第2話 連れ去られる青い瞳の少女達


 それから月日が流れていた。


 隣国から王女が壮大な大行列で嫁いできて、王宮で華やかな結婚式と晩餐会などが開かれたという噂が流れていたが、辺境のトロイの村には遠い世界の話だった。


「いい気なものだわ。贅沢三昧の結婚式と晩餐会を開いたりして」


 大好きな父と兄達を奪われたシンディは腹立たしいばかりだが、それでも戦争が終結したのなら甘んじて受け入れようと村の仕事を淡々とこなしていた。


 そんなシンディの村に、突然王宮の兵士達が馬に乗って十人ばかりやってきた。


 その光景には見覚えがある。

 父達が徴兵される時も、こんな風に兵士がやってきて若者を連れて行ってしまった。

 

「まさか……また兵士に取られるの? どうして?」


 シンディは青ざめ、出迎えた村長の祖父は兵士達に告げた。


「もうこの村には兵士になれるような若者はいません。戦は終わったのではないのですか?」


 先頭に立つのは、やけに育ちの良さそうな長い金髪の男性だった。

 しかも瞳の色が赤い。


 赤い瞳は、王家の血筋を引いていることを表す。

 国王の名にレッドが入るのは、瞳の色にちなんでいるのだ。


(初めて見たわ。本当に赤い瞳ってあるのね)


 王家の血筋に近付くほど赤い瞳の者が多くなるといわれている。

 辺境のトロイの村には一人もいない。


 それは純血ではない証明でもある。

 過去に異国と混じり合ったり、捕虜となった者が生き延びて村を築いたりしたのだろう。

 何百年も昔のことなど分からない。

 だが瞳の色は重要だった。


 純血の者は中央に集められ権力を持ち、混血の者達を支配する世界だった。


 赤い瞳を持つだけで、どんな身分であっても王宮で働くことができる。

 うまくいけば役職を持つことだってできるかもしれない。


「兵士を集めにきたのではない。ここに十四歳から二十歳までの若い女を集めてくれ」


 王族らしき赤い瞳の青年は告げた。

 祖父は不安を浮かべながらも、仕方なく家々に呼びにいかせた。

 逆らえば村ごと潰される。応じるしかなかった。


(下働きの女性でも探しているのかしら? それにしてもどうしてこんな田舎の村に?)


 王宮の下働きなら、もっと王都に近い村に働きたい女性が山ほどいるだろう。


 青年貴族は、集められた女性を見渡して肯いた。


「ふむ。本当にこの村には青い瞳の者がいたのだな」


 混血の者の瞳の色は茶色や茶褐色が多い。

 だがトロイの村には、過去に隣国のグラハム国の血が濃く入っているのか、昔から青い瞳を持つ者が多く産まれた。


 シンディの家系も青い瞳の者が多い。シンディもそうだった。


 しかしそれはラムーザ国では差別の対象となり、決して嬉しいことではない。

 青い瞳の者は差別に苦しみ国境に追いやられ、トロイ村に辿り着くのだ。


 中には国境を越えて、グラハム国に亡命する者もいた。

 グラハム国は青い瞳の者が王家の純血として権勢を誇っている。

 グラハム国に行けば、逆に青い瞳は優遇されることも多いだろう。

 だがラムーザから亡命してきたのだとばれると殺されるので、危険な賭けでもあった。


「グラハム国から王女様が嫁いできたのは知っているだろう? 王妃となられたわけだが、世話をする侍女の数が足りない。青い瞳の者しか側に置かぬとおっしゃられるのでな」


 村人達はざわついた。


「では王宮で働けるの?」

「王妃様の侍女?」


 女性達の中には目を輝かせた者も多かった。


 こんな田舎の村で一生過ごすよりも、王妃の侍女になった方が夢があるのだろう。

 

 赤い瞳の青年貴族は並んだ村の女性を一人ずつ見つめ、青い瞳の者だけを前に出した。


「ふ……む。お前とお前。それからそこのお前」


 青年貴族はさらにその中から次々に指を差して、五人の女性を選び出した。

 その中には、親友のマリッサもいた。


「ち、ちょっと待って下ください! 若い男性が兵士にとられて戦死したばかりで、この上、若い女性まで連れていかれたのでは、村が成り立ちません! 困ります!」


 シンディは青ざめて俯くばかりの村人達の代わりに言い放った。


「こ、これ。シンディ。貴族様にそのような口をきいては……。も、申し訳ございません。どうか孫の無礼をお許しください」


 祖父が慌てて謝る。

 しかし青年貴族は、気付いたようにシンディに目を向けた。


「そなたも……青い瞳ではないか」

「わ、私は十三歳ですから。それに祖父から村長の仕事を引き継いでいます。この村から出るわけには参りません」


「……」


 青年貴族はじっとシンディを見つめた。

 そして目を見開いた。


「これは……」


 何かに気付いたように呟いて、青年貴族はにやりと微笑んだ。


「いや……そなたには来てもらう。何があっても連れて行く」

「な!」


 反論しようとしたシンディを遮るように、青年貴族は告げた。


「ただで連れて行くわけではない。連れて行く代わりに、この村の税は免除する。おまけに王妃の侍女となった者には相応の給金を出す。それでどうだ?」


 わっと村人達が湧いた。


 それは破格の申し出だった。


「まあ! 王宮で働けてお給金ももらえるの?」

「しかも税がなくなれば、村は安泰だぞ」


 村人達はすっかり乗り気になっている。

 だがシンディは信じられなかった。


(本当だろうか? 口先だけじゃないの?)


 うまいことを言って、連れ去ったあと村を焼き払うなんてことがよくある時代だ。

 残酷な戦国時代の余韻は、まだ深く残っている。


「お祖父じい様……」

 シンディは祖父の顔色を窺った。


 祖父は決して他の村人達のように浮かれていない。

 何か裏があるのではないかと怪しんでいる。


 しかし、怪しんだからといって、王家に逆らうすべはなかった。

 結局何を言われても受け入れるしかないのだ。


「分かりました。どうかこの子達をお願い致します」


 祖父は答えた。

 シンディも仕方なく受け入れた。


「お姉ちゃん……」


 まだ幼いカイルはシンディに抱きついてきた。


「嫌だよ。お姉ちゃんまでいなくなるなんて。僕は嫌だよ」


 カイルはシンディとよく似た青い瞳を翳らせ涙ぐんだ。

 シンディだって泣きたかった。

 大好きな弟を残して行きたくなんてない。

 けれど自分が行くことでカイルが戦場に行くことがなくなるなら……。


 シンディは赤い瞳の貴族青年を真っ直ぐに見つめて告げた。


「もう一つ条件があります。私達が行く代わりに、この先もしまた戦争が起こっても、この村から兵士を徴収しないと約束してください」


「こ、これ……。シンディ……」


 祖父は貴族に堂々と更なる条件を突きつけるシンディに青ざめた。

 貴族の機嫌を損ねれば、不遜だと斬り捨てられることだってある。


 しかし意外なことに青年貴族は、少し考えてから肯いた。


「いいだろう。この村からは現国王の治世で決して兵士を徴収しないと約束しよう」


「書面にしてあなたのサインを入れてください!」

「これ、シンディ……」


 しかし、青年貴族はシンディの言い分をすべてのんで、書面にして渡してくれた。

 アーサー・レッド・サーベインと記されていた。


 名前にレッドが入っているということは、やはり王家の血筋なのだろう。

 レッドの入ったサインがある書面なら、それなりに強い効力があるはずだ。

 兵士の徴収に来ても、これを見せれば大抵の者は勝手なことはできないはずだ。


(良かった。これでカイルが兵士にとられることはないわ)


 こうしてシンディとマリッサと、他に四人の村の娘は、そのまま簡単な身支度をして王宮に連れていかれることになった。


「シンディ……。私達どうなるのかしら? 王妃様の侍女なんてできるのかしら?」


 年上だが気の弱いマリッサは、泣きそうになっている。


「大丈夫よ。私がみんなを守るわ!」


 村長の代理としての心得を学んできたシンディは、年齢よりも大人びている。

 村長とは村人を守る役割を持つ家系なのだと、祖父にも父にも幼い頃から言われて育った。

 

 マリッサ以外の四人は、王宮で働けることにわくわくしている。

 その内の一人、カレンなどは、結婚して夫もいたのだが、あまり未練はないようだ。


「あの病弱な夫と一生暮らしていくよりずっといいわ。やっと運が向いてきたわ」


 戦争で若く元気な男性は全員連れて行かれてしまったため、結婚相手になるのは兵士に行けなかった病弱な男か、父親より年上の男しかいなかった。

 妖艶な美女のカレンは、自分の結婚にまったく納得していなかったようだ。


「王宮で貴族様に見初められることはあるかしら?」

「きゃあ! じゃあ貴族の夫人になれるの?」

「ああ。そんなことになったらどうしようかしら」


 他の未婚の三人も夢を描いて嬉しそうだ。


 シンディとマリッサは自分達より年上の女性達の様子にため息をついた。


「そんな甘い話などないはずよ」

「王宮では青い瞳はひどく差別されると聞いたわ。不安だわ、シンディ」


 そうだ。

 ラムーザの貴族が青い瞳の女性を妻になど迎えるわけがない。

 国王がグラハムの青い瞳の王女を迎えたのだって、和平のため仕方なく受け入れただけだ。

 ラムーザの貴族は青い瞳を毛嫌いしている。


 マリッサは、以前、家族と共に王宮に比較的近い村に住んでいた。

そして差別を受けてトロイの村に流れ着いた一家だから、そのことをよく知っている。


 やがて四人の女性達はすぐに現実を知ることとなった。



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