第二章 第12話#7-3 陸士長 九十見醒惟

九十見は入隊直前まで髪を金髪に染めていた。自衛隊への入隊が決まれば、入隊式の一週間前に配属先の教育隊へ集合する。

 

 それまでは自由な服装ができるが、その日を境に髪は坊主刈りにしなくてはならないし、ヘアカラーの自由はなくなる。耳に3か所、鼻に1か所ピアスの穴が残っているが、もちろんピアスはできない。せっかく痛い思いをして自分であけたピアスの穴を指でなぞる。このままピアスを入れないと、穴がふさがるのではないか。

 

 自衛隊生活は不自由なことが多い。


 高校の勉強はつまらなかった。つまらなくて聞いていなかった。そして数か月後には先生の言っている言葉が全く分からなくなっていた。それでもギリギリでどうにか進級できた。最終学年になって同級生が進学や就職にじたばたしている中で、将来への実感がわかずに浮いてしまっていた。進路希望カードの提出を担任にせっつかれたが、何も思い浮かばなかった。進学はありえないと思ったが、自分に何ができるのか何をしたいのか想像もできない。

 

 カラオケやゲームは好きだった。


 中学生から続いているのは、ネットゲームだけだ。全国でもかなり高いランキングに上り詰め、彼のギルドは常に入会希望者であふれていた。


 ゲームの中ではモテた。様々な種類の女性キャラと結婚と離婚を繰り返しながら壮大なハーレムを作った。

 

 だがそれはネットゲームの世界だ。女性キャラだとはいえ、そのIDを持っているのは男性かもしれないと自嘲気味に想像することも多い。


 ネットゲーム内の人づきあいは薄く軽い。オフ会で直接会うことはなかった。


 現実世界に興味を示さずネットの中のコミュニティ構築とモンスター狩りに明け暮れた彼の高校生活を総括して、父親が答えを出した。

 

 「そんなに戦いが好きで組織づくりを楽しめるなら自衛隊に入れ。」

 「自衛隊ならリアルで戦えるぞ」

 「自衛隊におまえが就職するなら、その日まで髪を染めても、ネットゲーム三昧でも一切文句は言わない。入隊まで好きなだけ遊びつくせ」

 父の目はいつになく本気だった。

 

 「とーちゃんマジで?朝から晩までゲームするぞ」と父親の正気をうたがった。

 「約束だからな。徹底的にやれ」

 父親は本気だった。翌々日にはずっとほしかったゲーミングチェアとスペックの高いゲーミングパソコンを買ってきてくれた。そして、数日して自衛隊の広報官と名乗る制服のおじさんが訪ねてきた。

 

 「自衛隊に入隊するには試験に合格しなければなりません」広報官はそんなことをいった。

 「試験なんてきいてねぇよ」

 「自衛隊入隊試験のための勉強方法は私たちが教えます。その通りに頑張ってください」

 「ゲームはやっていい。だが、自衛隊に合格して入隊するまでだ。合格できたら高校も卒業しなくてもいい」

 父親は想定外のことを言った。オレのとーちゃん、かなり肝のすわった男だったんだなと父を見直した。

 


 父親は新厳原町の地方公務員だった。毎日定刻に通勤し、定刻にかえってきた。うちにいてもテレビを見ているだけだ。


 酒もたばこや女に迷うこともなく、趣味は読書という地味さだ。ツマラナイ人生の見本のような父親だった。

 母親も島の小学校の先生をしている。母の人生もツマラナク思えた。


 自衛隊員として国を守る戦士なら、両親より少しはマシな人生になるかもしれないと決意した。

 

 まっとうな動機でないにせよ、九十見醒惟は陸上自衛隊員になった。


 そして、故郷の島の平和を守る戦士という現実戦士ステイタスを彼はすでに5年間も維持していた。昨年の正月には自衛隊員を続けられたことを父親が褒めてくれた。何も続かなった彼だが、戦士としてのキャリアは続き成長していた。

 

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