10.石に花を咲かす(下)

 六度目。

 時を巻き戻したものの、五度目で絶縁されたショックは尾を引いた。

 テオドールはシルビィと結ばれるように行動できなかった。


 代わりに自領に引きこもり、傷心を癒すために領地経営に勤しんだ。没頭した。

 五度も人生を繰り返したおかげで、起こる大事は知り尽くしている。

 為政者としての手練手管も磨かれている。

 予想以上の発展を遂げた。


 そのせいといえばいいのか、おかげといえばいいのか。

 巡り巡って、テオドールのところに王冠がやってきた。


 六度目の人生では、第一王子と第二王子は相食み合った末に逝去していた。

 他の王座の後継者たちも不幸に見舞われ、適当な跡継ぎがいなくなっていたので、領主として評判が良く、王家に連なる血を持つテオドールが選ばれたのだ。


 いい加減人生に飽いてきていたテオドールは、降って湧いた幸運に舞い上がることもなく、君主としての仕事を淡々とこなした。


 私欲のない姿勢と、未来を知っているという特殊な事情から成し遂げられる偉業は、彼を簡単に稀代の名君にした。


 廷臣にも人民にも慕われ、即位二十年の祝祭はテオドールが固辞したにも関わらず勝手に開催された。


 シルビィに出会ったのは、その祭の時だ。

 彼女もまた自主的に君主の慶事を祝いにきた一人で、パレードの馬車を花で飾りに来た。


「特にご希望がなければ、すべて赤いバラの花でお飾りしてもよろしいですか?」


 シルビィは円熟の年齢にふさわしく、すべてを包み込むような大らかさと、奥深い智慧を兼ね備えた女性になっていた。

 いくつになっても生き生きとして魅力的な姿に見惚れながら、テオドールは脊髄反射でうなずいた。


「しかし、どうして赤いバラなんです?」


 すると、シルビィは少し照れた顔をした。

 光の加減でくるくる色の変わるヘーゼルの瞳に見つめられると、テオドールの胸は高鳴った。


「わたくしなりの陛下への愛の告白です」


 真っ赤なバラの花束に手に告白され、テオドールは「やっぱりもう一度結婚するしかない」と決意した。


 だが、今世での結婚はお互いに残りの時間が少ない。

 テオドールはもう一度、時を巻き戻すことにしたが、その前にシルビィに質問した。


「もし時を遡る道具があったら、あなたならどうします?」


 唐突な質問にシルビィは小首をかしげ、あっさりといった。


「捨てます。怪しすぎますもの」

「それがあれば、大事なものを取り戻せるとしても?」


 シルビィはまた少し考えたが、答えは変わらなかった。


「やはりやめておきますわ。

 時が戻るなんて、石に花が咲くくらいおかしなことです。

 惹かれはしますが私には扱いきれないものです。

 自然に逆らうとロクなことにならないことは、長年の庭仕事で身に染みております」


 七度目。

 テオドールが最初にしたことは、時を遡る道具を捨てることだった。


 その道具は木製で、糸巻の形をしている。

 使い方は簡単で、自分の髪の一本を一年に見立て、巻き戻したい分だけ髪を巻きつけるのだ。

 全体に意味ありげな文字や模様が刻まれているが、どの時代にどこの国で作られたか見当が付けられない不思議なものだった。


 テオドールはこれを一度目の人生で、行き倒れていた男から譲られた。


 ちょうど第一王子への復讐も終わり、人生の意味を見失っている時だった。

 男は病気を抱えており、みな病気がうつることを恐れて助けるのを嫌がったが、テオドールは親切に介抱した。


 病をうつされて死ねれば、という下心があってのことだ。

 信仰している宗教では、自死とそれ以外では死後、行くところが違うというので、自殺はできなかった。シルビィにも子供にも会えなくなってしまう。


 残念ながらテオドールの当ては外れ、病はうつらず男は快復した。

 そして語った。


「実は私はもう何度も同じ時を繰り返しております。

 みじめな人生を変えようと、成功を望んでのことです。

 ところが毎度、一時は成功しても、あなたにお会いした時のようにみじめな姿に落ちぶれる。


 もう疲れました。

 それにあなたの親切を受けて、成功への執着も吹っ切れた。

 ずっと周囲を見返したくて生きて来ましたが、あなたに人並に扱われてやっと心が満たされました。


 これはあなたにお譲りしましょう。

 あなたになら使いこなせるかもしれない。お役立てください」


 糸巻を渡された時は、こんな便利なものがありながら諦めるなんてもったいない、と思った。


 しかし、今なら分かる。

 おそらく諦めることが正解なのだ。 

 男の一番の願いが叶わなかったように、自分も一番の願いは叶わなかった。


 あまりにたやすく不可能を可能にするこの道具は、本当の願いだけは叶えてくれないものなのだ。


 悪魔が哀れな人間を残酷にからかうために作った道具か。

 神が哀れな人間を時間薬で慰撫するために作った道具か。

 真実は何か分からないが。


 糸巻を捨てた後は、シルビィと結婚するために行動を開始した。

 何度も出会った庭園でシルビィとまた出会い、プロポーズ。


 シルビィと親交を深めつつ、念のため、過去シルビィの命を奪ってきた要因を片付けた。


 裏から手を回してメアリー王女と隣国の王子との縁談を進め、通り魔も逮捕させ、死因になった事故については予言という形でシルビィに知らせ、病気についても注意を促した。


 さっきシルビィがハシゴから落ちた時は、一瞬絶望したが、何事もなく済んで心底ほっとした。

 腕の中にあるシルビィの体温が愛おしくてならない。


「シルビィが私を嫌いでも、私はシルビィのこと大好きですからね」


 本心からいったが、返ってきたのは「心にもないことを」という冷めた視線だ。


 この分だと、一ヶ月間本気で書いたラブレターもまったく心に響いていないことだろう。

 今世、シルビィの中の自分は、とんでもなく身勝手で嘘つきで性根の黒い男になっていることだろう。


 辛い。が、仕方ないし、それでいいのだ。


 両想いになるのは危険だ。

 これまでの人生から、お互いに好きに想うことまでは許されるが、お互いに好意を口に出すことまでは許されないと学んだ。


 本心はどうであれ、お互いに告白し合わない限り死別は回避されるのだ。


 そのためには、自分のシルビィへの好意は適度にはぐらかして隠しておいた方がいいし、シルビィの自分に対する好意も適度に削いでおいた方がいい。


 二度目の人生以降、自分達はお互いに片想いしか許されない関係になっている。


 いびつで不自然な関係だが、今さらだ。

 時を遡るという奇跡の上に作りあげる楽園が自然な形であるわけがない。


 七度目の人生。糸巻も捨てた今、これが最後のチャンス。

 必ず夫婦として共に天寿をまっとうしてみせる。


「石に花だって咲かせてみせますとも」


 テオドールは一人つぶやいて、花嫁にキスをした。

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