第16話 闇の弟

『リカルドの居候さん』


 リカルドを知っているかのようなそのニュアンスに、ルディは違和感を覚えた。

 リカルドのことはみんな“有名な魔法使い”として知っている。


 しかし背後にいる人物からの言葉には、リカルドのことを“それ以外のこと”でよく知っているということを表している気がした。

 ルザックはルディの背後にいる人物に目を向け、口を開く。


「力のある魔法使いはこの世界に一人じゃない。そこにいるハロルドも力のある魔法使い、そして彼は俺達に協力してくれる存在だ」


「ハロルド……?」


 リカルドと名前が似ているような。


「そう、ボクは力のある魔法使いだよ。リカルドに劣ることはない、ね。いや、リカルドと対等の立場にあるっていう感じかな。ボクはあの男の双子の弟だよ、初めましてルディ」


「双子っ……!?」


 ルディはリカルドの抱擁を力づくではがすと後ろへ振り返った。

 そこにいたのはリカルドと同じ青い髪を持つ青年だった。髪の色よりも濃い青色のゆったりと肩が大きくはだけたローブをまとい、あらわにしている肩の色はとても白く、線も細めで小柄、兄とは正反対の華奢な体格をしている。

 それだけじゃない。目つきも悪くなく、二重のとてもかわいらしいキラキラした瞳で、愛想の良さそうな笑みを浮かべている。


「ほ、本当にリカルドの弟? 天地の差を感じるんだけど。いや善と悪ぐらい?」


「サラッとすごいことを言ってるねー、当たってるけどさ。あいつが聞いたら怒るよ……ふふ、キミのこと気に入った」


 ハロルドは無邪気に笑うとルディの手を取り、自身の頬へ押し当てた。先程首に巻きついた腕同様、頬も体温がないくらい冷たいが血色が悪いわけじゃない。


「ルディって良い名前だね。ルディはリカルドのお気に入りだね」


「お、お気に入り? そんなわけないだろ」


「そんなわけなくないよ。キミはリカルドに近い場所にいる唯一の存在なんだよ。あのヒト嫌いなリカルドが気に入ってなきゃ、ずっと一緒にいるなんてできるわけないもの」


 リカルドのお気に入り。そんな考えを抱いたら気恥ずかしくなり、言葉が出なくなった。別にリカルドとは何気ない付き合いがあるだけだから、そんな気に入るとか考えるような関係でもないと思っていたから。


「だからキミにもホントは竜探しを手伝ってもらいたかったんだけどなー。竜のことを聞けばリカルドなら必ず出てくると思ったから楽しみにしていたんだよ。もう百年ぐらい会ってないもん」


「百年っ! なんでまた?」


「ケンカしたんだよー、兄弟ケンカってヤツ。リカルドのクリームメロンパン勝手に食べたら山二つがなくなるぐらいマジで怒られちゃってさー」


 ルディは口を半開きにして「あぁ」と納得した。甘党リカルドの好物を横取りしたら、それはこの世の破滅級ぐらいのことが起こりそうだ。山二つで済んだだけ良かったかもしれない。


「まぁ、そんなだからね。でもリカルドは今は出てこないにしても必ず出てくるよ、竜がからめばね。その時はキミも出てこなければならなくなる……それはそういう運命だから」


 ハロルドにその意味を問おうとしたら、彼は手をパッと離した。


「ふふ、リカルドが慌てて逆転移の魔法でキミを召喚しようとしてるよ。キミに触れているとボクの身体は下手したら転移に挟まれてスパッと切られちゃう」


「え、わ、わ?」


 ルディの足元に鈍い光を放つ円陣が現れ、小さな光の粒がポツポツと飛び始めた。自分の身体はその光に包まれていく。


「ルディ、リカルドによろしく。大丈夫、王子達の望みはボクが叶えるからね。この闇の魔法使いであるボクにまかせて」


「や、闇――?」


 もう少し話を聞きたい、そう思ったがかなわず、自分の身体は光の粒に覆われて発光する。

 そしてその場から消えた。まぶしすぎて思わず目を閉じながらルディは考える。


 闇の魔法使い……さっきリカルドに光の魔法使いの反対はいないのか、なんて冗談半分で言ったけど。双子の弟ハロルドは闇の魔法使いらしい。光の魔法が“再生や育む”力であるなら闇はその反対……。

 そんな魔法使いが表立った行動を起こしたらどうなる? フィン達の望みを――竜を探し出して何をする気なんだ。






「おい――おい、ルディ、着いたぞ」


 聞き慣れた声。目を開けるとそこは薄暗いリカルドの家の中。窓からの日光はすでになく、ほのかな月光だけが室内に注がれている。

 自分は棒立ちになっていた。まぶたの重さにまばたきをすると、今まで寝ていたのではないかと思った。


「あ、あれ……いつの間に夜になったのか?」


「ここまで転移するまでに少し時間がかかっちまった。あいつが邪魔しやがったんだ。くそ忌々しいヤツだ」


 リカルドは舌打ちをすると窓の方へと歩き、大きなため息をついて外を眺める。

 ルディはリカルドに向かって「全部見ていたんだろ」と彼に聞いた。

 リカルドは動きも反応もしなかった。


「あのさリカルド、俺は何も知らない。リカルドの生まれた時とか家族とか、生い立ちとか。いつからお前と知り合ったのか何もわからないんだ。お前が超甘党ってことしかな」


 ルディはリカルドに歩み寄る。視界に入るのは魔法使いらしからぬ大きな体格だ。弟のハロルドと全くの真逆。天使のように見えるハロルドに比べ、たまに邪悪にも感じる、どうしようもない魔法使いだ。


「でも俺はリカルドといるのが好きだ。お前がいるから俺は怖くても自信がないことでも、お前がいるから大丈夫だって思って乗り越えられる気がするんだ。それはお前に甘えすぎなのかもしれないけど……でも安心するんだ。だからお前のこと、知ってること……よかったら教えてくれないか。俺でよければ」


 それか――はちみつバタートーストを今度は二十個買って来てやるから、と言うと。

 リカルドの両肩がピクッと動いた。

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