受け入れてしまった罪

三鹿ショート

受け入れてしまった罪

 切り刻まれた衣服を身につけ、露出した肌にも痣や傷が存在する彼女を自宅に運ぶと、その両親は何事かと騒いだ。

 やがて然るべき機関に通報しようとしたが、事件が公のものとなることを恐れた彼女は、両親を止めた。

 本来ならば、即座に通報するべき事件なのだが、娘の心情を慮ってか、両親は彼女を自室まで運ぶと、しばらくは自宅から出さず、療養することに専念させることにした。

 彼女の両親は、娘を自宅まで運んだ私に対して、涙を流しながら感謝の言葉を述べたものの、現場に落ちていたものを私が見せた途端、その表情が固まった。

 それは、学生証だった。

 私が誕生するよりも前のものだが、年代的に彼女の両親はその学生証の持ち主に心当たりがあるのか、驚きを隠せない様子である。

 私がその様子を見つめていることに気が付くと、平静を取り戻し、再び感謝の言葉を口にした。

 謝礼などは後日にと告げてきたため、私は二人に連絡先を伝えると、自宅へと帰ることにした。


***


 それ以来、私は彼女とその両親と関わることが多くなった。

 だが、それは好意的なものではなく、明らかになっていない事件を知る私の口をなんとか封じようとしている気配があった。

 娘の身に起きた悲劇を思えば、当然の対応だろう。

 どことなく怯えた様子で対応する姿には一抹の寂しさも覚えるが、仕方が無いことだといえる。

 私はなるべく相手の意図に気が付かない素振りを見せながら、親交を深めていった。


***


 私の気遣いに心を打たれたのかは不明だが、彼女ら一家の私に対する態度が、段々と変化を見せてきた。

 その最たるものは、彼女と交際関係に至ったということだろう。

 彼女に起きた悲劇を知りながらも、それを周囲に明かすことなく、墓場まで持って行こうとする私の態度に、男性不信になりかけていた彼女は、もう一度異性というものを信じてみようとしたのかもしれない。

 両親の気持ちに変化が生じたのは、数日おきに彼女の様子を心配して私が訪問を続けていたことが影響している可能性がある。

 やがて彼女の両親は、私に対するどこか怯えたような様子を見せることがなくなり、娘の良い友人として接するようになっていた。

 その娘と私が交際関係に至ると、私に対する態度もさらに軟化し、気が早いが、まるで義理の息子のような対応を見せるようになった。

 私も彼女も、互いを裏切ることなく、さらに関係を深めていった。

 結婚も秒読み段階だと噂されるようになり、誰もがその未来に疑いを持つことがなくなったため、私は動くことを決めた。


***


 見知らぬ地下室で目覚めたためだろう、彼女の両親は困惑した様子を見せていた。

 しかし、一糸まとわぬ格好で手足を縛られている娘の姿を見るやいなや、唯一無事である私を睨み付けると、

「一体、どういうつもりなのだ。きみと娘は、愛し合っていたはずではないのか」

 その言葉を耳にすると、私は溜息を吐きながら首を横に振った。

「あなたたちのような人間から誕生した子どもなど、愛することができるわけがない」

「では、何らかの目的があって近付いたとでもいうのか」

「なかなか聡いが、もう少し早く気が付くべきだった」

 私は刃物を手にすると、それを迷うことなく彼女の腕に突き刺した。

 猿轡を噛ませているためか、彼女の悲鳴が室内に響くことはない。

 だが、確実に激痛を感じている。

 涙を流す娘の姿に、彼女の両親は泣きながら懇願した。

「我々はどうなっても構わない。娘だけは解放してくれ。娘が既に酷い経験をしていることは、きみも分かっているだろう」

「もちろん、知っている」

 私は自分の胸に手を当てながら、

「彼女を襲ったのは、この私なのだから」

 彼女の両親は、目を丸くした。

 言葉を失っている二人に代わって、私は続ける。

「目隠しをさせ、自分が言葉を発しなければ、相手が誰であるのかは不明である。私は、発見者を装って、あなたたち家族に近付いたのだ。もちろん、通報の危険性はあったが、そうはならないように、私は念入りに、彼女を犯したのだ」

 思い出すだけで、呼吸が荒くなってしまう。

 しかし、今は興奮している場合ではない。

 私は彼女の両親の前に立ち、二人を見下ろしながら、

「何故私がここまでのことをしたのか、考えてみるがいい」

「そんなことは、分かるはずがないだろう」

 即座に否定したため、私は再び溜息を吐いた。

 血液を流している彼女に近付くと、腕に刺さっている刃物を蹴飛ばした。

 さらなる激痛に襲われ、彼女は声にならない声をあげる。

 その様子を見て、彼女の父親は叫んだ。

「きみの望む答えを言えば、我々は助かるのか」

「答えられたときに考えよう」

 私がそう告げると、彼女の両親は顔をつきあわせ、言葉を交わし始める。

 私は彼女の隣に腰を下ろし、彼女の両親の様子を黙って見つめていた。

 やがて、二人は何かに気が付いたかのように口を開けると、ゆっくりと私に視線を向けた。

「娘を襲ったのがきみならば、あの学生証もまた、きみが用意したということになる。もしかすると、きみは、あの子の子どもか」

 その答えに、私は拍手を送った。

「正解だ。だが、今でも罪悪感に苛まれていたのならば、即座に思い出すこともできただろうが」

 そう告げた後、私は無事である彼女の腕に、別の刃物を突き刺した。

 涙を流し、赤い液体もまた流す娘の姿に、両親は悲痛な声をあげる。

「答えられれば、助けてくれるのではなかったのか」

「考えるとは言ったが、助けるとまでは言っていない」

 私は彼女の両親を再び見下ろしながら、

「大体、私の母親を獣たちに捧げておきながら、自分たちは関係ないとばかりに一度も顧みることもなかった人間たちが、よくもそのようなことを言えるものだ」

 私の母親は、眼下の男女によって、人生を狂わされた。

 大学で同じ団体に属していたこの夫婦は、構内で孤独に過ごしている私の母親に声をかけ、自分たちの団体に誘った。

 引っ込み思案だった私の母親は、二人の気遣いに感謝し、新たな団員となった。

 しかし、その選択は間違っていた。

 私の母親は歓迎会で酔い潰され、前後不覚となったところを陵辱されたのだ。

 当時は男性の先輩のみが出席し、彼女の両親は不在だったものの、獣に餌を差し出したことと同義である。

 やがて、私の母親は父親が不明の新たな生命を宿した。

 だが、その経緯を誰にも話すことなどできず、孤独に出産をした。

 私の母親は、子どもに罪は無いと私に愛情を注いでくれたが、事情を知った私が黙っていることなど、出来るわけがない。

 当時の先輩たちを尋ねていった結果、元凶がこの夫婦であることを突き止めたため、私は彼らと同じような目に遭わせようと決めたのだ。

 私は新たな刃物を手にすると、彼女の両親に向かって、

「大事な人間が惨い目に遭わされることがどういうことなのか、その身をもって知るがいい」

 私は彼女の腹部を切り裂くと、その中に手を突っ込み、傷口を広げる。

 そして、出来上がった穴に、本来挿入すべきではないものを、突っ込んでいく。

 感じたことの無い快楽に襲われるが、目的を忘れてはならない。

 どれだけこの家族を傷つけられるのか、それを考え続ける必要がある。

 室内に悲鳴が木霊するが、これは自業自得以外の何物でもない。

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受け入れてしまった罪 三鹿ショート @mijikashort

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