藤清治

 「犯人はあなたですね」

 探偵の決まり文句をさも当然のように言い放つ男がいた。彼の名前は藤清治。数々の事件を解決してきた名探偵である。

 「俺じゃない。証拠はあるのか?」

目の前にいる男は哀れにもとどめを刺さなければわからないようだ。

「いいだろう。警部補、彼の靴を調べてください。そこから足の指紋が検出できる」

「わかりました」

「さて、今のうちに種明かしをしておこうか」

靴を取り上げられた男は砂利の上で顏を顰めている。

「君の強盗の手口は巧妙だった。血痕やガラス片が気になったのか下足痕は毎回変わっていた。要するに靴を毎回変えていたわけだ。強盗ならまだしも、従業員を全員殺さなければそんな必要はなかったろうに」

すると男はにやりと笑みを浮かべた。藤は自分が犯人だと名乗っているような態度だと思う。

「へ? 何言ってんだよ。仮に俺が犯人だとして、従業員に通報されたら元も子もないだろ。殺す名は当然だと思うがな」

 男の鼻が下品にも大きく膨らむ。

 藤はフンッと鼻を鳴らす。

「それは自供か?」

「だから言っただろ『仮に』って」

男は笑う。自分の退路が既に塞がれていることに気づけないのだろうか。つくづく哀れな男だ。

「さて、続きを話そうか。君は靴を変えていたね。私が思うに俺だけ殺していれば靴に大量の血液が付着してもおかしくない。だから君はその靴を処分した。そろそろわかってきたかな?」

今度は藤が笑う番だった。

「……分かんねーよ」

「なら教えようか。下足痕まで気にする君が家に証拠品を置いていることはまず考えられない。では家でゴミとして処分したか。これもリスクが高いだろう。なら、帰り道に捨てて帰ったか。これが一番近いだろう」

 男は平然とした顔をしている。

「次に、血の付いた靴は目立つから血はふき取ったはずだ。だから探すべきは犯行現場の近くの目立たないところ」

「そうか、それで見つかったか?」

「いいや、見つかっていない」

「あんた、探偵じゃなかったのか? 探偵ってのは憶測だけで結局結果は伴わないらしいな」

男は大笑いする。

だがそれと同時に藤も口角をあげる。

「勘違いするな。以上が警察の見立てだ。ここからが私の推理となる」

 男の顔が真剣な表情に変わった。

「警察の寄せられた情報をもとに犯行で使われた靴を特定し、犯行現場の近くをすべてひっくり返すほどに捜索したが該当する靴は一つもなかった。もちろんそのはずだ。なぜなら君は犯行前に靴を捨てていたのだから」

男の表情が一気にくもる。

「つまり君は犯行に使用された靴は次の犯行現場の近くに捨てていたんだ。となると話は変わってくる。君は強盗事件を終えた後袋か何かに汚れた靴を入れた。その際に新しい靴に履き替えたのだろう。汚れた靴は証拠品になる。かといって近くに捨てるわけにも帰路に捨てるわけにもいかない。そこで君は次の犯行現場で捨てることにした。そうすれば警察に見つかっても除外される。以上が君のからくりだ」

 男の顔は血の気が引いたようだった。

「だ、だからって、証拠は見つけたのか? 前回事件があったのは二週間前だ」

「そう、そこなんだ。私は君が引きこもりをいつ辞めてくれるのか待っていたんだよ。いや、違うな。私は『君が捨てるであろう靴』を待っていたんだ。一度一線を越えた者は何度でも同じことをする。もちろん君も例外じゃない。正直出てきてくれてほっとしたよ」

 男はその場に崩れ落ちる。地面が砂利であるにもかかわらず膝を地面につけていた。

「今、君が捨てた靴と先ほどはいていた靴に付着した君の指紋、それに血痕も調べている。さあ、どうする? 自供するか?」

 男の口は真一文字に結ばれている。

「そうか残念だ。黙秘を続けても君に勝ち目はないぞ。君の退路はもうない」

 その言葉を聞いた男はぐったりと砂利の布団に横たわった。


 その数分後に警部補がやってきた。

「簡易検査ですが、足の指紋が一致しました。それと靴からルミノール反応が出ました」

 藤は感じのいい笑顔をする。

「犯人がわざわざ靴下を履いていなくて助かりましたね。まあ、血痕を気にしたのでしょうけど」

「哀れな奴ですね。自分で自分の首を絞めるとは」

「いいや、人を殺してるんだから哀れじゃない。彼はただの愚か者だ」

 すると警部補は藤に顔を向ける。

「そ、そうですね。藤さんはなぜ探偵を目指したんですか」

 藤は騒がしい都心の方を向いて答える。


「私はこの世に蔓延る不正が許せないんですよ。だから私は病的に事件を解決しようとする」


 後の連絡では、初めは黙秘を続けた犯人もついに自供を始めたらしい。証拠と自供がきれいに揃ったので公判も余裕とのことだ。

 「改めて警察から感謝状を」

と言われたが断った。名は既に広まっているし、今更感謝所などもらっても水臭いだけだ。

 藤は鏡を見る。そこには若々しく細身な体と、目鼻立ちが整った顔。それと綺麗に撫でつけられた髪が写っていた。

 しかし、藤には何かに取りつかれた病人に見えた。

 

 午後九時をまわりそろそろ入浴しようかというときにチャイムが鳴った。ホテル住まいの藤には珍しいことではない。何かホテルから差し入れでも来たのかと応じると、ベルボーイが手紙を渡してくれた。

 用事もないので早速開封する。

『藤清治様へ

 私はあなたの秘密を知っている者です。それと同時に、あなたの知りたい秘密も知っております。あなたが人生をかけて追い求めている秘密を私だけが知っているのです。

 今回その秘密を優馬様にお教えいたします。ただし、そのためにはゲームに参加していただく必要があります。

 ゲーム内容については当日に詳しくご説明します。ご都合がつきましたら指定の日時に以下の場所までお越しください。

 また、大変恐縮ですが今回のゲームは招待制ですのでお一人または、ほかのお客様とお越しください。』

 藤はこの手紙を読んだ途端に決心した。

 「行くか……」

 月は雲に隠れ辺りは闇に包まれていた。


 

    九人全員が揃った。さあ、ゲームを始めよう。

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