12パシリ 仕事を終えたら好敵手(間抜け共)と麦酒を

 遊撃隊一行がシャンディに到着してすぐのこと。調査任務が終えたので打ち上げがてら皆で食事でもと入った食堂『おこぼれ』で───

 あっ! と店に入ったとたんに全員揃えて声が出た遊撃隊。


「おっと。これはこれは遊撃隊の皆───」


「ゾルゲ、何していやがる」


 神聖騎士フーリンはスネ肉の赤い果実酒煮込みを食してるゾルゲに声量は抑えながらも食い気味に食ってかかる。


「ご覧の通り食事ですよ。ここの飯は美味いですからな」


「うむ、特にそのスネ肉の煮込みは絶品だ」


「俺は川魚のローストがおすすめだ」


「それももう頼んでありますよ」


 諜報活動中の男の食えない反応にボケたのか素なのかわからない重装兵アルゴスにのっかるのは武道家のロンだった。


「のるなおまえら。シャンディに潜入して何をするつもりだ?」


「諜報活動ですよ、私諜報員ですからね。でも、その仕事は終わりましたから魔族領に帰りますのでご安心を。おっとそこのお嬢さんお二方、こんな大衆食堂の中で広域殲滅術式の構築ですか? 孤児院も裏手にあるというのに」


「よせコメット、メルモ」


 天帝の巫女と類稀な才能を持つ魔女は自らが放てる最高術式の詠唱と構築を始めていたが、フーリンは手を差し出しそれを止めさせる。


「まぁ、突っ立っていても他のお客様の邪魔になりますから、そこの大テーブルでご一緒しませんか」


 確かにこの場で先の戦闘のようなことをすれば被害は甚大なものとなること。思うところはあるものの五人は顔を見合わせたあと無言で渋々頷くと店の奥にある大テーブルに移動する。 “麦酒でよろしいか? “と、答えを待つことなくゾルゲ自ら店員に注文を伝える。


「諜報といったな、何の情報だ」


 麦酒の到着を待つことなくフーリンは口をは開いた。この危険な男が正直に答えるわけではないことは承知しながらも。


「直球ですね、嫌いじゃありません。貴方達遊撃隊の存在と混凝土の事が今回の活動のメイン情報といえまして、今は他の将軍達へのお土産を集めている最中ですよ」


「混凝土? 今更あんなものが情報になるの?」


「誤魔化してるだけでしょ」


 コメットが持つ疑問はもっともで混凝土はシャンディだけではなく人間領では民間にすら広まってしばらくの時が経っており、機密というほどのものでもなかった。だからこそ “真の情報を誤魔化す” とメルモが受けとるのは自然なことだった。


「いえいえ、本当のことでございます。魔族は学問的な技術やその共有が人間に比べて大きく劣っているのですよ。なぜなら技術がなくても身体能力は高いし種族によっては空は飛べるし水中でも容易に活動できる。皆なにかしら生まれつき種族特有の能力を持つ。そのせいか研鑽という概念が薄いのですな」


「そんなことこっちに喋っていいのかしら……」


「偽情報で惑わしてるのよ。コイツの言う事いちいち本気にしてられないわ」


 素直な反応のコメットに警戒を忘れないメルモはそう言いながらも思えば、戦いにおいて魔族側から技術的な物を感じたことがなかったと脳内をよぎる。


「土産というのは要職についてる人間の首とか、そういうことでしょ」


「そんな物騒な。ほら見てくださいこのルイ・ガテンの未発表新作モデル。良いでしょ」


 土産という言葉を比喩として捉えたメルモは、それが言い当ててるとしても間違いで欲しいと、本気四分の一くらいで言ったのだが、ゾルゲがどこから取り出したのかわからない小ぶりなポーチは誰が見ても抜群のセンスだった。そして真っ先に誰がいつ頼んだかわからない料理が次々と運ばれる食卓に身を乗り出し食い付いたのは他ならぬメルモだった。


「えーー! それちょーー可愛いんだけど! こんなの今までルイ・ガテンじゃなかったよね!」


「ねぇ、フーリンフーリン! 買って買って! 明日! 買ってくれないと樹海津波!」


 後を追うように椅子から立ち上がるコメットの目の色がガラリと変わる。獲物を狙うというより食い付いてガブリつく野獣のような姿だ。


「コメット落ち着け!」


「未発表と申し上げたでしょう。まだ売ってませんよ。吾輩だから手に入ったような物です」


「ならここで今すぐ渡しなさい! 全力の火力をもって……」 


「メルモぉ!」


「そこのお嬢さん二人はこの街にとって吾輩より危険じゃありませんかね……」


 ポーチをフリフリしながら呆れるゾルゲに、否定できんな、と狂える女性陣二人を見てやはり呆れて答える大盾の男。


「わかったからそれ仕舞え。そのままじゃ狂犬病が発症した猛獣に狂戦士化の呪いをかけるよりも大変なことになる」


 ロンの言葉に、ハイハイと何処かへポーチをしまう。


「もうひとつ聞きたい───」


 これが本題だとばかりに場を仕切り直す遊撃隊リーダーの。


「開拓村イワミンで何があった?」


 歪なモノクルがキラリと光る男は、 “さて……” とだけ答え、いくばくかの金銭を食卓に置く。


「調査隊とは貴方達でしたか─── 推論だけで吾輩が関わっていると思われたのですかな、さすがです。まぁ、お話ししてもなんら構わないのですが、説明が長くなり面倒臭いのでこの辺りで失礼しますよ。ハイこれ麦酒代、これだけあれば足りるでしょ、いやいや、その麦酒は吾輩の奢りです。どうぞそのままご歓談を。それでは」


 食卓を立つ虹色のパラソルを持った男はそのまま悠々と食堂を去っていった。待てと言っても無駄であろうし、力付くで捕縛も不可能なことがわかりきっていた遊撃隊はその姿を目で追うだけに留めた。女性陣二人は隙あらばポーチを奪おうとする野獣の目だったが。

 そして食卓に置かれた硬貨に視線を移し、ふと目で勘定したフーリンは思わず叫んだ。


「あの野郎! 自分食った分の金置いてねぇじゃねえか!」


 慌てて店頭に飛び出すも、酒代は払っているので食い逃げとも言えない微妙なせこい詐欺を働いた男の姿はすでに消えたあと。またもゾルゲにしてやられた立つ瀬のない人間界最高戦力の五名であった。

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