第10話 驚異の風魔法

「なんだよ、これっ! ニータ! ニータはいるのかっ⁉」


 なんとか室内に入ると、ひときわ風が勢いを増し、数人の男の悲鳴が聞こえた。風で吹っ飛ばされた見知らぬ男が一人、また一人と四方八方に飛んでいき、壁に叩きつけられていく。


 そんな中、一人の男だけが。ルディが突き進んだ先で風に負けぬように踏ん張っていた。先程も見た後ろ姿――マントが激しく風になびいている。


 しかしとうとう強風に耐え切れず、背を向けたまま、ルディの方へと吹っ飛んできた。

 ルディはその男を押さえようとしたが強風と男の体重に耐え切れず、男の下敷きになってしまった。


「うぅっ、あ、あんたはっ」


 男と目が合った。今まで隠れて見えなかった左目は強風で髪がかき上げられ、しっかりとそこに存在しているのが確認できたが、この状況で瞳の色までは伺えない。


 けれど男は悪いことをするようには見えない、真っ直ぐな目をしていた。

 男は下敷きにした自分を助け起こしてくれると肩を支えながら叫ぶ。


「あいつをなんとかできるかっ⁉」


「はっ、あいつ?」


「あそこにいる風魔法を暴走させている獣人だ!」


 男が示す先には緑色の光を放つ半透明のバリアのようなものが床に張られ、その中心では緑の三角帽子を両手で押さえ、うずくまる小さな子ウサギがいた。


「ニータッ!」


「あいつをなんとかして、この風が収まらないとここが崩壊してみんな死ぬぞっ!」


 男は状況を説明してくれた。

 しかしルディは男を睨みつける。


「なに都合のいいこと言ってんだよ! お前があの子をさらったりするから、こんなことになったんだろう!」


「違う、俺じゃない! あの子をさらった誘拐犯なら、そこら辺に張りついてるだろ!」


 男が天井を指し示す。確かに薄暗い天井には身なりの汚い男達が身動きできない状態で、きれいにまとめて張りつけにされている。


 この男は誘拐犯じゃなかった。

 じゃあ何者なんだ。

 だがそれより、今はこの状況をなんとかしなくては。ピアとディアなら打開策を教えてくれるかも。


 この部屋に入ってから二人の姿を見失っていたが、二人はすぐに視線に捉えることができた。小柄な身体は風に負けないよう、壁にぴったりと張りついて耐えていた。


「もう大丈夫だよニータ! もう怖くないからっ!」


「くそっ、ニータッ! 目を覚ませ! いい加減にしろっ!」


 歯を食いしばって二人は叫ぶが、ニータには届いていない。

 このままじゃ、みんな吹き飛ばされるか、体力が尽きて終わりだ。


 轟々と風の音が響く中、二人は叫び続けるがニータは眠っているかのように依然うずくまっている。


 臆病なニータだが、実はピアやディアの手に負えないぐらいの多大な魔力を秘めていたようだ。普段は鳴りを潜めているが、恐怖が極限まで達した時は力が爆発した状態になるのかもしれない、制御が効かない力が。


 収束させようにもニータは目を閉じて意識も閉ざしてしまい、何も見ないようにしている。彼の中の恐怖がなくなるまでは、この風魔法の暴発も静まらないだろう。


 安心させるには兄達の声を届けるのが一番だ。しかし壁に張りつけ状態ではどうにもできそうにない。大人の体格の自分なら、なんとか動けるが。


「ニータ……!」


 まだ出会って間もない、心を許してもらえていない俺の声なんか聞いてくれるだろうか。

 ……やってみるしかない。


「おい、あんた協力してくれっ! 俺一人じゃ、この風にかなわないけど、あんたと一緒に前に進めば多分行ける! 見知らぬ俺なんかの頼みで悪いけど、ちょっと腕貸して前に進ませてくれよっ!」


 男はを見開く。

 だが躊躇なく「わかった」とすぐに答えてくれ、互いの腕を組み合わせてくれた。


 男は色々な場数を踏んできた手練なのかもしれない。腕はがっしりとしていて大した修練をしていない自分と比べたら、たくましいなと感じた。


(これなら進めるっ!)


 ルディは男と腕を組みながら前方からの向かい風へ、ゆっくりと押し進んで行く。飛ばされないように両足を踏ん張り、ズリズリとずり足をしながら。


(俺の声、聞いてくれるか、ニータ!)


 ようやくニータの前にたどり着いた。


「ニータッ! ニータ、聞こえるかっ!」


 バリアの中にいるニータに向かって声を張り上げる。


「もう大丈夫だ! ピアとディアもいるっ! もう大丈夫だよっ!」


 声をかけるが風でかき消されてしまうのか、ニータは動かない。

 男に身体を支えてもらいながらルディは手を伸ばし、バリアに触れようとした。

 その時、ピアが遠くから手を上げ、叫んだ。


「ルディッ!  それに触ったらダメっ! 触らないでーっ!」


 だがそれは間に合わなかった。指先がバリアに触れた途端、右腕全体に痛みが走った。

 とっさに腕を引っ込め、腕を見てみる。

 ちょっとしか風に触れていないのに、腕は全体が鋭いカマで切られたかのように無数の細かい傷がつき、血が滴った。まるでかまいたちにでも裂かれたみたいだ。


「ニータの属性は風! ニータを守るバリアは無数の風が集まってできている! 触らないで! 下手したら腕が切断されちゃうっ!」


 ピアの解説を聞き、ルディは愕然とした。

 これじゃどうしようもないじゃないか。

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