれば石は砕け散るし、それだけじゃない」


 レムレスは結晶石に封印されることで人間と契約を結ぶ。それはすなわち、契約者である人間と魔力で結ばれた主従関係になるということ。祝詞を唱えることで一旦はレムレスを結晶石に封印できる。だが、それはいわば仮の封印であり、人間と主従関係になることを望まず、契約を拒むレムレスが内側から結晶石を破壊してしまうことで封印は簡単に解けてしまう。結晶石を破壊して封印から逃れたレムレスは、人間を見限ってその場から立ち去るか、もしくは――。


「あちっ! 何すんだよカーバンクル!」


 結晶石の光から解放されたルビー:カーバンクルは口から小さな火の玉をアユムに向けて放出する。火の粉がわずかにアユムの袖にかかり、花火を当てたような熱が左腕に走る。


「油断しないで! 契約に失敗したレムレスはこちらを反撃してくることもあるのよ」


「にしたってお前、不意撃ちとかヒキョーだぞ!」


「へっ。甘いこといってんなよな。オレだってザコにやすやすと捕まるつもりはないのさ!」


「彼の言う通りよ。野生のレムレスとの契約はそんなに簡単じゃない」


 これは確かにイトミクと契約できた時とはまるで違う。どこまで本気なのかは不明だが、カーバンクルの攻撃を受けて、アユムは目の前の相手に集中するため意識を切り替える。


 祝詞を紡いでも封印できない。どうすればいい。イトミクとの契約の時は結晶石から流れてくる魔力をどうにか制御することができたが、今回はそうもいかない。ルビー:カーバンクルが結晶石の封印を無理矢理に壊してしまうのだ。マリーから貰った結晶石にはまだ余裕があるけれど、このまま封印しようとしても同じことだろう。

 考えてる間にもカーバンクルはステップを踏みながら、拳大の火球を次々と吐き出してくる。速度は目で見てかわせる程度だが、このままではらちが明かない。


 アユムが次の手を思いつけずにいると、マリーは自分の結晶石を手に取り助言する。


「やること自体は単純よ。前にも説明したように、結晶石の契約は言うなれば魔力の綱引き。契約に応じないレムレスには、こちらの力を見せつけてやればいい。イトミクを出して戦いなさい。自分の方が強いんだって、カーバンクルくんにわからせてやるのよ」


 契約は魔力で綱引きをするようなもの。相手の体力が無くなってくれば当然、綱を引く力も弱くなる。理屈はわかったものの、アユムにはどうも気が進まない。嫌がるレムレスを力で無理矢理従わせる……何様のつもりだと思った。自分にそんな傲慢な権利はないと思うし、イトミクを無理矢理戦わせることになるのも気が引けた。

 だけど、やらなきゃやられる。契約に失敗したレムレスはこちらを攻撃してくることだってある。今は練習だと頭ではわかっているが、いざルビー:カーバンクルの攻撃を受けた時、心臓がきゅっと縮むような恐怖を感じた。目の前に相対しているルビー:カーバンクルは子犬のような見た目でそんなに怖そうではない。だけど人間よりもずっと強力な力を持ったレムレスなのだということをあらためて思い知らされた。

 だが、記憶をなくしているせいで常識を忘れてしまった自分の感覚の方がおかしいのであって、マリーが言うように、レムレスを使役し、戦わせることはきっと当たり前のことなのだ。イトミクはカーバンクルみたいに会話できるわけじゃないから、ホントのところどう思ってるかなんてわからない。マリーの手伝いをするなんて安請け合いしてしまったけど、もしかすると自分はとんでもない世界に足を踏み入れてしまったのかもしれない。


 そんなことを考えつつも、覚悟を決めたアユムは腰の結晶石に手を触れた。


「やるぞ、イトミク! 小生意気なカーバンクルを蹴散らしてやる!」


 召喚されたイトミクの角が強く発光する。アユムの気持ちに応えて、イトミクもやる気充分の様子である。二人の様子を見て、カーバンクルはニっと不敵に笑ってみせた。


「オレはそう簡単にはやられないよ。かかってきなっ!」


 そう言うとともに跳躍したカーバンクルが、イトミクに向けて火球を撃ち出す! 口から放たれた火球は先ほどより大きく、威力も高そうで、みすみす食らうわけにはいかない。


「念力で跳ね返せ!」


 アユムの指示を受けたイトミクが頭の角から念力を放出して、カーバンクルの火球を受け止める。そればかりか、そこからサイコパワーの出力を高め、重力に反する軌道で火球を跳ね返した。だが、跳ね返された火球がカーバンクルに直撃すると思われた瞬間。


 カーバンクルは滑らかな動きで跳ね返された火球をかわしてみせる。

 アユムも今までずっと忘れていたが、ルビー:カーバンクルの背中には二枚の小さな翼がついている。威嚇いかく用かと思っていたが、ちゃんと空も飛べるらしい。


「お前……飛べたのか……!」


「へん。この翼は伊達だてじゃないってことさ」


 しかし長くはたない。カーバンクルの翼は鳥のように長時間の飛行に適したものではない。あくまでちょっとの間、浮ける程度のものなのだ。

 それからカーバンクルは角度を変えながら3つの火球を放つ。さっきのよりも小さいが、数が多い。イトミクは念力で応戦しているものの、今のところ防戦一方だった。


 少し離れた所でマリーはこの戦いを微笑ましく見守っていた。自分も初めてレムレスを手にした時こんなだったなぁ、なんてしみじみ感慨にふける。

 彼女の目から見て、今のところ優勢なのはルビー:カーバンクルの方だ。


 レムレスには生存本能なのか野生の本能と言うべきか、戦う力が備わっている。誰に教えられたわけでもないのに、状況を判断して的確に《術技スキル》を使ってくるのだ。

 あの《ファイアーボール》、火炎属性でもないのに野生にしては結構な威力である。たぶん契約したばかりのイトミクよりもレベルが上なのだろう。単純な力量ではルビー:カーバンクルの方が上だ。一方のアユムは《術技》を指示するわけではないから、イトミクの力を充分に引き出せていない。イトミクの念能力で向かってくる単純な力任せに火球をいなしているだけで、あれでは《術技》とはいえない。その証拠に、跳ね返した火球のほとんどはルビー:カーバンクルにかすりもしておらず、決定的なダメージは与えられていない。

 このままではジリ貧……イトミクのスタミナが尽きるのもおそらく時間の問題である。

 レムレスの同士の戦いでは《術技》をいかに効果的なタイミングで使うかが重要なのだ。

 だが、レムレスに関しての知識がほとんど欠如している今のアユムに、そんなセオリーがわかるはずもない。このまま事態が膠着こうちゃくすれば先に倒れるのは恐らくイトミクの方だ。


 愚直に火球をいなし続けるうちに、アユムもこのままでは埒があかないと思う。

 火球を跳ね返しても、宙を飛んでかわされる。ならどうすればいい……? スピード自体はそれほどでもないが、飛行による三次元的な動きも加わって、イトミクとルビー:カーバンクルの機動力には大きな差がある。


 イトミクの能力自体はこれまでの攻防でおおよそ把握はできた。念力はかなり使い勝手が良い。力の方向や強さを自在に変えることができる。ただそれにも一定の法則があるようだ。イトミク本人から離れれば離れるほど念による力は弱まるし操作が大雑把になるが逆に近ければ近いほど強くなるし操作しやすい特性がある。


 アユムもただバカみたいに火球を返し続けていたわけではない。彼なりに反撃の糸口を探して、イトミクとルビー:カーバンクルの両者を観察し続けていた。ルビー:カーバンクルの攻撃を封じ、同時に相手に手痛い一撃をくらわせる奇策を一つ思い浮かんだが、タイミングが重要だ。


 一瞬でもいい。ヤツの隙を突くことができれば……!


 隙を作る技と言えばアレだけど……、漫画ではよく見かけるけど現実にやって成功するのか疑問だ。だが相手はレムレス。アユムの思い付きが通用する可能性はゼロじゃない。

 思いついた作戦を試すべく、アユムは右手の人差し指で宙を指さし、声高に叫んだ。



「……あ!UFOだっ!」



 もちろんアユムの示した方向にUFOなどいない。ギャグ漫画とかでよくあるお決まりの手法なのだが、果たしてレムレスに通じるのか!?


 ルビー:カーバンクルは呆れたジト目で宙を指さすアユムを見つめる。この人間はアホか? やっぱりアホなのか? いくらなんでもそんな見え透いた嘘に引っかかるわけないじゃないか。舐められたもんだ。あいつ、絶対レムレス、というかおれ様をバカにしてるんだ。そうに違いない。


 ……よし、目にもの見せてやる! 特大ファイアーボールを食らいやがれバカ助め!


 ルビー:カーバンクルが立ち尽くすアユムに向けて、威力を高めた火球を撃ち出そうとした――その時。

 あまりにアホすぎるアユムの行動によって、この瞬間、彼の意識から消えていた存在。ルビー:カーバンクルの背後に回り込んでいたイトミクが頭の角を発光させる。


「今だ!」


 アユムの指示と、イトミクの技のタイミングがぴったり重なる。

 ルビー:カーバンクルが火球を撃ち出す寸前、イトミクは持てるサイコパワーを最大限に放出して、強引にルビー:カーバンクルの口を閉じた。


 対ギアノロイド戦で見せた念力による防壁をカーバンクルの口に瞬間的に発動させたのである。結果――威力の高まった火球はルビー:カーバンクルの口内で暴発する!


 爆音がぜ、周囲に煙が舞う。


 完全にしてやられた。ルビー:カーバンクルはまんまとアユムの奇策にはまり、ゲホゲホと咳き込む。不意打ちだったために、ダメージも大きく、大技を撃ち出す寸前だったため、反動ですぐには動けない。アユムの一手で形勢が一気に入れ替わった。


 この攻防を見ていたマリーは絶句していた。レムレスの戦闘に関してはずぶの素人丸出しのアユムが、まさか自力で《リフレクション》を編み出すとは思わなかったのだ。

 イトミクの深化形であるジャナクが使うならまだわかるが、イトミクが……しかも、おそらくまだ低レベルの状態で使いこなせる技ではない。

 奇襲攻撃をまともにくらったルビー:カーバンクルは体力の低下が著しく、動きもかなり鈍くなっていた。アユムとイトミクはこの機を逃すまいと、畳みかけるように攻撃の手を緩めない。周囲の落下物を念力で次々とカーバンクルにぶつける。まるでエアガンの連射である。体力が低下した今、全てをかわすことはできない。ルビー:カーバンクルの足元がぐらついた瞬間をアユムの目は逃さなかった。


「チャンスだイトミク! あいつを念力で真上に投げ飛ばせ!」


 イトミクもサイコパワーの多用で体力的に厳しい状況だったが、アユムの声に力を振り絞る。空中に投げ出されたルビー:カーバンクルに、アユムは空の結晶石を向けて祝詞を紡ぐ。


「――我が名はアユム。我が願いに応いて、古の盟約を結ばんとす!」


 結晶石から溢れる光がルビー:カーバンクルを包み込む。アユムは自分の中の活力が結晶石に引っ張られていくのを感じる。二人の間で魔力の綱引きが始まった。


 一回目はルビー:カーバンクルの体力が万全だったため、いとも簡単に封印を破られたが、イトミクの攻撃でダメージを受けた今、ルビー:カーバンクルは結晶石の封印を簡単には破れない。

 地面に転がっている結晶石が一回……また一回と強い明滅を繰り返す。結晶石が明滅する度、アユムは自分の力が石に吸収されるのがわかった。

 やがて一際大きく輝いたかと思うと、光の明滅は止んで、アユムはがくりと膝を着いた。

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