第2話 復活の日って何ですか?

「おつかれさん。午前中に一五セット終わるとは本当に助かったよ」

 俺は息も絶え絶えで生返事しかできなかった。

 薪割りってここまできついのか。キャンプとかその日使う分の木をちょっと集めるくらいだから想像だにしていなかった。

「おじいちゃーん。お昼できたよー」

「今行くよ」

 食欲はあまりないが、休めるだけでありがたい。


 結局、初めての作業でてんやわんやして、昼までに聞きたいことは聞けなかった。

 俺は昼飯を軽く済ませて、少し横になりたいと部屋に戻り、ベッドに潜り込んだ。

 様子を見に来たヒロシカがベッド近くの椅子に座る。

「今日のうちにうんと疲れておこう。心配するな。明日は復活の日だから、夜中に疲れは消えるさ」

「聞くのを忘れていたのですが、復活の日って何ですか……?お祭りかなにかでしょうか」

 行儀が悪いのは承知のうえで、ベッドに横たわったまま尋ねてみた。


「言葉で説明するより体験してほしいが……ま、明日になれば嫌にでも分かることだ」

 昼もいただいたハーブティーに、小瓶から酒のようなものを注いだ飲み物を口にしながらヒロシカは少し頭を抱えてから切り出した。

「いや、話しておくか。二〇〇年前の戦争が終結した発端が、復活の日の始まりだと聞いている。詳しくは習ってないからが、二〇〇年前突如として人も魔族も復活し始めたらしい」


「唐突に復活し始めた……どうして?」

「分からん。そこまでは学校でも教えてくれないからな。兎に角、毎月二五日になると死者は唐突に蘇生し、生きている者は病や怪我が治癒する。切られた腕すらいつの間にか元通りさ。それが常識になった」

毎月二五日とか給料日じゃないんだから……しかし、死んだら即アウトの異世界じゃなくて安心したのも事実だ。


「それが戦争の終結とどう関係が……」

「そこは詳しく習わないんだが、ワシが思うに……倒しても倒しても毎月同じ数の兵力が補強されたら決着もつかんだろう。恐らくは終わらない戦いに疲れちまったのさ」

 いくら倒しても定期的に補充される戦力があるのは、この上なく面倒くさい戦いだったろうな。


「それともう一つ、すべての種族の言語が急に”同じ言葉”に変わってしまった。それと併せて旧言語での魔法が使えなくなった。今使っているのはニホン語というらしいが、この大陸にニホンって地域はないのだ」

 言語が共通に……それで日本語が通じるんだな。薪割りの時、一宿一飯の恩義と言う元の世界の価値観を出したが、返ってきたのは「律儀なんだな」だった。

 期待していた「なんだそれは」って言葉ではなかった。


「それと時を同じくして、魔法が使えなくなったらしい。旧言語で詠唱していたからニホン語での詠唱では発動しなかったのだそうだ。魔術で作られたアーティファクトは動いているが、口述での魔法が行使できない。魔術学校はあるが、専ら日本語でも使える魔術の研究に特化してしまったらしい」

 ヒロシカは残っていたハーブティーを飲み干しつつ、色々と語ってくれた。


「学校で習うのはこのくらいだな。攻撃手段が限られてしまい、倒してもキリがなく、意思疎通できないと思っていた相手との会話が突然できるようになった。戦いに疲れた人々は話し合いで停戦を宣言して友好関係を結んだのさ」

 アーティファクト……古代文明の作った構造の理解できない機械や物質のことだったか。知っている常識と知らない常識が交互に襲ってくる。


「そんなことがあったんですね」

「一部の血の気の多い奴らは条例にサインせずに、二〇〇年たった今も未だに武装国家という小国を作って戦争ごっこをしているがね」

「そんなのが居るのに、よく僕を拘束せずに自由にさせていますね」


 椅子から立ち上がったヒロシカは、ベッドに近づいてきてから僕の顔を指差した。

「その眼鏡だよ。奴らは眼鏡を嫌悪しておるから身に付けられない。それは神の四柱のうちの一柱、先の戦争を終わらせたオーバ様の象徴だからな。戦争がしたい奴らにとっては、眼鏡は天敵と言うわけだ」

 管理人ちゃんのオーバ……ここに来た時からうっすら記憶している謎の人物だ。まさか神のアイテム的なサムシングとは……。



 午後はまた薪割だった。午前と同じく一五セットで限界が来たのだが、初めてにしては上々だと褒めてくれた。

 日が落ちる直前まで薪を割りくたくたになった俺を、ヒロシカさんが銭湯に誘ってきた。


 街に数個ある銭湯──と言っても大規模なサウナだったが──の脱衣所を抜け、腰をかがめながら入り口国グルト、広々としたサウナの内部が見て取れた。

 椅子がほぼ埋まるくらい男たちが座っていた。

 案外大きな街だったんだな。こういうのって小さな村に転生するんじゃないのか?


「おう、炭屋の。その若ぇ連れはどうしたんだい?知らねぇ顔だが、孫娘の婿かい?」

「ちげぇよ。鳶の。こいつはうちの前でぶっ倒れてたから昨日から世話してんだ」


 眼鏡を外してるから全く見えないが、屋号で呼び合うひげのおじさんがいた。

 その他の人たちは当たり前だが顔見知りらしい。

「初めまして、グラスキーと言います。ちょっと訳アリでヒロシカさんにお世話になっています」


「炭屋も酔狂だねぇ」

「ケガ人を放置したらティア様に叱られちまうよ。それに、こいつ顔にオーバ様のアクセサリーまでつけてた熱心な信者だ。ラガーンみたいな暴力的なやつではなさそうだ」

「オーバ様のアクセサリーか。それなら放っておく方が罰が当たるな」

「そういうこと」


 サウナで汗をかいて、奥にある水風呂に浸かると薪割りの疲労がじんわりと取れてきた。

 あんまり冷たくはないが、結構な水量でかけ流しになっている。

 そういえば家に水道があるんだった。日本もそうだったが、水資源が潤沢って実はありがたいことなのだと再確認させられる。

 風呂を堪能してきた時、けたたましい半鐘が鳴り響いた。

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