第6話

 俺は自然に意識が遠のき眠ってしまった。すると変な夢を見た。腰が痛くて病院に行ったら、年配の医者に「手首に注射をするから、その前に液化窒素で冷やしましょう」と言われた。そんな馬鹿なと、夢の中でも違和感を感じていた。すると、ふと自分のベッドで目が覚めた。いつもの見慣れた寝室だ。それと同時に腕をつかまれた。あ、ケイが家にいるんだ。何だろう。やっぱりゲイだったのかもしれない。一瞬、手首にひんやり冷たい物が触った。さらに、カチャっと音がした。

「え?」

 気が付くとケイが俺の足の上にまたがっていた。

「何⁉」

 俺は叫んだ。また固い金属が足首に当たって、カチャっと音がした。


 俺はあっという間に両手足に手錠を掛けられていた。

「え?手錠?」

 何かの冗談かと思った。さっきまで、ほんの子どもだったのに、急に何が起きたんだろうか。俺は気持ちの整理がつかなかった。

「ケイ君?」

「何でもないよ。この方がいいかなと思って」

 ケイは前と同じ子どもの喋り方だった。

「待ってよ!トイレも行けないだろう」

「大丈夫」

「大丈夫じゃないよ!」

「後でドラッグストアでオムツ買って来るから。おしっこしたくなったら言って。ビニール袋持ってくる。うんちは拭いてあげるよ」

「なんなのこれ?SMかなんか?」

「なんだろうね?今日から、お兄ちゃんは僕の奴隷だからね」

「はぁ?」

 ケイは手首の手錠と足首の手錠を別の金属のチェーンでつないだ。


「さっき、僕のこといやらしい目で見てたでしょ」

「見てないよ」俺は必死で反論した。

「お仕置きだからね」

「俺、腰が悪いからこういうのやめてくれない?」


 暗がりでケイはどんな顔をしてただろうか。俺には見えなかった。ケイは黙って淡々と俺の口をテープで塞いだ。でも、その感触が優しくていたわりを感じた。乱暴な感じはなかった。

 だが、鼻だけで息をすると苦しくて、窒息しそうになった。俺は喋ることもできなくないし、身動きが取れない。これは何かの間違いだ。ケイはふざけてるんだ。きっと外してくれるはず。俺は八割方、この奇妙なゲームがすぐに終わると思っていた。


 しかし、俺がケイ君の動画をネットにあげることはなかった。


 その時から、ケイが俺のスマホを使うようになった。そして、今は俺がネットに出演している。会員制の成人向けサイトだ。海外の人が見ているやつ。


 あの後、ケイは俺にネットバンキングのIDとパスワードを言うようにと脅して来た。俺は殺されたくなかったので正直に答えた。俺はなんだかんだ言って二千万以上の預金があったのだ。さらに、パソコンのトップページにショートカットを作っていたから証券やFXの口座もすべて抑えられてしまった。


 Lineや外部と連絡が取れるツールはすべて退会させられたが、もともと親しい人がいないから、連絡が取れなくても、家まで人が訪ねてくることはない。


 ケイになぜ俺がいつもビデオを回していたか聞かれた時、俺は正直にYouTubeに出すつもりだったと答えた。

 

「そう言えば、そういう稼ぎ方もあるな」

 ケイは無表情だから、何を考えているかわからなかった。

「君なら稼げるよ」

「やだよ!お兄ちゃんやれよ」

「俺のチャンネルは流行らなかったし、無理だよ」

「ゲイ向けのサイトがあるだろ?」

「みたいなおっさんを見たい人はいないよ!」

「そうでもないって。日本人は若く見えるからさ。こないだ見たんだけど、お兄ちゃんよりもっと不細工なやつが出てた。本当は殺そうと思ってたんだけど、命拾いしたな」    


 彼は冷酷だった。新幹線の中で無邪気にはしゃいでいたのとはまるで別人。あれは演技だったのだ。彼はごく普通の大人だった。字も読めてパソコンも使えた。実は中学からは学校に通っていたそうだ。誰でも入れるようなレベルの高校も出ていた。


 結局、俺がネットで稼げるという悪知恵を仕込んでしまったらしい。ケイは普段、俺に暴力を振るわない。飯もちゃんとくれる。ただ、いつも手元には、ナイフやスタンガンを持っているのだが。実際に切られたりしたことはない。


 俺は最初から彼に逆らう気なんてなかった。俺は階段を転げ落ちない限りは下に行けないのがわかっている。彼が俺を置き去りにしていなくなったら、俺は死んでしまう。


 彼は時々電話でお母さんに連絡をしている。なんだかんだ言って母親が好きらしい。話し声が物静かで優しい。今回のことも、母親の差し金だったようだ。末期がんは嘘だったんだろう。年を取って水商売で稼げなくなったから、二人で詐欺をやっていたようだ。そのうち、警察がうちに乗り込んでくるかもしれない。そしたら、俺は助け出されるかもしれないけど、こんな姿を誰にも見られたくない。


 俺は二人の会話を黙って聞いている。

「いや…この人全然金持ってなくてさ。金送れって言っても無理だよ。そっちで頑張ってよ。生活保護費あるだろ?」

 母親と話していると、必ず最後に金を送れという話になっている。彼は一度も送っていないらしい。

「一回送るときりがないからさ」

 彼は俺によく話しかける。俺は猿ぐつわをかまされているから、何も答えられないが、頷いたり首を振ったりする。


 彼は俺の金で服を買ったり、iPhoneやMacbook、スマートウォッチ、電子タバコみたいなのを買ってきて吸ったりしている。酒も飲む。食事の時は俺の傍らにいて一人で喋っている。

 または、延々とスマホをいじっているかだ。彼もまたリアルのない人なのだろうと思う。


「お兄ちゃんのことは今もいい人だと思ってるよ」

 ケイは優しい目をして言う。ケイに彼女はいないらしい。それも、俺が彼を信頼している理由の一つである。もし、女がいたら俺は彼に対して愛を感じなくなるだろう。


「いつ自由にしてくれる?」

 食事の時に猿ぐつわを外してくれるから、俺は尋ねた。

「そうだな。ファイヤーできるくらい金が貯まったらかな」

 でも、一人でどこかに行くのは嫌だ。いつしか、彼との幸せを夢にみるようになっているのに気が付く。

「今、いくらある?」

「教えない」

 

 ああ、そうか。

 こいつは、俺のことを何とも思っていないんだ。

 

 時々、心が折れそうになる。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

子ども部屋おじさん 連喜 @toushikibu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ