二章

第6話



 カーク・ル・ミレインの日記


 本日、砦二日め。

 半日のあいだ、ワレス小隊長の知人から話を聞く。まず、ワレス小隊長自らに紹介された正規隊のサムウェイ小隊長だ。これは以前、本丸で行方不明が続いたとき、ワレス小隊長と行動した男だ。女の亡霊が兵士を壁にひきずりこむという事件だったらしい。


 サムウェイ自身は生粋の軍人タイプだ。ワレス小隊長をあるていど尊敬してはいるが、いざ目の前にすると、つい口ゲンカをしてしまうという間柄らしい。軍人かたぎのサムウェイは、いかにもいいかげんなワレス小隊長とはがあわないのだろう。


 彼によると、ワレス小隊長は天才だという。努力なしに、すべてをこなしてしまうというのだ。

 私には褒めすぎのように思えるが、少なくともサムウェイ小隊長は以前の事件を通して、ワレス小隊長に感服している。同じ情報を得ていながら、ワレス小隊長は十手さきを読んでいたというのだが、いかがなものだろう?


 ただし、サムウェイはこうも言っていた。ヤツは協調性に欠ける。正規兵むきではないと。

 この点は私も賛成だ。二日めなので多少なれたが、小隊長の態度には心象を害する。早く皇都へ帰りたいと感じるのは、危険な砦ばかりが原因ではない。小隊長は私にもっと親切にしておくべきであった。


 また、食堂で給仕をしている少年からも話を聞いた。以前、小隊長の部下だったという。ちなみに本人は小隊長の愛人だと言っている。

 私が小隊長についてたずねると、なぜそんなことを知りたがるのかと、しつこく聞きかえされた。小隊長が有名人だから、以前の活躍に興味があるのだとごまかしたが、なかなか勘のするどい少年だ。小隊長に対する私の悪意を感じとったのかもしれない。

 この少年の証言は以下のとおりだ。なるべく、そのときの印象をのがさないように、会話形式で記す。


「つかまえておかないと、どっかに行っちゃう人」

「それは恋愛的観点からだね?」

「そうでもないけど」

「では、どういう意味なのだ?」


 少年は答えず、下賤げせんな誘いで金銭をせびりだしたので、話を打ち切った。が、これは意味深い言葉である。小隊長は底に根づくものを持たない風来坊なのかもしれない。

 それを裏づける証言が、小隊長直属の部下から聞けた。ホルズとドータスという六海州の男だ。小隊長が分隊長だったころからの部下なので、かなり彼についてよく知っていると言ってよい。彼ら自身は勇猛だけが取り柄の単純かつ低俗な男たちである。


 ふたたび、ありのままの言葉を記す。ただし、彼らの下品な言語は理解不能なものがあった。俗語の用法には誤りがあるかもしれない。


「あの人はときどき怖くなるよな。豪胆っつうか。なぁ?」

「おれたちでも、おぞけをふるう場面で、まっさきにとびこんでくものよぉ」

「そこに惚れたんだけどな」

「そのぶん、怒らせるとスゴイぜぇ」

「女みたようなツラで、詐欺だよな」

「女だったら、ヤバイって」

「ヤバイよなぁ……夜這いに行ったりして」


 傭兵の感覚はどうにもわからない。なぜ怒らせると怖い相手の夜這いに行こうなどと思うのか。しかも相手は上官で男だ。たしかに、小隊長はすこぶるつきの美男ではあるが、人をバカにした目つきが私には好きになれない。


「でも、あれだよな。あの人の豪胆は命知らずてぇより、命が惜しくないんだぜぇ」

「君たちだって、そうだろう? 砦で傭兵などしているのだから。砦の傭兵の死亡率を統計学的に見ると——」

「おれたちだって命は惜しいぜ」

「金より命。もらった金に見あわなけりゃあ、働きやしないぜ」

「小隊長は責任感が強いのじゃないかね?」

「わかんねぇヤツだなぁ。そんなんじゃあねぇのさ。傭兵だって、みんな好きでやってるわけじゃねぇ。ほかに稼ぐ手立てがありゃあ、こんなとこ来ないぜ? 故郷にゃ、親父もお袋も待ってるんだからよぉ。おれはよ。自分の船持つために稼ぎに来たんだ。船って言っても漁船だ。沖まで出れるやつが欲しかったのだぜぇ。網やもりもいるしよ。一式そろえたら、弟ども使って、船長ってわけよ」

「だよなぁ。網元に使われてるばっかりじゃあ、一生、貧乏人だ。船もいいけどよぉ。ユイラに家持って美人のかみさんが欲しいさね」

「私は君たちの夢を聞きたいわけじゃないのだが」

「だあっ。わかってらぁな。だが、これは、おれの勘だが、小隊長は好きで砦にいるんだぜ。ほかに行き場所がないんじゃないか」

「ふうん。帰る家がないと」

「今でこそアレだが、分隊長のころは、とがってたもんなぁ、あの人」

「折れそうなの、必死にこらえてる感じだったよな。いやぁ、色っぺかった」

「あのころにやっとくんだったかなぁ。まさか、こんなに砦になじんじまうたぁ、思ってもみなかったもんよ」


「君たちの話は脈絡がなくて理解しがたい。もっと順序よく話せないのか?」

「なんだよ。むかつくな、あんた。都の役人だからって、はばきかせてんじゃないぞ」

「私は威圧しているつもりはないが」

「どあっ! うざってい」


 話にならなくなったので切りあげた。砦の傭兵は乱暴だというウワサではあるが、聞きしにまさる。この彼らが小隊長の命令には言下げんかにしたがうのだから、やはり小隊長の統率力も関係しているのだろう。


 気になるのは、彼らが言っていた、小隊長が砦に来たのは稼ぐためではないというあたりだ。帰る家がないとか言われるのも気がかりだ。

 彼は以前、皇都にいたらしいのだが、もしや、これはアレだろうか? 不名誉をして死場所を求めてきたパターンか? 皇都では砦をそう言い習わす。


 そのように考えれば、何もかも納得がいく。彼の破天荒な性格は貴族社会にはむかない。ランディに対する態度は悪くないが、私へのそれを見れば、彼が反骨精神に富んでいるのは想像にかたくない。こういう危険思想の持ちぬしは早めに処分しておくにかぎる。

 明日は小隊長の上官の話など聞いてみたいものだ。

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