7.草を打って蛇を驚かす

 植物園からの帰宅後。

 シルビィが品評会に出すモミを、少しでも見目良くしようと苦心していると、姉が楽しげにやってきた。


「いい雰囲気だったわね」


 シルビィは気づかなかったが、姉の方は植物園でシルビィとテオドールの姿を見たらしい。

 ロマンチックな土産話を期待している。


「閣下をあだ名で呼んで。ずいぶん距離が縮まったじゃない?」

「お友達にはなれそうな気がいたしました」


 浮ついたところのない妹に、姉は不満そうにした。


「お姉さま、閣下には私の他に忘れられないお方がいらっしゃいます」

「ウソでしょう? 毎日こんな恋文を送ってきておきながら?」


 姉は不愉快そうにした。

 手には、テオドールから届いた今日の分の手紙がある。


「本当です。本命の方とは一緒になれない事情があるので、わたくしに求婚を」


「酷い話じゃない。こんな期待させるような手紙を送ってきておいて。

 あなたにもお相手の方にも失礼よ」


「そうかもしれませんが、わたくしはテオ様に腹が立ちませんでした。

 好きな方のことを語るテオ様には、とても親しみが湧きましたから」


 シルビィは姉の持っていた手紙を受け取り、開いた。

 『明日はあなたがうちに遊びに来ます』と書かれている。

 また予定ともお誘いともつかない予言だが、シルビィは明日テオドールと遊ぶ予定を頭に入れた。

 シルビィはもう、あまり逆らう気が起きなかった。


「どうするの? シルビィ、あなたは好きな人と結婚するのが目標でしょう?

 他に好きな女性がいる男なんて嫌よね」


「好きといっても、色々種類がございますから。


 最初は異性としての好き、を目指していましたけれど、今は友人や家族のように愛せる方でもいいかと思いはじめています。


 要はわたくし、人生に苦難や不幸があったとき、この人のためなら何かしてあげたいと思える相手がいいのです。


 お母様がご病気になられたとき、お父様は最期まで付き添っていました。

 お母様が遠慮なさっても、お父様は『好きでやっていることだから』と止めませんでした。


 世の中にはパートナーに何かあっても、お互いに不干渉という夫婦関係もありますけれど、わたくしはお父様たちのような関係がいいです」


 姉は肩をすくめた。


「まあ、あなたが納得しているなら、それでいいけど。

 本命がいるからといって、閣下はあなたをないがしろにはしていないようだしね」


 姉は手紙の次に、一緒に届いていた植木用の鉢を運んできた。

 大きさといい、色合いといい、シルビィが品評会に出すモミの幼木にちょうどよいものだ。


「さすがテオ様。わたくしが一番欲しいものを分かっていらっしゃるわ」


 シルビィは手を叩き、さっそくモミを鉢に植え替えた。


 数日後、王城で観葉植物の品評会が行われた。


 シルビィは自分の品が見劣りしないかばかりを心配していたが、杞憂だった。

 高価で珍しい植物が並ぶ中、シルビィの鉢はなんと入賞したのだ。

 木自体の個性を楽しむ、というシルビィの姿勢が、通好みの審査員たちから高評価を得たのだった。


 入賞したおかげで、シルビィは品評会の後のパーティーでは思わぬ注目を浴びた。

 ふだん話すことのない人々からもたくさん話しかけられ、シルビィは父親のそばでたじたじだった。


「少し外の空気を吸ってまいります」


 会話に一段落がつくと、シルビィは左右対称の庭園が臨めるテラスへ出た。

 ところがここでも声を掛けられる。


「スターロン嬢、入賞おめでとうございます」


 上品な藤色のドレスを着こなした女性が笑む。

 メアリー王女殿下だ。

 話しかけられたことに驚きながらも、シルビィは背筋を正す。


「先日は失礼いたしました。

 あなたにぶつかりかけたのに、ろくに挨拶もせず」


「いえ。わたくしの方の不注意です、王女殿下」


「今日は、テオドール様は?」

「さあ。来るとは仰っていましたけれど、わたくしもまだお会いしておりません」


「仲がよろしいのですね」

「いえ、さほど。お互いに知人という程度です。先日一緒にいたのはたまたまです」


 シルビィはここぞとばかりに否定した。

 できることなら、一度目の人生と同じく、テオドールとメアリーが結ばれてくれればいいという思惑からだ。


 元妻のことを話すときのテオドールは、聞いている方も楽しくなるくらい幸せそうだ。

 元の鞘に収まるのが当然で自然に思えて仕方ない。


「そうだったのですか」


 返答に、メアリーはほっとした様子を見せた。

 シルビィはピンとくる。どうやら王女の方もテオドールに気があるらしい。

 これなら二人をくっつけるのは簡単そうだ、と意気込んでいると、余計な横槍が入った。


「なにをいっているんだ、シルビィ。おまえと閣下は仲良しじゃないか」

「お父様!」


 テラスにやってきたシルビィの父親が、シルビィの思惑を壊しはじめる。


「この間は植物園でデートだったし、閣下がうちにおいでになったときは、手を繋いで外を散策していただろう」


「植物園はお姉さまに騙されて強制連行されただけです!

 散策では手を繋いでいたというより、捕獲されていたのです!」


「まったく、おまえは。そんな照れ隠しをいって。

 求婚までされているのに、まったく関係がないだなんて、そこまでつれないことをいうものではないよ」


「おとーさまーっ!」


 頼むからこれ以上、よけいなことをいってくれるな。

 シルビィは思わず父親の襟元をつかんだ。


「求……婚?」

「メアリー殿下、ちがいます。そっちの求婚ではなく植物の球根です」


 シルビィは自分でも意味不明な言い訳をした。

 父親を強引にテラスから追い出し、弁明する。


「申し訳ございません、王女殿下。わたくしはウソをつきました。

 わたくしはテオドール様に求婚を受けております。

 しかし、それは事情があるからで、わたくしを愛しているわけでは――」


 話していると、テラスに強風が吹きつけた。

 メアリーの花で飾られた小さな帽子が飛ばされる。


「だれか人を呼んできて」


 メアリーは付き添いの侍女に命じるが、その間も帽子は風に揺れている。

 今にも別の場所に飛んで行ってしまいそうだ。


「王女殿下。今からわたくしのすることは、どうか見なかったことにして下さいね」


 シルビィは木陰に寝かせてあったハシゴを見つけ、木に立てかけた。


「危ないですよ、スターロン嬢。侍女がだれか呼んでくるまでお待ちになって」


「庭仕事で慣れているので、平気ですわ。

 お手数ですが殿下、ハシゴを支えていていただけますか?

 あと、どうかお静かに。バレたら父に怒られます」


 さすがにドレスでは動きにくかったが、シルビィはハシゴのてっぺんまで上った。

 ふわりと再び風に乗った帽子を、すんでのところでキャッチする。


「間一髪です」


 振り返った途端、足元がぐらついた。

 あら? とのんきに思っている間にも、視界が傾いていく。


「――シルビィ!」


 切羽詰まった叫び声が聞こえた。

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