第3話

 俺がスマホで動画編集をしていると、京吾君が画面をのぞいて来た。

「スマホ見ていい?」

 本心では断りたかった。誰だってスマホを人に貸すのは抵抗があるだろう。

「いいよ。何がいいかな?」

 彼は子どもみたいなものだから、俺のLineを見たりはしないだろう。気前よく貸してやることにした。

「YouTube見てみたい!」

「ああ…そうだね」

「どうやって見るの?」

「見たことないの?」

「うん。テレビしかないよ」

「そっか…」


 俺は予備のために持っていた古いiPhone8で京吾君が人生で初めてYouTubeを見るところも撮影した。


 タイトルは『人生で初めてYouTubeを見る子供部屋おじさん』

 いや…やめとこう。視聴者の反感を買ってしまう。


『ケイ君、人生で初めてYouTubeを見る』よし、これにしよう。早く編集して投稿したいな…。彼なら絵になる。これから毎日投稿しよう。昼は京吾と遊んで、夜に編集するか…。


 俺はちょっと前に会社をリストラされて焦っていた。五十になったら転職先はほぼない。俺と同年代の人が半年で五十社に応募したと言っていた。あの会社で定年まで働くつもりだったのに…どんなにつまらない仕事でいいから、会社に残りたかったが、何を言っても駄目だった。俺は十分売上も上げたし、後輩の育成にも取り組んで貢献度は高かったはずだ。クビになった理由は給料が高いことと独身だからだろうと思う。両親が亡くなっていて、介護の必要もない。そのことは人事も知っていた。


 リストラされた時は、会社から給料三カ月分の退職金をもらった。うちの会社は中小だから退職金制度がなかったが、それでも厚遇してもらっていたようだった。


 俺は前の会社で管理職だったし、変な会社では働きたくないから、FXや株式投資をやってみたけど、金がみるみる減って行った。何をやっても損するばかりで全然プラスにならなかった。できればYouTuberとしてやっていきたい。そこで降って湧いたのが京吾を引き取るという話だった。だから、京吾を引き取ることに迷いはなかった。小学一年生から引きこもりで、世間とほとんど接点のなかった男を社会に同化させる。ちょっとほろりとさせられるようなドキュメンタリーにしたい。きっとバズるだろう。割と短期間で収益化できると思う。しかも、京吾が思ったよりイケメンだったから女性ファンがつくかもしれない。そしたら、ライブ配信で投げ銭を貰えるかもしれない。


 アイデアは無限にあった。これから彼に勉強を教えて、ある程度字が読めるようになったら夜間中学に入れてもいい。こういうのは話題になるだろう。もしかして、大手マスコミが取材に来るかもしれない。新幹線の中で俺は京吾とふざけながら、これからの方向性について考えていた。


 京吾はかわいかった。純粋で邪気が全くない。これほど素直な人を見たことはなかった。


「いつも夜は何時に寝るの?」

「1時半くらい。テレビが終わったら寝る」

「ちょっと遅いね」

「でも、テレビ見たい!」京吾がかっとなって言った。

「テレビって録画もできるんだよ。うちのテレビは録画機能があるからね。録画して朝見ようよ」

「朝はおかあさんと一緒をみるんだ!」

「うん。その後、好きな番組がない時にみたらいいよ」

 京吾は不服そうだった。

「朝は目覚ましで起きてるの?」

 俺は尋ねた。

「うーん。おきれる」

「目覚ましなしで?」

「うん。うち時計なかったから」

「時計ない家なんてあるの⁉」

「うん」


 仕事をしてなかったら時間は関係ないのかもしれない。

 今の子どもは幼稚園の頃にアナログ時計の読み方を覚えるらしい。彼には無理だろう。俺はスマホのデジタル時計を差し出した。

「読める?」

「5時30分?」

「おしい。15時30分だよ」

「いま、何時?」

「3時30分のことだよ」

 俺は24時間表示の時計の見方を教えてやった。

「うん」

 彼は嫌がらずにちゃんと聞いて、1日が24時間で、1時間が60分であることを理解した。幼児が何日もかけて覚えることを一瞬で覚えたことになる。頭のいい子かもしれない。


 俺はもう一度スマホを取り出して撮影した。

「ケイ君、時計の見方わかる?」

「うん。さっき、覚えた」

 あーあ。動画を撮り損ねてしまった。俺はがっかりした。これからはできるだけ長くビデオを回し続けよう。


 そして、東京駅の人込みには京吾も圧倒されていたようだ。何度も人にぶつかっていた。田舎丸出しだと思ったけど、それも微笑ましかった。


****

 

 こうして、何とか家に辿り着くと、俺は京吾を風呂に入れることにした。一緒に入って洗ってやるのも変だからどうしようかと思っていると、一人で入ると言う。

「一緒に入る?」と、京吾が尋ねる。

「いいよ。先に入って」

 俺はケイのために部屋着を準備してやった。ケイは身長が170センチくらいあって、ほぼ平均身長くらいだろう。痩せていてちょっと猫背だったから、もっと姿勢よく立てばさらにイケメンになるだろうと思った。背筋矯正ベルトを着けようか…。俺は本気で考えていた。

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