第六話 The Aunt(2)

「――ふふっ、アンジェラったら」


「え?」


 馬車で走り出してからしばらく、ミシェルは突然笑い出した。


「どうしたんですか、伯母様?」


「いえ、貴女のような自慢の姪がいて嬉しいと思って」


「そう言っていただけるのは嬉しいのですが…なんのことでしょう?」


 笑い続けるミシェルと、その理由が思い当たらず首を傾げるアンジェラ。ミシェルは意味深に笑みを深めて、ある人物の名前を口にした。


「ギルバート・ラーナー。あの人、貴女に惚れているわ」


「……はい?」


「アンジェラったら気づいてなかったのね。惚れてもいない女性に対して、例え事件の関係者であっても、あんな真剣な表情で『守る』だなんて言わないわ」


「そんな、まさか…。伯母様の気のせいです」


「あら。私、こういうことはよく気が付くのよ?」


「でも、まだ会って間もないのに……」


「恋に落ちるのに時間なんて関係ないのよ、アンジェラ。アイリーンとグレン――貴女の両親だってすぐお互いに恋に落ちたんだから」


「お母様とお父様が?それは知りませんでした」


「私が十五歳で、アイリーンが十四歳のときだったかしら。私たちのお父様の仕事の関係で、家族ぐるみで出席した集まりのときよ。初めてグレンと私たち姉妹が顔を会わせたとき、グレンが一目でアイリーンに恋に落ちたのが分かったの」


「まあ」


「アイリーンも好印象を持ったんでしょうね。その集まりが終わる頃にはすっかりグレンと仲良くなって、恋する乙女の顔をしていたわ」


「そうだったんですね。お母様とお父様の馴れ初めが聞けるなんて思っていなかったから、嬉しい…」


 アンジェラの記憶に残る両親の姿は、それは仲睦まじいものばかりだった。しかし、どんな風に出会って、どんな風に仲を深めたのか。そんな話を聞く前に、両親は亡くなってしまった。


「だからね、アンジェラ。人が恋に落ちるのに時間は関係ないの。貴女にも素敵な人と出会ってほしいわ」


「伯母様…」


「たしかに貴女にはブラッドフォード様がいるし、彼も素敵な方だとは思うけれど。できれば貴女が素敵だと思える人に出会ってほしいと思うのよ」


 そんな話をしている内に、馬車が速度を緩めて停車する。そして御者台に座っていたルークが馬車の扉を開け、ホテルに到着したことを告げた。


「今日はありがとう、アンジェラ。楽しかったわ。すぐ領地に帰らなきゃいけないのが残念だけれど、またすぐに手紙を出すわね」


「こちらこそありがとうございました、伯母様。明日は午後からの出発でしたよね?見送りに伺います」


 ルークのエスコートで、ミシェルが馬車を降りる。名残惜しそうにその背を見送って、アンジェラの一日は終わった。


 一方、その頃のベイリアル家当主の屋敷では。暴れて物が散乱した自室で、ヘンリエッタが憔悴した様子で爪を噛んでいた。


「――ああ…っ、わたくしの愛しいトリスが…!モニカまでも…!アレのせいよ、アレがやったんだわ……アレがいるせいで!ああ、どうしましょう。きっと次はわたくしだわ。次はわたくしがアレに殺されるんだわ。アレさえいなければ、あのとき一緒にアレも死んでいれば…!」


 モニカの訃報を聞いて気を失ったヘンリエッタは、その後に目覚めたときにはもう別人のようになってしまっていた。陽が昇ってもカーテンを開けず、一日中暗い自室に閉じこもる。我が子の死を想ってむせび泣いていたかと思えば、突然怒り出し、目に付くもの全てを放り投げて壊し出す。その次には自分が殺されるという恐怖に震え、いっそ殺される前にと『アレ』を殺すよう使用人を呼び出し怒鳴りつけて命じる。


 最初は義理ながらも使用人にヘンリエッタの様子を尋ねていたゴードンもモニカの死後には自室に引き籠ることが増え、ベイリアル家当主の屋敷はすっかり陰気な雰囲気が充満していた。


「アレを殺さなければ…!早くアレを殺さなければ…!わたくしは死にたくない!死にたくない!!……ああ、トリス。どうしてわたくしの傍にいないの、トリス…」


 ――奥さまは壊れてしまった。旦那様のご様子もおかしい。この家は呪われているのではないか。


 一人、また一人と。ベイリアル家当主の屋敷から次々と使用人が職を辞して行ったのは、それからすぐのことだった。

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