第4話

 彼が風呂から出る時にタオルを渡してやった。その時、ちらっと裸を見たら普通の男だった。当たり前だ。顔がきれいだから体はどんな風かと期待してしまっていた。ただ筋肉がほとんどなく、女性のようにほっそりしていた。しかし、彼に欲情できるかと言えば微妙だった。


 俺が服を脱ぎ始めると「一緒に入ろうよ」ケイが甘えたように言った。

「今度な」俺は気持ちが悪いので断った。しかし、ちょっと気の毒な気もした。子どもは同性の体に興味があるものだから仕方ないかもしれない。


「僕の〇〇〇〇ンどう?」

「どうって」

「大きい?」

「うーん。普通じゃない?」

「そっか」

「大きさじゃないから気にするなって」

「うん」

 俺は複雑な気持ちになりながら風呂に入った。


「スマホ見ていい?」シャワーを浴びていると脱衣室からケイの声がした。

「いや、待って!後で貸すから」

 俺はお湯で体を流しただけで、すぐにドアを開けた。すると、ケイがスマホを持ってパスコードを入れていた。

「ダメだよ!何回も間違うとロックしちゃうんだから」

 すると、ケイは一瞬顔をしかめると、頭を抱えて、サルのようにしゃがみ込んでしまった。どうやら怒られるのがダメらしい。きっと叔母さんに怒られたのがPTSDのようになっているのだろう。かわいそうだなと思いながら、俺はびしょ濡れのままケイの肩に手を置いた。


「ごめん。怒ってるわけじゃないから…でも、スマホって壊れやすいから、触らないで欲しいんだよ。YouTube見たかったの?」

「うん」

 ケイは幼い子供のように、泣きじゃくりながら返事をした。

「じゃあ、上でパソコンで見せてあげるよ。スマホは画面が小さいからね」

「パソコン?」

「うん」

「初めて?」

「うん!」

 俺ははっとした。ケイはテレビ以外のメディアに触れたことがないのかもしれない。

 

「うわーおっきいテレビ!」

 ケイはうちのテレビを見るなりそう叫んだ。

「まあ、そんなでもないけどね」

 多分、大きさとしては60インチくらいじゃないかと思う。ケイはリビングにあるテレビを見て大声を上げた。うちのリビングは20畳くらいで都内なら普通くらいの広さだ。そこに、よその家と同じような感じでテレビとソファーを配置していた。


「すごいなぁ!」

 確かにケイの実家のテレビはデスクトップパソコンのスクリーン並みに小さかったっけ。

「世界まる見えが見たい」

「ああ、やってるよ。月曜日の8時だよね?そうだ、あっちとちょっと番組が違うから…番組表の出し方わかる?」

「うん」

「これで好きな番組を見たらいいよ」

「やったー!うわーすごいなぁ。〇〇はやってないの?」

「うん、あれは地方だけの番組だからね」

「そっか…寂しいなぁ」

「でも、新しい番組をたくさん見れるからきっと楽しいよ」

「うん」


 俺はキッチンに立って、途中のスーパーで買ってきたサンドイッチを皿に出した。

「すごいね。テレビみたいだね」

「どこが?」

「これ、サンドイッチっていうやつ?」

「あ、そう。初めて?」

「うん」

「いつも何食べてたの?」

「うーん。カップラーメンとか食パンとか」 

「そっか」

 炭水化物ばかりじゃないか。健康状態が心配になって来た。四十歳までそんな食生活をしていたら、病気になってしまうんじゃないか。


「あ、そうだ。病院って行ってた?」

「一回も行ったことないよ」

「あ…そうなんだ。行ってみよう。今度」

 会った瞬間病気は困る。それも、ネタになるかもしれないが。しかし、本人にとっては、早めに健康診断を受けさせないとダメだと思った。

「誕生日いつ?」

「うーん。知らない」

「え?」

 とても信じられなかった。あ、そうだ!住民票に書いてるじゃないか!俺は急いで玄関まで転出証明を取りに行った。


 生年月日は昭和五十九年三月五日。現在、三十九歳だった。年よりはかなり若く見える。ぱっと見は三十歳くらいだろうか。


 年をごまかして…二十代にしようか。若い方が人気が出る。

 いや、ヤラセがばれてしまうと炎上するリスクがある。


 俺はその後、『ケイ君初めてサンドイッチを食べる』という動画を撮った。


 日本に住んでいて、こんな人がいるわけがないというクレームが入りそうだった。

「どう、ケイ君?」

「うん。こんなおいしいもの食べたことない」

「そっか、よかったね~」

 俺は泣きそうになった。俺の実家もひどかったが、ケイの場合は想像を絶するほどだ。もし、変な実家だったとしても、友達の家に行ったりしてよその家庭を見ることもできるだろう。

 でも、彼にはそれがなかった。友達が一人もいないし、兄弟もおらず、母親はネグレクト。まるで未開人を都会に連れて来たみたいだ。きっと俺の動画は流行る。俺はこぶしを握り締めた。リストラされて初めて未来に希望を感じられた。その後、ケイが見たがっていた番組が始まった。俺は隣に座って、イヤホンで音声を聞きながら動画編集を始めた。


 最初に出す予定なのは、俺が従弟を預かることになった経緯を説明した動画だ。俺は顔出しをしているから、スマホを前に独り語りしている。


『先月、会社をリストラされました。今五十代なのでもう仕事は見つからないと思います。これからは死ぬ気でYouTubeに取り組んでいきたいと思います』


 俺はもう何年も前からYouTube動画を取っているのだが、登録者が300人くらいしかいなくて収益化とはほど遠かった。YouTubeでの収益化の条件は、チャンネル登録者数1000人と、再生回数が直近の一年間で4000時間必要だ。ケイをネタにしたら、登録者1000人くらい余裕だろう。


『僕には小学校から引きこもりの従弟がいるんですけど、ケイ君って言います。今、四十歳です。その子をうちで預かることになりました。独身で一人暮らしなのに、そんなの無理じゃん、って思うかもしれないですけど、親せきを見渡しても他に預かれるところがないっていうことなので、取りあえずうちに来ることになりました。実はケイ君のお母さんは癌でこれから入院するので、ケイ君の面倒が見られません。そういう訳で僕が面倒を見ることになりました。ちょっと緊張してます。お母さんの病気のことはまだケイ君は知りませんが、うちで楽しく過ごせるようにしたいと思います』


 俺はケイが来る前に、彼を迎える部屋を動画にていした。


『ケイ君とはほとんど会ったことがないので、どんな部屋にしようか迷って結局何もしませんでした…好みがあると思うんで。本人が来たら一緒に決めたいと思います』

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