第13話

 *



「小隊長。今夜はランディのところへ帰る。かまわないな?」


 夕刻。ワレスたちの仕事が始まる時間になると、ミレインが言いだした。見れば、いつのまにやら、身のまわり品を片づけている。覚悟の上で来たとはいえ、やはり昼間の事件が衝撃だったのだろう。死体のあった部屋では寝られないのだと察した。


「どうぞ。ご自由に。もともと、こっちが頼んで来ていただいているわけではありませんから」


 ミレインはムッとした。

「明日には戻る」


 ワレスは気にもとめず、クルウに命じる。

「ミレイン卿をおつれしろ」

「はい。荷物をお渡しください。私が持ちましょう」


 もと騎士なだけに板についたふるまいで、クルウは手を伸ばす。ミレインは急にあわてた。


「いや、それにはおよばぬ。そなたたちの手をわずらわせすほどではないぞ。気にするな」

「しかし」

「何、間取りはおぼえている。そなたらはこれより大事な任務だからな」


 妙に奥ゆかしいセリフを吐いて、一人で外へ出ていった。


「あとを追いますか?」というクルウに、

「子どもじゃあるまいし、ほっておけ」


 答えてから、ワレスは考えた。

 いや、待てよ。バルバスの死因はハッキリしていないんだ。もしかして魔物のせいという可能性もなくはない。あれでも死なれたら、コーマ伯爵の顔をつぶすだろう。


「万一となれば、やはり、おれの責任だ。おぼっちゃまを送ってやれ」

「はい」


 クルウは出ていったが、じきに怪訝けげんな顔で戻ってきた。


「おぼっちゃまを見失ったのか?」

「いえ、それが……」


 クルウはワレスに頭をよせてきて、耳元にささやく。やけにいい声だ。


「ミレイン卿、中隊長の部屋へ入っていきました」


 それで、ついてこられると困ったわけだ。ギデオンに会うことをワレスに知られたくなかったからだ。


「視察だから、広く見聞したいのはわかるが……」


 何もおれに隠す必要はないじゃないか?


「わからんヤツだな」


 クルウは何か考えているようだが、あえて沈黙を守った。


「まあいい。仕事だ」


 いつものように二階へおりていく。一階との階段の境に立つものの、その日は妙に神経がとがっていた。いつもどこからか誰かに見られている気がする。背筋がザワザワして落ちつかない。


(変だな。なぜ、こんなに過敏になっているんだ?)


 松明の明かりが作る濃い影のなかに、小さな生き物がひそんでいるような錯覚。


「セザール」

「はい」


 ワレスが守る階段をのぼったさきに、セザールが立っている。どうしても新米は熟練の兵士にくらべて足をひっぱるので、仕事のあいだはワレスが見ているのだ。


「おれは六階まで巡回してくる。すぐにハシェドかクルウをよこすから、それまでしっかり見張っていろよ」

「は、はい」


 セザールは緊張しているが、いずれは一人で見まわりしなければならないのだ。じょじょにならしていくしかない。


 ワレスたちが見張るのは東階段。同じ階の西階段を守るハシェドたちのところへ行く。すると、ハシェドはクルウと階段のまんなかによりあって、なにやら私語の最中だ。本来なら、さっきのワレスとセザールのように二手にわかれていなければならない。


「……では、分隊長もそのように」

「変だとは思うな。どこがというんじゃないが、ときどき見せる表情とか」


 そこへワレスが行くと、二人は口をつぐんだ。


「あっ、なんだ。ワレス隊長でしたか」

「おれに聞かれては困る話か?」

「いえ、そうじゃありません」


 ハシェドは何か言いかけたものの、クルウがそっと首をふる。


「ただのムダ口です。申しわけありません。小隊長にお聞かせするほどの話ではありませんので。セザールが一人でいるのですね? 私が参りましょうか?」と、クルウは自ら言いだした。


「では、分隊長。続きは任務のあとで」


 あきらかにクルウはハシェドに口止めするそぶりだ。ワレスが来た方角へ去っていく。


「何を話してた?」


 たずねると、ハシェドは苦笑して肩をすくめる。


「クルウが言いだしたので、話したくなったら自身で打ちあけるでしょう」

「あいつはどうも秘密主義だな。もと騎士だという身分もずっと隠していたし」

「でも、悪いヤツじゃないですよ。隊長を思っているのは、ほんとですから」

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