5-3 決意の日

 次の日、僕は朝早くに目が覚めた。時計は五時半を指している。辺りはすっかり明るくなり、昨日の夕食の悪い気分は消えていた。


 カーテンを開いて窓の外を見る。

「今日は良い天気だな。朝焼けを撮りにでも行ってみるか……」


 僕は外出着に着替えると、机の脇の棚に置いてあるカメラをつかんだ。グリップの大きなデジタル一眼レフ。レンズを広角から中望遠に替える。バッテリーとCFカードの残量を確かめた。そして、六月の朝の空を撮影しに出かけたのである。


 東の空が黄金色に染まっている。雲がゆるやかに棚引き、冷たい空気が肌を刺激した。眠気を吹き飛ばすような朝の感触だった。


 僕が住んでいるのは割に田舎の町で、広く雄大な景色が広がる野原が近くにあった。東の空の朝焼けに向かって、無心にシャッターを切る。


「朝の空は、こんなにも美しいんだ」

 僕はひとり感動してしまい、思わずそう洩らした。


 二十分程、ダイナミックに移り変わる空を撮り続けた。我を忘れて、ただシャッターを切り続けたのだ。


 そうだ。空をテーマにして、写真を撮り続けてみようか。

「神さまからのプレンゼントなのかな……」

 僕はその思いつきに、飛び上がる程嬉しくなった。


 僕が被写体に選ぶのは、花が多かった。家の近くに公園があり、そこでカメラの基本的な使い方を学んだ。入場無料の公園は、雨でも雪でもいつでも僕を受け入れてくれた。時々、姉と一緒に行って被写体になってもらったりもした。その時、香子姉さんは何も言わず、ただ黙ってカメラを見つめていた。



 朝の大空を見上げる。ただ雲だけが静かに流れていく。時間が経つのを忘れて

僕は空を見ていた。


 就職とか会社説明会とか、この世の全てが小さいものに思えてきた。空は雄弁で、偉大で、果てしなく広かった。


−−写真で生きていけるのかな。


 そんな想いが胸をかすめた。人生は長く、時間を何に投下すればいいのか、分からなくなる。そんな時には、普通は好きな趣味に打ち込むのだろう。それが写真だったり、バンド活動だったり、読書だったりするのだ。


−−好きこそものの上手なれ、よ。


 昨日の香子姉さんの言葉が、胸に甦ってきた。

 僕はもう一度、空を見上げた。


−−空は「自由」だ。



 僕はその時、写真で生きて行こうと、心に決めたのである。

 それが僕の「決意の日」だった。

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