1-5 夢のはなし

 翌日の月曜日、僕はいつも通りに学校へと行き、お昼休みを迎えた。今日、勇気を出して三上美希さんに話しかけてみようと考えていた。どうして「小説家になりたい」と思ったのか。それをどういう風に見つけたのかを、知りたいと思ったのだった。


「三上さん、ちょっといい?」

「何? 宮島君」

 僕は、三上さんがお弁当を食べ終わるのをみはからって、三上さんの隣の席に腰かけた。

「あのさ、聞きたいコトがあって……」

「何かしら?」

 僕は思い切って言葉を継いだ。


「どうして三上さんは『小説家になりたい』って思ったの? それを知りたくて。もし、嫌じゃなかったら、教えてくれないかな?」

 三上さんは頷いた。

「わたしね、三つ下の妹がいるの。中学校生徒の頃に、妹に『物語を読んであげたい』って思ったの。その時に、手元に何も本が無かったから、即興で物語を作ってあげたのよ。それがキッカケかな」


 三上さんは、少し恥ずかしそうにそう告白した。

「そうだったんだね。妹さんにはよく読み聞かせをしてあげているたの?」

 僕は素直な問いを発した。

「眠る前に、よく絵本を読んであげていたんだ。それが童話になったのが、妹が小学校三年生の時からだったの」

「三上さんの小説家への夢は、妹さんと一緒に育ったんだね。今日は、聞かせてくれて本当にありがとう」


 僕の言葉に、三上さんは笑顔になった。

「ところで、宮島君は、将来何になりたいの?」

「それを今、探してるんだ」


 僕は、憧れている三上さんと話すことが出来て、飛び上がるほど嬉しかった。胸の中で、いろいろな想いが弾けた。それは炭酸水のようだった。爽やかで、甘くて、ほんのりと香った。思い出す度、胸が高鳴った。


「頑張って、探してね。君の未来を」

「ありがとう」



 僕はお昼休みの残りの十五分を使って、図書室へ行こうと考えた。何か、探している自分に到達するものが、見つかるかもしれない。


「こんにちは」

「あ、どうも」


 図書室の入り口で、同じクラスの上戸三瓶君と出会った。三瓶君は野球部で、一年生ながらレギュラーを務めている、優秀な選手だった。ポジションはセカンドだった。

 僕は思いきって、三瓶君にも声をかけた。


「あの、三瓶君は、将来何になりたいの? もし良かったら、聞かせてくれないかな」僕は一息にそう訊いた。


「……甲子園に行ってさ、それからドラフトで指名されて、プロ野球選手になるのが、『表の夢』さ」

「『表の夢』?」

「ホントは無理だと思うから、本当の夢は親がしているホカ弁屋を継ぐことかな」

 僕は思わず笑みをこぼした。

「いい夢だね」

「ところで、カナタ君の夢は?」


僕はちょっと間を取ってから答えた。

「僕の今の夢は『将来なりたい職業を探す』ことなんだ」

「まずはそこからだね」

三瓶君はニカッと笑った。



 僕は図書室の前で五分位三瓶君と話をした。お昼休みの時間は、あと十分残されている。


「あと少しで、何か借りられるかな」

 僕は急いで図書室に入った。


––ええと。


 僕はパニックのようになってしまった。


 三上さんにも、三瓶君にも、あんなに素敵な夢があるのに、僕は何も夢を持てずにいるのだ。僕は、自分自身が情けなかった。


––もうお昼休みが終わってしまう。


 僕は、結局何も本を借りずに図書室を出た。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る