第15話 竜を求める人々

 決して王子らしくはないその部屋に戸惑いを感じていると、自分達がたった今入ってきたドアがノックされ、ギィと音を立てて開いた。


「よっ、また会ったな」


 陽気に片手を上げて入ってきた人物にルディは「あっ」と声を上げる。入ってきたのは、あの金髪男だ。


「別れたのも数時間前なのに、こうしてまた会うなんてなぁ、偶然ってすげぇわなぁ、はははっ」


 まるで昔馴染みの調子でこちらに近づいてくると、金髪男はルディの髪をクシャクシャとなでてから手近なイスに腰をかけた。

 王子の部屋に来るということは金髪男も重要人物なのだろうか。どの立ち位置の人物なのか全く想像つかないが。


 薄暗い空間……二人の妙なヒトにジッと見られて居心地の悪さを感じ、ルディの眉間には力が入っていた。


「よ、よくわからないけど。二人は何者なんですか。何がどうなっているんですか?」


 金髪男がズカズカとこの場に入ってきた理由も。王子が自分――いやリカルドを呼び出した理由も、王子がなぜこんな場所で過ごしているのかも……何もわからない。わからないことだらけで、こんな閉鎖的な場所にいるのは怖いものを感じる。何かよくないことになるんじゃないかと。


(で、でも大丈夫、だよな。あいつ、見てるから……)


 自分をこうして使いに出してはいるが、リカルドはきっと何かしらの方法で、この場の様子を見ているはず。いざという時はリカルドがなんとかしてくれる。その希望があるからまだいいが、なかったら絶対に心細い。


「まぁまぁ、そう緊張するな。順に説明してやるから落ち着けよ」


 フィンがイスに座るのを見計らってから、金髪男は己の足を組んだ。


「ここにいるのはお前もわかってはいるだろう。  このランス国の王子フィン・ランスだ。この国唯一の世継ぎであり、次期国王。だが王子は生まれつき、のどの病気を患っていてしゃべることができない。だから俺が代わりに話す。俺の名はルザック、王子の近衛騎士だ」


 そう言うルザックの腰には確かに鞘に収められた長剣が携えられている。自分がこの場で不審な動きを見せればすぐに剣が抜けるのだろう。


「ここはな、ランス国の王城じゃない。王城はまた地下の別の場所にあり、俺達は王側の人間とは別行動をしている。つまり国王には内緒で動いているってことだ」


 そんなことを自分なんかに教えていいのかと思った。そんなこちらの疑問がわかったのか、ルザックは不敵な笑みを浮かべる。


「そんなこと話していいのかって思っただろ。そんなことは問題じゃない。お前がこのことを外にバラせばお前自身の身が危うくなるし、そもそもこんなバカげたお前の話なんか、鵜呑みにしてくれるヤツは表にはいないってことだ」


 なんだかバカにされた感じで思わず唇が尖っった。まぁ、そう言われればそうなんだが。


「でもリカルド――森の魔法使いがそれを公にしたらどうするんです、リカルドは有名なんでしょ」


「それも問題はない」


 ルザックは自信満々に言い切った。


「それよりも俺達は王側の人間とは別行動をしていると言ったが、その目的は竜を探し出すことなんだ」


「竜……」


 このところやたらと竜の話題が出てくるのはなぜだろう、何か特別な流れでもあるのだろうか。


「その理由については教えられないが、とにかく俺とフィンは竜を探している。それについて森の魔法使いに力添えを願い出たんだ。その魔法使いは大変な知識と力を蓄えた人物だと聞く、竜のことも知っていると思っていた」


 ルディはその言葉にうなずかなかったが、リカルドは確かに竜を知っていると思った。むしろ竜をとても大事に思っている。その理由は不明だが、そんな男が竜を探しているという、この二人に協力するとは思えない。


 リカルドの返事を聞いていないが、ルディは首を横に振ると「それは無理です」と答えた。


「なんの目的があってか知りませんが、リカルドはどんな目的があったにせよ、ヒトに協力することはありません。どんな大金を積まれてもどんな報酬があってもリカルドは自分の信じること以外に力を貸しません」


 なぜか力説してしまった。この二人がどんな目的があるのかはわからないが、リカルドが毛嫌いするような気がする。

 リカルドが嫌なら、自分も嫌だ。


「ふぅん、お前はその魔法使いをずいぶん信頼しているようだな。まぁ嫌だと言うならしかたないさ、無理強いはしない」


 いやに引き下がりが良すぎて妙だと感じた。

 ルザックは組んでいた足を下ろすと視線を別の場所――ルディの背後に飛ばした。視線の先にまるで誰かがいるように、そこを見てニッと笑う。


「魔法使いはこの世に一人って、わけじゃあないからな」


 そう言われた時、一瞬、時が止まったような気がした。

 同時にルディも身動きを止めた、背後に何かの気配を感じたのだ。目の前にはルザックとフィンがいて、他には誰もいないはずのこの空間に。自分のすぐ後ろに誰かの気配を感じる。すぐ後ろに立ち、イスに座る自分を見下ろしているような気がする。


 だがどこかで感じたことがある気配だ。

 いつもそばにいる、あの男のようなこの感じ……もしかして見るに見かねたあいつが転移魔法を使って、この場に現れたのか。

 いや、話の流れからして違う気がする。

 では誰が。


「そうそう、力のあるすごい魔法使いは“あいつ”だけじゃないんだなぁ、ねっ、リカルドの居候さん」


 背後から楽しげな男の声がすると、いきなり首に何かが巻きついた。

 それは青色をしているが少し重たそうな素材のローブからのぞく白い両腕。体温が低いのか水でも浴びたのか、異様にひんやりしている。

 それは後ろから抱きついてくると苦しくない程度にギュッと力を入れていた。

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