5-2 夕食のテーブルにて

 僕は夕飯を食べるために、キッチンへと向かった。キッチンには香子姉さんと母がいて、夕食のスパゲッティがテーブルに並んでいた。


「カナタ、珍しく今日はバイト無いんだね」

 香子姉さんがコーンスープを手渡しながら話しかけてきた。

「そう。今日は休みにしたんだよ」


「カナタ、就職活動はどう?」母がいた。

「今度、合同の会社説明会があるから、それに行く予定だよ」

 僕は母に言葉を返した。


「カナタは印刷会社の営業職希望だっけ?」

「ああ」僕は香子姉さんの問いに、少し苛立ってしまった。

「車関係でも、良いんだけどね……」

「姉さんは、自動車産業の方が良いと思うわ」

 母が口を開いた。

「車関係でも印刷会社でも、しっかりした企業に就職できればいいのよ。働かせてもらえるだけで、有難いことよ」

 母がゆっくりと僕に語りかけた。


「姉さんはね、好きなことを仕事にすればいいと思うのよ。『好きこそものの上手なれ』って言うでしょ」

「なら、このまま写真館のバイトを続けてもいいかな」

 僕はそう切り出した。


「そんな冗談止めてね。時給九百円じゃ、食べて行けないでしょ」

 母の言葉が、鋭く僕に刺さった。

「手取り三万五千円の今のお給料だけじゃ、駄目だって僕にも判るよ。だから、他にも仕事をすればいいでしょ」

「他の仕事って、何か当てはあるの?」

 香子姉さんが問いかけてきた。


「今だって、ハンバーガーショップと写真館の仕事をかけ持ちでしているんだ。きっと大丈夫だよ」

「でも、ハンバーガーショップに就職しても、ねぇ」

 母はつまらなそうにこぼした。

「それが、カナタの決めた人生なら、姉さんはいいと思う。店長とか、幹部候補生になるってことよね」

 香子姉さんが、静かに訊いた。

「そうじゃ無いんだ。シフトを組んだり、新人教育をするんじゃなくて、もっと、『何かをつくる』仕事に就きたいと、今は考えているんだよ」

 僕は頭の整理が付かなかった。


「だから、印刷屋さんの営業職なのね」

 母の言葉に僕は頷いた。

「僕は写真やイラストが好きなんだ。そしてデザインなんかも。でも専門に学んだことが無いから、印刷所のグラフィック・デザイナーとかDTP オペレーターにはなれないし、皆すごく難しい仕事だって言うんだよ」

 僕はそこまで一気に言うと、コーンスープを口に運んだ。

「続けて」香子姉さんが先をうながした。


「印刷屋の営業職だったら、フライヤーやパンフレットなんかの企画や見積りで、創造的な仕事に近いんだって。紙を選んだり、印刷するインクの色を決めたり、かなり創造的だった言うんだよ。僕に絵は描けないけど、ずっと憧れていたんだ、絵やイラストを描く人やデザインの出来る人に……」


 僕は母と香子姉さんに、思っていることを全てぶつけてみた。

「それなら、仕方ないわねえ」


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