第11話 眠る子ウサギ

 風は止むことなく吹き荒び、この場にいる者達は全員動きを封じられ、さらに風圧でこの部屋全体が内側から外へと押されている。

 ここは地下。ここの外壁が崩れれば当然、周りを囲む土がなだれ込み、この場にいる全員は埋もれ死ぬだろう。


 それもあるが、この風を生み出している小さな子ウサギのことも心配だ。無意識に、これだけすごい魔法を放っていれば相当な力を消費していると思う。自分は魔法には疎いがリカルドが前に教えてくれたことがある。


 魔法を使う側にも限界はある、魔法というのは自身の生命力を使っている。

 それを使い切るということは生命力を全て使い果たすこと。

 それは死を意味する。


『まぁ、普通のヤツなら寝れば生命力を回復するけどな。俺は寝なくても回復できんだぜ。だからって調子に乗って俺に魔法を使い続けさせんじゃねーぞ、バカ』


 最後の一言は余計だが、そんなことを言っていた。ニータが魔法力を使い切ればこの風は止むが、それはニータの命を失うことになる。それではダメだ。

 ではどうやってこの風に立ち向かうか。触れたら腕がズタズタだ、そしてみんなは動けない、どうしたら――。


(そうだ、俺には……リカルドがいるじゃないか)


 ふと魔法使いの言葉を思い出すと同時に、魔法使いがどんな存在であるかを思い出した。

 リカルドは光の魔法使いだ。一般的な魔法使いはピア達みたいに火や水など自然に関係した力を使うが、光の力を使うのはリカルドただ一人だと聞いている。


 そして光の力が意味するのは“生み出す”こと――再生の力。

 けれどその力を使うことはほとんどないらしく、自分がケガした時は文句を言いながらも、その力を使ってくれる。

 リカルド曰く『疲れるからお前以外に力を使う気はねぇ』と言っていた。どこまで本気で言ってるのか、わからないけど。


(でも、だから大丈夫だって思える。痛いには痛いだろうけど俺には光の魔法使いがついているから)


 ルディは確信を抱き、隣の男に向かって言った。


「俺の背中を押していてくれるかっ! 俺がなんとかするからっ!」


 再び男と目が合う。前髪で顔を覆っている時は暗いような印象を受けたが、風で払われている今は男の顔がよく見える。

 なるほど、サリが騒いでいたように男は整った顔立ちをしている。周りを気づかう言動も見られるから、きっと誠実な人物だと思う。この騒動が落ち着いたら、ちゃんと話をしてみたい。


 男は何も言わずにルディの背中へ移動すると背中に両手を置き、後ろから支えるように立ってくれた。


(行くぞ、大丈夫……俺は一人じゃないから大丈夫だっ!)


 ルディは深呼吸をすると両手を前に伸ばした。壁際にいるピアが「やめて!」と叫んでいるが大丈夫という確信のせいか恐怖はなかった。


 大丈夫、俺には光の魔法使いがいつでもついている。いつでもあいつがいる。


 その意味がどれだけ心強いことか。性悪男に感謝を述べるつもりはないけれど心では感謝を思っている。


 いつも偉そうなヤツ。傲慢でひどいヤツだが彼のおかげで自分はなんでもできそうな気がするのだ……どんなに危険なことでもっ!


 ルディは風のバリアに向かって両手を伸ばした。手の平にビリッとしたものを感じると風の向きがなんとなく変わった気がした。


「――つっ!」


 同時に両腕に強い痛みが走った。ググッと腕をひねられているような強い痛みに思わず歯を食いしばる。気を抜けば腕がねじ切れてしまうのではないかという気がした。

 おそらく風によって皮膚が細かく刻まれている。風が吹いているから出血は飛ばされて見えないけど。この風がやんだら腕がとんでもないことになっているかもしれない。


(それでも大丈夫、ニータを助けるんだ。俺にはそれができる、戦う力はそんなにないけど、俺にはそういう運命がついてきてくれている!)


「ニータ、ニータ! 大丈夫だ、大丈夫だからな!」


 激痛をこらえ、ルディはバリアに向かってさらに腕を押し込んだ。硬い殻のようなものが破れた感触―― 腕がスッとバリアの中に入った。

 中にいる存在の名前を叫び、ルディはさらに腕を伸ばす。


 すると、うずくまっていた身体にやっと手が届き、やわらかくて長い耳に触れることができた。ゆっくり怖がらせないように、さらに手を伸ばし、小さな身体へと手を回す。


「ニータ、もう大丈夫だ」


 ゆっくりニータの脇の下に手を入れ、身体を持ち上げる。予想以上に軽い身体、本当に小さな身体……まだお母さんに抱きしめられたいだろう幼い子供。

 本来ならフワフワでやわらかいだろう手触りが今は痛くて何も感じない。せっかくのフワフワベージュの毛を血で汚してしまうけど、ごめんね、とニータにささやく。


 ルディはニータを抱え直し、腕の中にしっかりと抱きとめた。小さな身体は悪夢にうなされているように顔をしかめ、小刻みに震えている。


「大丈夫だよ、ニータ」


 その身体をギュッと抱きしめた。長い耳が頬に当たるとくすぐったかった。


 その時、風がゆっくりと空気に溶けていくようにその勢いを消していく。バリアが消え、風もやみ、あちこちに張りつけにされていたヒト達がドサドサと落ちていく。


 風の光がなくなりつつある地下室は暗闇に包まれかけたが、慌てて火の魔法の使い手が先程ここに来るまでの光源――ビー玉のような光の玉を再び放ち、室内の明かりを確保する。

 そして水の魔法の使い手は倒れ込んでいる“誘拐犯”達をヘビのように動く水で縛り上げると「とんでもないヤツらだ」と舌打ちをした。


 ニータは疲れ切ってしまったのだろう、いつの間にかスヤスヤと寝息を立てていた。

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