煽り煽られ
そうざ
Provoke or be Provoked
その昔、狭い日本そんなに急いでナントヤラってキャッチフレーズがあった。僕の見識が確かならば、それ以降、狭かった国土が大々的に拡大の一途を辿っているというような話は聞かない。
であるならば、まだ夕方だというのに配送トラックにハイビームを点滅させる後続の軽自動車は如何なる了見か。
ここは住宅街から更に奥に入った狭い路地で、しかも蛇行している。トラックともなれば小回りが利かない事くらい解る筈だ。
この先は行き止まりで、ほとんど民家はない。後続の運転手は近隣在住の可能性が高い訳だ。この状況を理解するのは容易いだろう。
クラクションが鳴った。
道路交通法第54条に拠れば『マジでヤべー時だけはクラクション鳴らしてオッケー!』という事になっている。
が、言うまでもなく、今は危険のキの字の欠片もない。後続の運転手は別のキの字が付いた人間ではないのか。
やがて配達宅の前に着き、僕はトラックを停止させた。当然、後続車も停止せざるを得ない。僕に出来るのは、荷物を素早く手渡す事だけだ。
トラックと塀との隙間は、人が一人通るのがやっとだった。そこを何とか擦り抜け、後続車へ軽く会釈をしながらトラックの扉を開けていると、運転手が降りて来るではないか。
「直ぐに配達しますのでっ……」
運転手はでっぷりとした強面の若者だった。『全国反社会コンテスト』に毎年シード枠で出場してるけど文句あんのかゴラァというご尊顔&ご風体だった。おまけに、脂汗と眉間の皺と顔色の悪さの三点セットで迫って来る。
「どどど退いてっ」
男は意外な甲高い声を脳天から
「ちょちょ、ちょっと」
「退いて退いて漏れるっ」
男は僕をトラック前の土俵際までどすこいどすこいと強引に押し切り、そのまま配達宅へと入って行ってしまった。
この家の人だったのか、と様子を窺っていると、ひょろりとした年配の女性が玄関まで出て来た。
「うちの息子です。よくあるんですよ」
母親の弁明はこうだ。
息子は生まれ付き大腸が過敏で、特にもう直ぐ自宅に着くという辺りで猛烈な便意に襲われ、危うくトイレに駆け込む、というパターンが日常茶飯事になっているらしい。
煽り運転の中にはそんな事情を抱えているケースもあるのか、と思わず感慨を覚える出来事だった。
母親曰く、息子はああ見えて至って大人しい、らしい。
その昔、のんびり行こうナントヤラってCMがあった。僕の見識が確かならば、遅い方が格好良い、時間が掛かるのは正義、
であるならば、僕の配送トラックが直ぐ後ろに居るのにノロノロ走ってやがる先行車は如何なる了見か。
渋滞とは無縁の何の変哲もない住宅街だ。唯でさえ道幅が狭いから追い抜く事も出来ない。しかもこの先は小回りの利かない一本道だ。
そう言えば、以前この辺りで一悶着があった。前回も今くらいの時刻だった。散々どぎまぎさせられた挙げ句に思い掛けない拍子抜けを食わされた。
今度は煽り運転ならぬ、逆煽り運転だ。
この先はほとんど民家がないから、先行の運転手は近隣住民の可能性が高い。ならば、こういう状況には慣れている筈だ。
道路交通法第23条に『マジでヤベー時だけはチンタラポンタラ走ってもオッケー!』とある。
が、言うまでもなく、今は危険のキの字の欠片もない。先行の運転手は別のキの字が付いた人間ではないのか。
軽自動車の分際でトラック様の行く手を阻みやがって、数あるバリエーションからそのボディカラーの車を選ぶかね。
あ――あの時の煽りウンコ野郎だ。
ウンコだけにクッソーッ、前回は僕が行く手を阻んだと逆恨みをし、今回は逆に『行く手阻み返しの術』でやり返して来やがった。おまけに今回の配達先もあいつの家だ、ウンコだけにクッソーッ。
僕は堪忍袋をぶち破り、思いっ切りクラクションを鳴らした。何度も鳴らしてやった。道路交通法なんぞ糞食らえだ。
先行車は漸く家に着いて停車した。が、運転手は降りようとしない。
僕は文句の一つや二つ、三つ四つ九つ十は言ってやろうとウンコカラー車に駆け寄った。至って大人しい
奴は正面を向いたまま運転席でぼうっとしていた。輪を掛けてムカッとした僕は、窓ガラスをバシバシと叩いてやった。
窓がゆっくりと開いた。
「う……ゔぇ〜っ?!」
僕は反射的に鼻を押さえて退いた。
逆煽り運転の中にはこんな事情を抱えているケースもあるのか、と思わず感慨を覚える出来事だった。
母親曰く、何回かに一回は車中で漏らしてしまい、運転する気力を失う、らしい。
煽り煽られ そうざ @so-za
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