1-6 僕の夢と父さん

 それから僕は、授業を終えて家へと辿り着いた。夕飯を食べ、リビングでくつろいでいると、父さんが仕事から帰ってきた。


「おかえり、今日は早いのね」

 玄関で朝美母さんが父を出迎える。

「ああ、今日は仕事が薄いから、早めに上がったんだよ」


 父の宮島学は、今年で四十六才を迎える。市役所勤めが長く、今は観光課の係長をしている。中肉中背だが、最近お腹まわりに肉がついたらしく、少しやせようかな、と話していた。


「父さん、僕、何もなりたいものが見つからないんだ。三上さんの小説家になる夢や、三瓶君の野球選手になりたいみたいな夢が、まだないんだ。どうしたら、いいかな?」

 父さんは鞄を椅子の脇に置くと、ネクタイを緩めながら、言葉を返した。


「今から探すなら、何か手に職をつけるのがいいんじゃないかな。男は二本の腕で生きていくんだ。一生使える技を磨いたら、どうかな」

「例えば?」

 僕は、父さんにお味噌汁椀を渡す母さんをよけながら、尋ねた。

「工業系だけでなく、文系にも様々な職種がある。芸術系にもね。この間買ったカメラだって、一生の仕事にできる道具なんだよ」

「うん……。カメラはまだ良く分からない。僕もいろいろ探してみて『これだ』という仕事がまだ無いと、分かったんだ。カメラか……」


 父さんは上着をハンガーに掛け、僕の方を見た。

「カナタさえ良ければ、今度撮影を教えてあげるよ」

「どうしたら、いいの?」


 僕はよく分からなかったが、とりあえず父さんの話を聞いてみようと思った。何も分からないところからのスタートだって、いいんじゃないか。僕は、全くカメラや写真の事は分からなかったが、少し興味がでてきたのだった。今は、机の脇に置いて、ただその美しい筐体きょうたいを眺めるだけで良かったのだ。写真を鑑賞するのではなく、まずは美しいフォルムをしたカメラをめでたのだった。


「父さん、僕に写真やカメラを教えて下さい! 宜しくお願いします」


 僕は頭を下げて頼んだ。人に物を頼むのは久しぶりだった。

「分かった。今度の日曜日に、香子姉さんと一緒に温室植物園へ行こう。そこで少しだけど教えてあげるよ」

 香子姉さんが反応した。

「ゴメン、私、今度の日曜日は用事があるの」

「そうだよね、試験前だものね」

 朝美母さんが、言葉を継いだ。


「それなら、僕、モデルを学校の友達に頼んでみようかな」

 僕は思い切って、そう言ってみた。

「そうだな、それが良いよ」

 父さんは、そう言って食卓の席に着いた。

「だれか、良い人がいるの?」と朝美母さん。

 僕はゆっくりと頷いた。

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