第3話 襲撃

「炭屋のじいさん!ぼた山に”赤の盗賊団”が出た。セワシカとシャーシカがさらわれたかもしれん」

「なんだと!こうしちゃおれん!」


 裸のまま風呂を飛び出そうとするヒロシカを複数のおじさんが組みついて止めるのが見えた。


「離せ。息子夫婦が攫われる」

「待つんだヒロシカ。捜索は詰所の騎士団に任せるんじゃ。もう日が暮れる。今から追っても森で迷うだけだ」

「そうだ、炭屋まで攫われたらノインが一人になっちまうだろ」

「あいつにまた家族を失う経験をさせる気か」


 ノインの名前が出た後からヒロシカは大人しくなった。

「ノイン……。畜生、ワシじゃ奴らを倒すことができんのは分かっている。じゃが……」


 その時、くぐり戸を通って番台が飛び込んできた。

「みんな!銭湯から出るな!ラガーンが数人集落に入り込んだらしい」

 風呂の中で嵐が過ぎるのを待とうとした時だった、周りの時間がいきなり止まったかのように誰も動かなくなった。


「よぉ、初めまして。俺の名はウェリ。オーバの同僚で四人いる管理人の一人だ」

「管理人ちゃんの同僚……ですか」

「ん?いきなり話しかけたのに驚かないんだな」

「えぇ、管理人ちゃん……おそらくオーバさんは挨拶もなしに話しかけてくるので、少し慣れ始めているのかもですね。

ところで、ティアと言う方も管理人の一人ですか?」

「ティアのこともオーバからか?」

「いえ、この集落でお世話になっている方が信仰する神の名前がティアとオーバでしたので、あなたと同じように管理人なのかと確認したまでです」

 と言うか、やはりこの世界で崇められている四柱。それはすべて管理人なのだろう。

「あぁ、俺たちは三人で管理人をやっている。オーバとティアと俺だな。あとは管理用のシステムを動かしている」


 システムを動かしている……?一人は管理プログラムなのだろうか。


「では、これからお前さんに渡したマルチ眼鏡と、その世界の魔法についてチュートリアルでも始めるか。まずは、時間が動いたら服を着て外に出てくれ」

「その前に──」


 チュートリアルと聞こえたので、率直に気になっていることを質問した。

「戦闘のチュートリアルのために、わざとノインさんのご両親を襲わせたのですか?」

 もしそうなら、コイツはどうにかしてぶっとばさねばならん。

「あ~、違う違う。襲われたのは偶然だ。だが、数が少ないしバラバラに動いてるから、ちょうどいいと思ってお前さんにアクセスした。

戦闘させてみようと話しかけたのは俺の判断だが、俺たちは敵に襲われるイベントを設定したり、世界に細かな干渉は本来できないように制限されている」


 てっきりチュートリアルのために事件を起こしたのかと思ったが、違うのか。

「俺たちに許されているのは、お前みたいな転移者や高位の神官へのお告げや、時間の停止と早送り……あとはこの世界でどんなイベントがあったのかの記録を見ることと……あと二、三個くらいだ。ちなみに時間の巻き戻しはできない」


 それは干渉と言うより、鑑賞できるというのではないだろうか。

 拍子抜けでちょっと落ち着いたので真面目に話を聞いてみる。


「それで、チュートリアルとは?」

「それは実際に侵入者三名の排除をしながら話そうか。風呂から飛び出したら雑嚢から服を選択して、装備ボタンで着ながら風呂を飛び出してくれ」


 その言葉を機に時間が動き出す。

 引き留める番頭をよそ目に、風呂場から半裸で銭湯を飛び出し、ポーチ……インベントリを開き、服とマルチ眼鏡を装着した。


 周囲を見渡してヒロシカの家の方に走り出す……家から火が出ている……。

「ノインさん……どうかご無事で……」


 ヒロシカの家の前まで走ると、ゲームなどでよく見るゴブリンのような小さなモンスターが、ノインさんに馬乗りで短剣を振り回していた。

 ノインは家にあった手斧でガードしているが、ノインの肩のあたりに大きな血の跡がある。

 俺は怒りに任せてゴブリンにタックルをかまし、一撃食らわせた。


 ノインの怪我は大丈夫だろうか……と、その小さな体を抱きかかえると震えていた。

 その刹那に、また時間が止まる。

「敵を確認したな。眼鏡の左のつるに触れてみろ」

「それでコイツをぶっ倒せるなら!」

 つるに触れるとレンズの右端にR、G、Bのスライダーが、上部に謎のゲージが現れる。

 このタイプのコックピット表示は見慣れている。分かりやすくていい。

 R、G、BそれぞれのパラメーターはMAXの一六じゅうろくを指していた。

「よーし、ちゃんと動いているな。じゃあ、目に見える敵をロックオンしてくれ。注視する感覚でOKだ」

 敵に意識を集中するとロックできたようだ。

「あとはつるに有るスライダーを指で調整して、ロックした敵が薄く消えるところを探してくれ。受験勉強で使う赤シートみたいにあんまり見えなくなる瞬間があるからさ」

 ゴブリンの皮膚が暗めのオレンジに近い色の敵だから、GとBを下げて薄くなる所を見つけた。

「Rが少し高いか……下げて、よし。完全には消えないがこのくらいか!」

「よし、そんなもんだ。あとはシュート!とかバン!とか好きに叫べ!」

「シュート!」

 時間が動くとともに、目の前に赤緑青の三色のフィルターが現れ、何かしらの力がそこを通って朱色の光線が発射された。

「ギャッ」と敵が呟き皮膚の表面のオレンジ色が剥がれ、グリーンの素肌が現れた。

「あれはペイントだったのか……」

「鎧がはがれたな、今見てるのがグリーンゴブリンの本当の姿さ。闇に紛れやすいように夕闇色の服を着ていたのさ。もう一度RGBの値を変更してシュートをしてくれ」


 状況はよく分からないが、チュートリアルに逆らうとあとから碌な目に合わないのは経験で知っている。

 ノインから手斧を受け取りながら、グリーン系の近似色を探した。

「シュート!シュート!シュート!」


 ゴブリンは肩で息をしながら片膝をついていた。効いているらしい。

 だが、三発目が不発だった。

 よく見てみるとコックピットの上部のゲージがほぼ空になっていた。

 これはエネルギーの残量なのだろうか。

 しかたないので、ゴブリンの走り寄りながら、手斧の一撃を胴体に叩き込む。


「これで終わりだ!」

 ゴブリンの腹部に一撃食らわせると動かなくなる。

 ゲームみたいに死体は霧散しないが、もうロックオンできなくなっている。

恐らくゴブリンは死んでいるのだろう。


 眼鏡でゴブリンを注視していたら、時間とともに上部のゲージが回復しているのが分かる。

 これはリキャストタイムのような感じなのだろうか。



 それからは騒ぎの起きている場所に走り出し、同じ要領でオレンジの表皮を剥がし、シュートと斧で残り二体の敵を退治した。

 戦闘に慣れてきたので三体目を倒すときに、オレンジの表皮を剥がしてからリキャストが溜まるのを待ってシュート三発を放ってみたが、結局とどめは斧が必要だった。


「三体目……これで最後か」

 グリーンゴブリンを倒し終わったのを確認して、ノインの元に駆け戻る。


「ノインさん無事ですか」

「グラスキーさん、ありがとうございます。私は大丈夫です。怪我はしていますが、あと二時間もすれば復活できます。」


 復活できる……そういえば、復活の日の話を聞いたな。

 切れた腕すらも元通り復活できると。


「それよりも早く、ゴブリンの死体を縛り上げてください」

 ノインの声が必死だったので、多分必要なことなのだろう。

 薪割り場にロープがあったのを思い出し、家の前に出たゴブリンの手足を縛りあげる。

「これでいいかな」

 残りの二体は村の人たちが縛り上げてくれていたので、集落の集会所に作られた牢屋に三体の死体を運び入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る