第3話 シンシア王妃


 僅かな手荷物を持って、シンディ達六人は隣の街まで歩かされた。

 そこには黒塗りの重厚な馬車が一台と、木の囲いがあるだけの荷車が停めてあった。


「乗れ」


 兵士達は奴隷を扱うような口ぶりでシンディ達に荷車を差し示した。


「え? これに乗って王都まで行くの?」

「嘘。王都まで数日かかるんじゃないの?」

「嫌よ。こんな荷車じゃ昼は暑いし、夜は寒いし、お尻が痛くなるわ」


 不平を言うカレン達にお構いなく、兵士は容赦なく腕を引っ張って荷車に放り込む。


「ち、ちょっとひどいじゃない!」

「手荒にしないでよ! 私達は王妃様の侍女になるのよ!」

「侍女になったら王妃様に言いつけてやるんだから!」


 しかし、兵士達は怯む様子もなく、面倒そうにみんなを乱暴に押し込んでいく。

 その様子は青い瞳の者への差別を含んでいるのが分かった。

 兵士達は敵対するグラハム国と同じ青い瞳を、誰よりも毛嫌いしているのだろう。


(やっぱり王妃の侍女なんていっても、ろくな話じゃなさそうね)


 シンディは気を引き締めて、マリッサに続いて荷車に乗ろうとした。

 しかし……。


「君はこっちだ」


 赤い瞳のアーサーに呼び止められて、馬車を手で示された。


「え?」


 シンディは驚いてアーサーを見た。


「君は馬車に乗れ。シンディ……と言ったか……」


「え? どうして……?」


 訳が分からない。


「君は村長の孫だと聞いた。少し話が聞きたい」

「……」


 荷車に乗せられたマリッサ以外の女性達が羨ましそうに見ている。

 マリッサはシンディと引き離されて不安そうだ。


「私はみんなと荷車に……」

 そう言いかけたシンディだったが、アーサーは今度は断じるように告げた。


「こっちだ。早く乗れ!」


 命じるような口調に仕方なく、シンディはアーサーと共に馬車に乗り込んだ。


 馬車の中は田舎の村で育ったシンディが見たことがないほど豪華で、革張りの座席にはふかふかの毛皮が敷かれ、小窓にはビロード地のカーテンがかけられている。


 壁も天井もクッションのいい布が張り巡らされ、頭上には飾りランプが吊り下がっている。

 どれも高級感が漂い、別世界に入り込んだようだった。


「座れ」


 アーサーは自分の向かいの座席を示してシンディに命じた。


 シンディは怪しみながらも腰を下ろし、小窓から荷車を見た。

 すでに兵士の馬が先導して出発している。


 出発の振動だけでひっくり返りそうになってお互いに抱き合っているみんなの姿が見えた。


「本当にあの荷車で王宮まで連れて行くつもりですか?」


 シンディは心配になってアーサーに尋ねた。


「戦争などになれば、そんなことは兵士には日常茶飯事だ。荷物に隠れて息をひそめたまま数日過ごすこともある」

「でも……馬も乗ったことのないような若い女性達ですよ。ひどいわ」


 非難するようなシンディの声音に、アーサーは肩をすくめた。


「分かった。途中の大きな街で馬車に乗り換えられるように手配しよう」


 怒るのかと思ったが、意外にもすんなり受け入れてくれた。

 小窓から馬車の周りを護衛する兵士の一人に言って、荷車の方の兵士に伝令してくれた。


 どういう訳か、彼はシンディの申し出だけは邪険にせず聞いてくれる。

 なぜだろうと思ったが、その訳はすぐに分かることになった。


 少し進んだ分かれ道で、シンディとアーサーの乗る馬車だけ荷車と兵士達が進む道と別方向に進んだ。


「ちょ……。道が違うわ! 荷車と違う方向に進んでるわ!」


 シンディは小窓から覗いてすぐに気付くと、叫んだ。

 馭者ぎょしゃが道を間違えたのかと思ったが、アーサーは落ち着いている。


「落ち着け。君には他のみんなとは違うところに行ってもらう」

「な!」


 シンディは逃げなければと立ち上がろうとした。

 しかしその腕をアーサーに掴まれた。


「落ち着けと言っている。悪いようにはしないから」

「悪いようにしないって……すでに悪いようになっているわ! 私はマリッサ達を守らなければならないのに……」


「彼女達を守りたいならば、私の言う通りにすることだ」

「……」


 シンディはアーサーを睨みつけた。


「彼女達はちゃんと王都に向かっている。本当に王妃の侍女として働くことになるだろう。私は何も嘘はついていない」

「本当に? マリッサ達をひどいところに連れて行かない?」


 シンディは念を押すように尋ねた。


「ああ。君が素直に私の頼みを聞いてくれたなら、彼女達を決して悪いようにしないと約束する。むしろ今までよりずっといい暮らしをさせてやろう」


 アーサーの言葉を聞いて、シンディは一旦落ち着いて話を聞くことにした。


「あなたの頼み?」


 アーサーは肯いて、話を切り出した。


「君は村長の孫だけあってなかなか利発なようだが、隣国からきたシンシア王妃が我がラムーザ国にとってどういう存在か分かるか?」


「どういう存在?」


「彼女はグラハム国の人質のような立場でもあるが、同時に和平のあかしでもある」


 シンディは肯いた。それぐらいは理解している。


「その王妃が万が一にも命を落とすようなことがあれば……どうなると思う?」


 シンディは目を見開いた。


「どうなるって……。そんなことになれば和平は破棄されてまた戦争が……」

「そうだ」


 アーサーは物分かりのいいシンディに深く肯いた。


「シンシア王妃には死なれては困る。病気であろうと、事故であろうと、自殺であろうと」


「自殺……?」


 不穏な言葉にシンディは眉間を寄せた。


「敵国から人質となって嫁いできたのだ。シンシア王妃はずいぶんナーバスになっておられる。非常に手のかかるお方だ。侍女を増やすことになったのも、そういった理由からだ。しかし、側に置くのは青い瞳の者でないと嫌だと無茶なことをおっしゃる。それで青い瞳の若い女性を探してトロイ村に辿り着いたのだ」


 アーサーの説明は、充分ありえそうな話だった。


「ルーカス王をはじめ、我らは和平の証であるシンシア王妃を失わぬために尽力している。だが……それでも……万が一ということがある」


「万が一?」


 シンディは首を傾げた。


「我々が目を離した隙に不慮の事故にあったり、命を断ったりすることがないとは言えまい」

「……」


 シンディは、まだアーサーが何を言いたいのか分からず、首を傾げていた。

 そんなシンディにアーサーは信じられないことを告げた。


「そこで万が一の場合に備えて、王妃の影武者となれる者を探していた」

「影武者?」


「君だ。シンディ」

「な! なぜ私が……」


 シンディは青ざめて声を上げた。

 アーサーは懐から一枚の手の平に乗るぐらいの額縁のついた小さな絵を取り出した。


「これがシンシア王妃の肖像画だ」

「……」


 シンディは受け取って、その絵を眺めた。


「これは……」


 そこには青い瞳と、深い緑の髪を結い上げた華やかな女性が描かれていた。

 そして……。

 髪の色は違うが、シンディによく似ている。


「君にそっくりだろう? 私も君を見た時、驚いた」

「でも髪の色が……」


「そんなものは染めてしまえば分からない。大丈夫だ」

「大丈夫だって……。それで……私を……」


 アーサーは肯いた。


「君にシンシア王妃の影武者になるための教育を受けてもらいたい」


「む、無茶です! 私は辺境の田舎で育った農村の村娘なのですよ」

「だから、これから教育すると言っている」


「教育って……」


 ずいぶん簡単に言うが、ただの村娘が、生まれた時から王女として育った女性の影武者になどなれるわけがない。すぐにばれるに決まっている。


「む、無理です。できません!」


 しかしアーサーは、それまでの優しい微笑みを消して断じた。


「君ができないと言うなら、王妃の侍女にと連れて行った女性達の身の安全は保障できない」

「な! なんてことを……」


「我々も必死なのだ。王妃に万が一のことがあれば、再び戦乱に明け暮れる世になる。我々だって好きで戦争をしている訳ではない。できることなら戦争で民を犠牲にしたくない」


「……」


 そう言われてしまうと、シンディには反論できなくなる。

 戦争になれば、国境に近いトロイの村もどうなるか分からない。

 弟のカイルは兵士に徴兵されなくとも、村自体が侵略されれば終わりだ。


「ラムーザの国のため、多くの戦争を望まぬ民のため、どうか影武者になってくれ」


 貴族のアーサーに頭を下げられて、シンディは請け負うしかなかった。


「分かりました……」




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