偽善

 瀬戸内海に浮かぶ島。そこは無人島で名前もない。

 「ここか」

真田優馬は広島県の有名な漁港に着く。地図に記されていたのはここだった。独特の匂いが鼻をつく。

瀬戸内海は荒れることが少なく、比較的安全だ。しかし、今は八月中旬。発達した台風が発生しやすい時期だ。天気予報を見るに翌日もしくは二日後に瀬戸内海を直撃するらしい。そのためゲームに参加できるか危ぶまれた。

しかし、その心配も杞憂だった。今日は明日に台風が直撃するようには思えないような晴天だった。嵐の前の静けさとはこのことだろうか。

「真田優馬様でいらっしゃいますか?」

急に後ろから声をかけられ、とっさに身構える。

「失礼しました。私執事の斎藤と申します」

そういった執事は細いメガネをかけ神経質そうな顔をしていた。

「ど、どうも真田優馬です」

中学時代の教頭と似ていたのですぐに礼をしておく。彼に何度叱られたことか。とっさに頭を下げるのは半ば習慣化していたのだ。

「お手紙はお持ちですか?」

ああ、これのことですか。と渡封筒を差し出す。

「ありがとうございます。ゲーム会場まではこのフェリーで向かっていただきますのでお乗りください」

斎藤はそういうと右手でフェリーを指す。

フェリーは豪華客船と見間違えるほど大きく、そして豪華だった。これはサービスにも期待できそうだとほくそ笑む。

「ようし、行くか」

フェリーの中は予想通り非の打ち所がないほど豪華だった。椅子や家具も高級品が取り揃えられている。普段から贅沢を避けていた優馬には天国にも思える。

「こりゃすごい」

シャンデリアを見上げてつい呟いてしまう。

「全くやな。こんな装飾見たこと無いで」

優馬はその懐かしい声を聞いてとっさに振り返る。

「う、雲野さん!?」

記憶の中の雲野は力強く、それでいて頭脳明晰という印象があった。しかし、目の前の老人----雲野幸三は以前の面影もないほど弱々しく見えた。かろうじて声が似ているため本人とわかったが無言であれば他人と錯覚してしまったかもしれない。

「よう、優馬くん。久しぶりやな」

雲野はそういって軽く手を振る。

「大きなったな。立派立派」

「雲野さん、なぜここに?」

「そりゃ呼ばれたからに決まっとるやろ」

「は、はぁ」

「優馬くんも呼ばれたみたいやな。それにしても、物騒な手紙やったな」

「あ、雲野さんにもあの手紙が」

「秘密云々の話らしいけど厄介そうやな」

雲野は耳を貸せとジェスチャーする。

「このゲームは、絶対に殺人が起こる。優馬くんは帰れるなら早く帰った方がええ」

突然の警告にたじろぐ。怪しいゲームであるのはわかっていたが、殺人とはいささか大袈裟すぎる気がする。

すると乗船口が大きな音を立てて閉まった。

「時間切れか」

雲野が呟く。

優馬は先程案内を担当した斎藤も乗船するのかと思ったがフェリーは独りでに動き始める。斎藤の姿は見えない。


「優馬ー」

今度は馴染みのある声が聞こえる。中条修二だ。

「おお! 修二君も手紙が?」

「ああ、来た。優馬も…来たみたいだな」

「昨日ぶりだね」

「あ、そうだ。お前昨日の講義寝てただろ」

修二はわざと怒った顔をつくる。

図星なので頭を書きながら答える。

「ま、まあ」

「録音しといたから後で聞いとけよ」

「…なんか、ごめん」

すると修二は笑いながら答える。

「気にすんなって。で、そちらの紳士は?」

修二は訝しげな目で雲野を見る。目を向けられた雲野は困ったような顔をした。

「修二君忘れたんか? 雲野幸三や。お父さんの世話を随分しとったぞ」

すると、修二は目を見開く。

「し、失礼しました。雲野さんでしたか。しばらくお会いできていなくてすいません」

やはり、雲野は修二から見ても老化が激しいようだ。

「わしは悲しいぞ。それにしても修二君とは5年ぶりやな。体格も恵まれて、仕事も板についてきたようやね」

「いえ、それは父のサポートがあってこそですよ」

二人とも何がとは言わないし、言えない。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る