第18話 最後の告白
「なぜだ……。シンシア」
刺されて息も絶え絶えのシンディを、ルーカスが抱きかかえていた。
すぐそばにルーカスの声を聞きながら、シンディは走馬灯のようにさっきまでの出来事を思い返していた。
約束の時間に一人で庭園にやってきたルーカスを見て、不覚にも心が弾んでしまった。
いつも控えめに言っても嫌われていると分かるルーカスの視線が、初めて好意的に見えた。
ルーカスが手紙をくれて嬉しかったと言ってくれた。
分かり合える日がくればいいと思っていたと言ってくれた。
ベンチにハンカチを敷いて、シンシアを座らせてくれた。
ヒルミのせいではないかと、最後までシンシアを信じようとしてくれた。
そして。
シンディの青い瞳がとても美しいと思うと言ってくれた。
もしも。
もしもシンディが本物のシンシアであったなら。
ルーカスにもっと寄り添いたかった。
分かり合う努力をしたかった。
最後まで信じようとしたルーカスに応えたかった。
間近に聞くルーカスの言葉一つ一つが心に響き、それなのに裏切らなければならないことが申し訳なくて苦しかった。
そしてルーカスは今までの中で一番失望した顔で言ったのだ。
『君さえラムーザに歩み寄る気持ちがあれば、私は君を妻として愛する努力を生涯かけてしようと思っていた』
きっと本心なのだと思う。
こんなにわがままで嫌な女と分かっていても、それでもルーカスは愛そうとしていたのだ。
あの時、シンディは本当のことをすべて話してしまいたかった。
自分が本当は影武者で、ルーカスを守りたいだけなのだと。
あなたを誰よりも大切に思っているのだと。
(ふ……。そんなことを言って何になるわけでもないのに……)
胸に激しい痛みを感じながら、シンディは心の中で
(影武者の私がそんなことを言って何になるのよ。本物のシンシアが言ってこそ意味がある言葉なのに。トロイの村娘でしかない私の気持ちなどどうでもいいことだわ)
痛みに途切れそうな意識の中で、自分が本物のシンシアだったら良かったのにと思う。
そうだったら、戸惑いながらも少しずつ歩み寄り、ルーカスの大きな愛に包まれて、本当の幸せな夫婦になれたかもしれないのに。
そうなれば……良かったのに。
「シンシア! シンシア! しっかりしろ! 死ぬんじゃない!」
必死に声をかけるルーカスの顔がぼんやりと見えた。
「ルーカス様……」
震える手をそっとルーカスの頬に伸ばす。
「なぜ私を庇ったのだ! 君は私を殺すつもりじゃなかったのか!」
「ルーカス様……。私は……」
ほろりと涙がこぼれる。
ねえ、最後の最後だから、一瞬だけシンディに戻ってもいいよね?
アーサー様は許してくれるよね?
だって最後ぐらいシンディとして死にたいじゃない。
シンディは苦しい息の中でルーカスを見つめた。
「本当は……あなたを……守りたかっただけなの……」
「シンシア……」
「きっと……もう……あなたを……愛してしまってたのね……」
言い切ると同時に、意識が遠のいていく。
「シンシア! シンシアーッ!!」
ルーカスの叫ぶ声を聞きながら、痛みも少しずつ和らいでいく。
(ああ……。終わったのね。私の人生……)
最後の三年は不本意なことばかりだったけれど、最後にルーカス様に気持ちを伝えられて看取られるなら、そう悪い人生でもなかったのかも。
微笑みを浮かべ、深い深い眠りへと落ちていく。
そう。永遠に目覚めない深い深い眠りへと……。
深い深い……。
(ん?)
(あれ?)
(どういうこと?)
ぱちりと目が覚めてしまった。
「シンシア?」
目の前には、はっきりとルーカスの顔が見えている。
「あれ? 私……死んだんじゃ……」
ルーカスの腕の中で起き上がると、カランと音を立てて折れた剣先が地面に転がった。
「え?」
胸に刺さっていたはずの剣先が、なぜ地面に転がるのか。
剣が刺さっていたところは確かにドレスが破れ、少し血が滲んでいる。
だが、大した出血ではない。
驚いて胸を触ると、何か固い物に触れた。
「これは?」
ドレスの懐から取り出すと、それは前にルーカスにもらったルビーのブローチだった。
固い宝石の真ん中にひびが入っている。
「じ、じゃあ……まさか……このルビーのおかげで……」
刺された衝撃でブローチが肌を切ったのか、軽い出血だけが滲んでいた。
「……」
シンディは目まぐるしく今の状況を頭の中で整理した。
(ち、ちょっと待って。私、何を言ったっけ? もう死ぬものだと思ったから、いろいろまずいことを言ってしまったわよね? え? ルーカス様に愛してしまったとか言った? 噓でしょ! バカバカ! 最後に調子に乗ってなに言ってるのよ。どうするの?)
シンディは気まずい顔で、そっとルーカスを見上げた。
驚いたようなルーカスの顔が目の前にある。
(ひーっ。これは今までの中で一番呆れたに違いないわ。こんな勘違い恥ずかしすぎる。何やってるのよ、バカシンディ)
みるみる真っ赤に染まる顔でシンディは必死に弁解の言葉を探した。
「あ、あの、あの……。さっき言ったことは忘れてください。し、死んだと思って、心にもないことを口走ってしまったようですわ。う、嘘ですから。まったく嘘ですから」
言えば言うほど顔が真っ赤に染まっていく。
動揺しまくるシンディの耳元に、「ふっ」と微かな笑い声が聞こえた。
「ルーカス様?」
そこには呆れた顔ではなく、可笑しそうに笑うルーカスの顔があった。
「はは。いや、ごめん。君があまりに真っ赤になって可愛いものだから……」
「……」
可愛いなどと言われて、シンディの顔がますます真っ赤になっていく。
「とにかく、無事で良かった。私の贈ったブローチを持っていてくれたんだね」
「そ、それは……」
ヒルミに捨てろと言われたが、お守りだからと見えないように懐に入れて持ち歩いていた。
「あの……。ぐ、偶然ですわ。たまたま、持ち歩いていて……」
「そう。偶然私があげたブローチを大事に持っていてくれたんだ」
「そ、そうですわ。ほ、本当は全然気に入らないのですけど、偶然持っていただけです」
「そうだね。分かったよ。私を命懸けで庇おうとしたのも偶然だね?」
「え、ええ。そうですわ。つい体が動いてしまいましたの。私としたことが、どうしてあんなことをしてしまったのか……」
シンディは必死に弁解する。
だが、シンディが弁解するたびにルーカスは可笑しそうに笑いをこらえている。
「じゃあ、私を愛してしまったと聞こえたような気がしたが、あれは私の聞き間違いだったんだろうね?」
シンディはかあっと顔が赤くなるのをこらえて、つんと顎を上げた。
「え、ええ。聞き間違いですわ。この私がそんなことを言うはずがございませんわ」
「ふふ。そうだろうね。君の気持ちはよく分かったよ」
シンディはほっと息を吐く。
しかし次の瞬間、そんなシンディをルーカスの腕がぎゅっと抱きしめていた。
「な! なにをするのです! ルーカス様!」
「私もどうかしてしまったようだ。どうにも君を抱きしめたくて仕方がないんだ」
「な!」
みるみる真っ赤になるシンディに、ルーカスは耳元で囁いた。
「今日からもう一度やり直そう。君となら、きっともっといい未来が作れるような気がする」
「ルーカス様……」
シンディは初めて聞くルーカスの優しい声に戸惑いながら、幸せを感じていた。
本当はこんなシンシアになりたかったけれど……。
アーサーには後でひどく怒られそうな気がする。
影武者のくせに何をしているんだ、と。
影武者がルーカスと本当の夫婦になってどうするんだ、と。
(でも……今はいいよね)
だって死んだと思ったのだもの。
最後だと思ったのだもの。
だから今だけは、シンディでいることを許して欲しい。
そっと見上げたルーカスの顔は、控えめに言っても……。
シンシアへの愛で
END
あなたが大嫌いな王妃の影武者ですがなにか 夢見るライオン @yumemiru1117
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