犯人は君だ。

光河克実

 私立探偵ボイドは窮地に立たされていた。殺害されたシンプソン・カーネギーの弟キース・カーネギーから遅々として進まない捜査と遂には二人目の犠牲者が出たことを罵られた為、売り言葉に買い言葉でつい

「事件の関係者をこの部屋に集めてください。」などと口走ってしまったのだ。そして今、この屋敷の各部屋にいた事件の関係者が一堂に集まって、誰が犯人なのか、ボイドの一言一言に固唾を飲んで聞き入っている。だが、残念ながらボイドも分かっていないのだ。


 今のところ、状況説明だけなのでさほど問題もなく進んでいる。質問も特にない。時折、主要人物の表をチラチラ覗いて確認する。

(えーっと、あの初老のご婦人が殺された富豪のシンプソン・カーネギー老人の奥方のジェニファー・カーネギー、その横がご子息で後継ぎのマクスウェル、それに文句を言ってきたシンプソンの弟で実業家のキース・カーネギー、その奥方がうら若きジュラルディン・カーネギー、その左側にいるのが会計士のキンバリー女史に召使のワグナー、ええと・・・さらに一番奥にいるのが・・・そう、チャールズ・リットン卿。全くどうしてこうややこしいのだ!いちいち登場人物の表で確認する身にもなってくれ!)

 とかなんとか思っている内にいよいよ謎解き、犯人の発表の下りになってしまった。(どうしよう。こういう場合、推理小説では一番意外性のある人物が犯人なのだ。となると。・・・・)ボイドは部屋の中に集った一同を見渡し腹を括った。

「皆さん。この中に真犯人がいます。」一同に緊張が走った。私立探偵の最大の見せ場でもある。

「犯人は・・・実に意外な人物。そう、それは・・・私の良き協力者、ロンドン市警のヘンリー警部、君だ!」

一同、驚愕しながら私の横で速記録をしたためていたヘンリーを見た。ヘンリーは「え。」とだけ小声で言った。

 ボイドはすかさず補足した。

「と、言ってもそれは、第二の殺人、つまりはジェームズ・ケント社長殺しについてです。何故なら我々はケント社長こそがシンプソン氏殺害の容疑者として最もマークしていた人物で、その後の足取りを追っていたのです。その主任がヘンリー警部でした。彼には殺害するチャンスも時間が誰よりも充分あったのです。」

 ヘンリー警部はボイドがそこまで言い終えるとゆっくりと立ち上がり言った。

「流石だ、ボイド。申し訳ない。捜査をする側でありながら私はケントを殺してしまった。大変な事をした。」

どよめきが起こった。

(おいおい。本当にヘンリーだったのか。)

「ケントは犯人ではなかった。」ヘンリーは呟いた。

「だが、ケントはある人を脅迫していた。それで義憤にかられたのだ。今はそれしか言えない。すまんな。ボイド。」

(義憤?そうか。ヘンリーはケント氏に脅迫されていた誰かに同情したのか。その誰かが第一の殺人の犯人なのだ。ヘンリーが同情しそうな人間。・・・絶対男じゃないな。あいつの好きそうなタイプの女性。えーと、そうジュラルディン・カーネギー。あのうら若き美人の彼女だ。間違いない。)そう考えボイドは彼女に向かって言葉を発しようとした時、ヘンリー警部が突然取り乱した。

「ああ。なんということをしたのか!」そういいながら拳銃を上着の奥から取り出し、自身の右側頭部に当て引き金を引こうとした。

「やめて!ヘンリー。貴方に罪はないわ!」そう叫んだのはジェニファー・カーネギーだった。

「ボイドさん。皆さん。夫のシンプソンを殺害したのかこの私です。」場内がどよめいた。

(やべぇ。危ないところだった。まさかアッチとは。ヘンリーは年増好きだったのか。)ボイドはほっとした。

「シンプソンの暴力と浮気癖に五十年以上耐えてきたのです。そしてついにあの日、我慢の限界がきました。夫のブランデーにヒ素を混入したのです。」

(おいおい。勝手に動機と殺害方法を語りだしちゃったぞ。この手の場面になると、どうしてこうも犯人って語りたがるんだろう?でも、おかげで助かった。“知っていましたよ。でも、よくぞ自供してくれましたね。”って顔で頷いておこう。)ボイドはしたり顔で何度も頷く仕草をした。

「その事を知ったケントに私はさんざん脅迫を受けました。巨額の金を要求されたのです。そう、何度も何度も私は私財から支払い続けました。ヘンリー警部は尾行しているうちにその事を知ったのでしょう。ヘンリーの方から私に“なんでも相談してくれ”と言ってくださいました。なんと心強いお言葉!そして私は事の顛末をお話したのです。そう、殺人の事まで。ヘンリーはとても同情してくださいました。そして“私にまかせておきなさい。”と言ってくれたのです。」

そこまでジェニファーが言うとヘンリー警部がそれを引き継ぐように語りだした。

「けして同情ではない、ジェニファー。僕は君を愛してしまったんだ。君を苦しめるカールを許せなかったんだ。」

「おお、ヘンリー!貴方と言うお方は。・・・」

(何を見せられているんだ。まったく芝居掛かって。)ボイドは鼻白む思いで見ていた。

すると一番奥から様子を見ていたチャールズ・リットン卿が重々しい口調で言った。

「ジェニファーの犯した罪は充分、情状酌量されるべきものだ。そうとは思わないかね。皆さん。そしてヘンリー警部の義憤にかられて犯した罪もまた美しい愛の形として許されるべきものだ。」

(おいおい。何を言ってるんだ。この爺さん。)ボイドは苦笑した。だが、一堂に介した皆が激しく同意した。

「え。ちょっと待って。人殺しは重罪ですよ。皆さん、冷静になってください。」ボイドが訴えたがその横でヘンリーが声高に言った。

「ジェニファー、愛している。僕と結婚してくれ!」

「ええ。私たち結婚しましょう!」

ジェニファーが呼応すると場内が一斉に拍手した。

「良かった。こんどこそ幸せになるのよ。」ジュラルデインが笑顔で言った。

「あいつは酷い兄だったからな。」その横で夫のキースも微笑んでいる。

「母さんがどれだけ苦労をしてきたか間近で見てきたから、僕も嬉しいよ。」

「マクスウェル、ありがとうね。」

「シンプソン氏の遺産の件は私にお任せください。奥様の不利にはさせません。」

キンバリー女史がきっぱりと言った。

「これで一件落着、大団円じゃな。ワグナー、ディナーの用意を。」リットン卿はその場を締めたように言った。

「一体何、勝手な事を言っているんだ。ヘンリ―、どうする?あ、・・・・」

いつもの癖でヘンリーに気さくに語りかけた自分にボイドは苦笑した。

するとヘンリーが拳銃をボイドに突き付けた。

「そう言う事だからボイド、悪いな。君がいなくなれば皆、ハッピーエンドなんだ。」

「何を言ってるんだ!これだけ目撃者がいるんだぞ。」

そう言ってボイドは皆の方を見た。皆、視線を合わせず知らんぷりしている。

「あれ?」

「君意外、皆親戚兄弟だからな。言わば皆、私に同意している。」

「あ、いや、ちょっと待って。なら僕もそちら側に廻ろう。結婚おめでとう!ヘンリー。」

「そうもいかないだろう。ボイド。君の頭がキレ過ぎているのがいけないのだ。君が謎解きなどするものだから。」

「あ~、なら問題ない。僕、当てずっぽうで言っただけだから。最後も君とジェニファーが勝手に一人語りして自供したんだ。おぼえてない?」

「何を謙遜しているんだい?ボイド。全く奥ゆかしいナイスガイだな。君は。」

「僕も自分でそう思っているよ。でも、今回は何も解決していないんだ。だからこのまま解散したって僕は何もおぼえちゃいないんだ。えーと、君、誰だっけ?」


一発の銃声が屋敷に轟いた。もちろん、目撃したなんて言う人間はひとりもいない。

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