第二章  第26話 #10 ドクターヘリ到着

#10 ドクターヘリ 到着

 ヘリポートにはすでに海上自衛隊の誘導員が2名待機していた。陸上自衛隊の小型消防車も到着している。ヘリ離発着時の万一にそなえて陸自が支援したものだ。消防訓練を積んだ隊員がリポートに散水していた。ヘリコプターが巻き上げる土埃を抑えるためだ。

 

 天寺警備隊長は中田与志男の隔離室に入る前、救難ヘリへの連絡と才谷病院への状況報告。陸自への小型消防車の手配を終えていた。


 琉洲奈島は本土と離れており、島の病院では命を救えない傷病者は警察や消防で本土へ搬送する。緊急の場合は自衛隊が支援する。海で隔絶された島でのリスクに対し適切に最速で行うための下準備ある。これも陸上自衛隊琉洲奈島警備隊を任された指揮官の最大級の務めだ。

 

 簡易担架で運んだ中田の横には才谷医師と吉村パメラがついていた。


 中田は苦し気ながらも呼吸が再開し、とぎれとぎれではあるが意識もあるようだ。

 「キャリアー、キャリアー、こちらはLZ琉洲奈島 海自下琉洲奈 おくれ」

 

 海上自衛隊の無線員がヘリを誘導している。耳のいい無線員にはかすかなヘリの音が聞こえているのだろう。

 「キャリアー、キャリアー、こちらはLZ琉洲奈島 海自下琉洲奈 おくれ」

 「……。」

 まだ、地上側の無線にヘリからの応答はない。

 


 「キャリアー、キャリアー、こちらはLZ琉洲奈島 海自下琉洲奈 おくれ」

 3回目の呼びかけで、返答があった。

 

 「…… LZ LZ琉洲奈島 海自下琉洲奈 こちら キャリアー。キャリアー。おくれ」

 ヘリの無線はまだ弱い。だが、応答があったということはもう、10㎞以内には来ている。

 

 佐武司令の指示で、隊員が中田の身の回りの物をひとまとめにした。

 中田に付き添いを付けたいところだが、海上監視業務ができる隊員は少ない。パメラが付き添いたいと懇願したが、許可できなかった。彼女も重要な戦力だ。


 

 「キャリアー、こちらはLZ琉洲奈島 海自下琉洲奈 誘導する おくれ」

 「LZ琉洲奈島 海自下琉洲奈 こちらキャリアー。了解しました。お願いします。 おくれ」

 ヘリとの通信がクリアになった。誘導員がさらに伝える。

 

 「キャリアー、こちらはLZ琉洲奈島 海自下琉洲奈 北西の風 風速5m 視程 7km 雲高800m 進入方位角 3000 進入よし 赤いスモークをたいています。おくれ」

 ヘリポートには先ほどから赤いスモークが焚かれていた。朝の大雪がやみ、晴れ間がでてきて視界が回復している。ヘリの離発着前に天候が回復して助かった。


 

 「LZ琉洲奈島 海自下琉洲奈 こちらキャリアー。赤いスモーク確認しました。進入します。おくれ」

 

 「キャリアー、こちらはLZ琉洲奈島 海自下琉洲奈 患者の状況は約20分前に心肺停止。直ちに蘇生開始、AED使用、心拍再開、自発呼吸あるが弱い、補助呼吸実施中、意識レベルIII-100〜200、低酸素血症あり、酸素準備願う。おくれ」

 ヘリの爆音が近づき、視界にはっきりとドクターヘリが見えた。まっすぐこちらに飛んできている。

 

 天寺は中田の容態を気にして隆一郎の表情を窺った。隆一郎は大丈夫だと頷いた。

 

 ヘリポートに旗をもった誘導員が立った。ヘリはすでに基地の上空近くまできている。誘導員の手旗信号に従って、ホバリングしながらゆっくり降下してくる。猛烈な風が砂埃を巻き上げた。水を丁寧に散水していてもローターの起こす風は強い。隆一郎とパメラの周りにマスクと手袋をした海上自衛隊員が集まっていた。

 

 「搬送は僕らがやります。先生はキャリアーへの申し送りをお願いします」

 ヘリが着陸し、まず、自力歩行が可能な九十見も乗り込んだ。ヘリの中には防護服を着た医療スタッフが酸素吸入の準備を整えて待っていた。

 

 隆一郎が医療スタッフに駆け寄る。

 「おう!増田3佐か。連絡した通りだ。お前なら大丈夫だな」

 「才谷先輩、お久しぶりです。話は聞いてます」

 海上自衛隊員たちに運ばれてヘリに収容された中田のぐったりした様子を増田医官が厳しい表情で見た。しかし、わずかに自発呼吸はある。

 

 「中田与志男三曹は意識レベルIII-100〜200。酸素すぐ頼む」

 「了解。全力であたります」

 短いやり取りだけで、ヘリはすぐに発進準備にはいった。着陸後もエンジンは完全に切っておらず、ゆるくローターは回っている。緊急搬送では1分1秒が命に係わる。細かい申し送りは無線でもできる。まずは、飛ぶことが先決だ。

 

 ヘリポート隅に旗をもった誘導員が移動した。長崎県大村市の大村航空基地に所在する海上自衛隊第22航空群、大村航空飛行隊の救難機「UH-60J」は上部が白、下部がオレンジの塗装だ。救難ヘリの色ははっきりとわかりやすい。この救難機はブラックホークという大型のヘリを原型とする。悪天候でも飛べる全天候型救難ヘリコプターだ。たとえば、前方監視型赤外線装置がこの救難ヘリにはついている。これで光源が仮になくても遠赤外線の熱放射や温度で暗闇でも要救助者を探索できる。

 

 琉洲奈島もそうだが、九州には大小さまざまな島がある。気象変動で起こる豪雨や地震の災害時に取り残された人を救ってきたのがこの大村航空隊の海上自衛隊第22航空群はすでに2月14日に解体された。バレンタインの日が解体の日だったため、愛はヒトを救わないなぁと海上自衛隊の救難の中でボヤキの声があった。部隊は解体して移転中だったが、最後に残ったこの1機が飛行可能だった。記録には残らないが、九十見醒惟陸士長と中田与志男三等海佐の救難緊急輸送が大村飛行隊のラストフライトとなった。

 

 大村基地は九州北部の救難を担当していた。海上自衛隊では3月に自衛隊佐世保病院も統廃合で診療所となった。新型コロナ感染症の問題がまだまだ解決しない状況でも、自衛隊の救難や医療関連部署の予算削減の波は抑えることができない。そんな中でこの炭疽菌問題がこの2人の感染でとどまらなければこの国はいったいどうなってしまうのか。

 

 海上自衛隊大村救難隊の所属医官である増田三佐は、医官でありながら優れた身体能力を持つ。航空自衛隊では遭難者や傷病者を救出するために陸上自衛隊の空挺レンジャーや海上自衛隊の水中処分員のアクアラング、潜水訓練も受けていた。戦闘能力の錬磨までは手を出していないが、救難最強の男と海上自衛隊内でたたえられた隊員だ。

 

 山岳や海洋でレスキュー部隊に救助要請がかかることがある。ほとんどの場合は警察や海保でことが足りるが、警察と海保が悪天候を理由に断って誰も救難に向かえない「もう後がない」場面で初めて自衛隊の救難隊に声がかかる。救難最後の砦であり、最強のレスキュー部隊が自衛隊の救難だ。この救難士になるための訓練は「きつい・苦しい・助けてください」の言葉を絶対に言ってはならないという暗黙のルールがある。

 

 これまで九州北部の救難の「くもの糸」であった救難機UH60Jの移転が完了する直前の最後の1機が、偶然まだ大村航空隊に残っていた幸運がなければこの搬送はできなかっただろう。幸運なのかこの国の仕打ちを呪ったらいいのか、複雑な心境で隆一郎は本土へ向けて小さくなっていくヘリコプターを見送った。

 「才谷先生、患者に付き添わなくてもよかったのか?」

 

 隣に天寺警備隊長が近づいてきていたことに、隆一郎は全く気付いていなかった。

 

 「一度、災害派遣でヘリからホルストで降ろされた時に失神した。それから高所恐怖症だ。とても耐えられない」

 「高所恐怖症か。それはいいことを聞いた。」

 「え?」

 「恥をかかせもらった礼はちゃんとするからな。それよりも、吉村三曹がレーダーで見つけた不審船の探索をすでにやらせている。ささっと行くぞ」

 天寺はニヤリと唇の端をあげて笑った。

 

 「さっきのは……、吉村君が過呼吸だったことと、心臓マッサージのリズムを同時にとるために仕方ない選択だった。警備隊長の気分を害したなら、謝る。」

 「謝るだと?」

 「申し訳ありませんでした。お許しください。」

 「許さん。さあ、ついてこい。お次もお前の出番だ。」

 天寺警備隊長はむんずと隆一郎の腕をつかむと車にむかった。

 

 「レーダーの地点を探索するならそれを発見した吉村三曹に運転させましょうか?」

 佐武がそう申し出たがパメラは遠くで泣きじゃくっていた。過呼吸は収まったが、中田が搬送されたことで抑えていた不安や自責といった感情が複雑に入り混じり、堰を切って流れ出したのだろう。

 

 「大丈夫か? 運転できるか?」

 佐武はパメラに問いかけた。パメラの声は上ずっていたが、大丈夫ですと返答した。

 

 「あの船を見つけたのは私です。私が皆さんを案内します」

 パメラの顔は涙でぐしゃぐしゃだったが、毅然と彼女は答えた。

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